第24話 画策

 僕が会長を殺してから2日が過ぎた。

 当日は夜になっても会長が帰ってこない事で、洞窟は大騒ぎになった。すぐに時坂くんが捜索隊を率いて探したけれど見つからない。その際僕は会長の行方を知らないか尋ねられたけれど、会長には会ってないの一点張りで押し通した。

 そんなこんなで現在、洞窟内の雰囲気はこれまで以上に酷い。あの浜辺での惨劇の後だって、今よりはまだマシだった。凍てつくような絶望がみんなの心を暗黒に染め上げている。


「冴月さん、一体どうしたんでしょう……! こんなに長い間洞窟を留守にしたことはなかったのに……!」


 もう何度目かになる疑問を、春奈先生が口にした。

 誰も答えられない。会長が帰ってこない事で、洞窟内に居る連中は機能不全を起こしていた。いつもなら探索に行ったり食事の準備をしたりして、今頃はくつろいでいる所だった。それが皆虚ろな目をしている。不安で仕方ないんだ。

 恐らくその不安が原因だろう。プライドの高い連中を除けば、みんなしょっちゅう僕に蜜を舐めさせて欲しいと言ってくる。そんな中、僕は率先して皆に蜜を分け与えていた。笑顔を終始絶やさずに。理由はもちろん佐々木と同じ。僕の有用性をそいつらの心に植え付けるため。


「どうして見つからないんだろ……三回も捜索隊出したのに……!」


 奉日本さんが言った。


「タクちゃん。本当に何も知らないのか?」


 それを受けて、時坂が僕に尋ねてくる。死んだ目をしていないのは、僕の他はこいつくらい。


「し、知らないよ……知らないって前も言ったじゃん」


 僕は答える。怯え惑う子羊のような情けない顔で。


「だけど、会長が最後に会ったのはタクちゃんなんだ。何か思い出せない?」


 時坂がそう言うと、皆が一斉に僕を見た。僕の話を聞きたがっている、というよりは僕を疑っているのだろう。皆の目が怖い。


「そんな事言われても……一昨日は色々あって、僕感情的になってたんです、だから、その……細かい所はよく覚えてなくって。何しろ会長の顔すら殆ど見てなかったし……!」

「そうなの?」


 僕がそう答えると、先生が不審げに僕を睨みつけて聞いてきた。


 こいつも僕を疑ってる。


「花蜜くん、何か隠してない?」


 やがて先生が核心を突いたような顔で僕に尋ねてきた。


 さあ、始まったぞ。

 ここから上手く皆を誘導しなければならない。


「な、な、何も隠してないですって……!」


 僕はいつも通りのキョドリ顔と訥弁で返事をした。先生の目つきが増々鋭くなる。


「嘘ね。だって目が嘘吐いてるもの。本当は何かあったんじゃない?」

「だっ、だから何もないですって……!」


 僕は咄嗟に言い訳を並べる。だけど誰も僕を信用していないのは明らかだった。このままなら僕は犯人にされるだろう。


 でもこれでいい。

 これは全部僕が最終的に勝つために必要なことだ。


「先生、明らかに花蜜くんが怪しいと思います」


 なんて僕が思っていると、女子の一人が言った。

 最初の裏切り者だ。覚えとこう。


「ひょっとしてこいつが会長殺したんじゃないの?」

「でもこんな奴に会長が殺せる?」

「わっかんないけど」

「事故とか起きて、それで会長を見捨てたんじゃ……!?」

「最低……!」


 女子の言葉を口切りに、皆が口々に僕を罵り始める。僕に対する疑惑を言い訳に、日頃の本音までぶちまけたような言い方だ。いつも僕の蜜にお世話になってるくせに、こいつらなんて酷い連中なんだ。


 でも大体合ってるからウケる。

 実際あれは事故だし。僕のせいじゃない。


「きっと、この人が殺したんだわ……!」


 別の女子が呟く。怨嗟を込めた目で僕を睨みつけながら。まるでこの洞窟が吐いた溜息のような一言に、更にその場の空気が重くなる。地獄みたいな雰囲気。


「タクちゃんが何かしたって証拠はないよ」


 そんな最中、時坂が言った。


 へえ。さっすが時坂。

 こんな重苦しい状況でもサラリとカッコいい言葉が吐ける。


 見れば時坂の意見に合わせるように、僕の隣に居るアピスもウンウン頷いていた。そして何か言いたそうな目で僕を見てくる。


 よしよし。

 お前は後で使ってやるから今は黙ってろ。


「じゃあなんで会長が帰ってこないのよ!?」

「ぜったいこの人が何かしたんだわ!」

「わたし殺人犯と一緒になんか暮らせない!!!」


 時坂が僕を庇ったからだろう。途端に女子たちが叫び散らす。顔面を黄色くしてキイキイがなり立てるその様は、まるで僕らを襲ってきたサルのようだった。

 いや、まだサルの方がマシだろう。少なくとも身内は襲わない。無知で愚かな群衆って奴は、こんな風に不安に苛まれた結果正しい人物を処罰するんだろうな。まるで神へ捧げる生贄だ。仮にこの後僕が殺されたとして、いずれは時坂も殺されそう。ホント人間って醜い。


「でも、このままじゃ……花蜜くんのせいじゃなかったとしても、皆が納得しないわ」


 先生が不安そうに言った。事実だけど言いたくなかった、とでも言うような風だ。その言葉を拒否するかのように「そんなのって……!」奉日本やアピスが首を横に振っている。そんな中でただ一人、時坂だけが深刻そうな顔をして頷く。


「時坂さん。せめて牢屋か何か建ててそこに花蜜くんを隔離して欲しいです。それで皆の不安は少しは解消できます」


 すると、女子たち三人のグループが互いに手を携えながら言った。どうやら彼女たち皆で考えた意見らしい。酷い奴ら。


「だけど、なんの罪もない人を牢屋に入れる事はできない」

「で、でも……!!?」

「皆の意見はもっともだ。けど、ここで疑心暗鬼になる事の方が問題だと俺は思う。タクちゃんが何も知らないって証拠はないけれど、それだけで犯人と決めつけるのはやっぱりおかしい」

「「「……!!」」」


 時坂の一言でみんな黙らされる。


 時坂、キミがそう言うだろう事は知ってる。本当は僕の味方なんかしてくれる気がないくせに、みんなから支持されるためだけにキミは公正なフリをするんだ。哀れ、皆から見捨てられた僕を助けて、人格者を気取っているつもりなのだろう。そんな風に僕をダシにする彼はこの場で一番醜くて汚い卑怯者だ。

 だがそうはさせない。僕には計画があるんだ。お前を会長殺しの犯人に仕立て上げて、この僕が集団を統率する。そんな計画が。


「事故って可能性もあるし、まだ見つからないだけでどこかで救助を待ってる可能性もある。今やるべきことは犯人捜しなんかじゃなくって、会長の捜索だと思う」

「でも、見つからなかったら?」


 女子の一人が目つき鋭く時坂に問う。

 さっき意見した三人一組のグループになっていた女子だ。


「この二日で思いつく場所は大体探しましたよね? 私たちは危険な場所にだって行きました。それで見つからなかったんだから、会長がどこかで足を滑らせたとかで身動き取れないって可能性は殆どないです。捜索は殆ど無意味。だったら犯人捜しの方が優先されません?」

「君は会長がもう死んでるって言うのか?」

「そうは言いませんけれど……でもこれ以上の捜索は現実的じゃありません。さっさと犯人を見つけて然るべき対応をして、日常生活に戻るっていうのが一番生き残る可能性が高いんじゃないでしょうか。事実この二日で食糧がもうありません」


 そう言って彼女は水以外何もないため池を視線で差す。


『皆の生命線とも言えた会長が居なくなった。その上捜索なんてやってたら私たちは生きていけない』ってそういう事なんだろう。

「花蜜くん。正直に言って。花蜜くんがやったの?」


 先生が真剣な顔で問う。


 こいつも最低。


「でも、幾らマンケンクンでもそこまでしないと思うな。だってそこまで酷いとか思いたくないし……」


 奉日本の言葉に女子たちが皆頷く。


 おお、さすが奉日本さん。よく解ってる。僕がこの集団を率いた暁には、彼女を女王にしてあげようかな。僕の言う事を聞く限りは贅沢させてあげるよ。うふふ。


「先生も、身内に殺人犯がいる状態でサバイバルなんて無理だと思います。時坂くん。今この場で白黒はっきりさせましょう」


 先生が言った。

 その意見に女子たちもほぼ全員が同意する。それに対して、時坂は難しい顔をして黙っていた。


「どうするの? 清四郎くん」


 奉日本が尋ねる。


「……わかった。それなら道は二つだ。タクちゃんをどこかに隔離するか、しないか。タクちゃんが何かをしたと思うなら、牢屋みたいな所を作って隔離する。期間はタクちゃんがはっきり無罪だと解るまで。何もしてないと思うなら隔離しない。それでどうかな?」


 はい出た村八分!

 みんなで僕をハブろうって言うんだな!?


 僕は嬉々として心の中で叫んだ。


 いやはやこんなに上手く行くとは思わなかった!

 僕の計画は順調に進んでいる!


「いちおう言っておくけれど、処罰とかはするつもりはないよ。あくまで隔離だ。みんな、それでいいかい?」


 時坂の発言に、みんな頷く。


「タクちゃんは?」

「し……しっしっ……しょうがないよね……みんなも不安だろうし……わかりました……そうしてください……!」


 僕は両肩を落とし、いかにも無念そうに言った。僕が内心ほくそ笑んでいる事に誰も気付かないように。


「多数決で決めたい。タクちゃんを隔離しない方がいいと思う人」


 誰も手を上げない。なんて思っていると時坂と、遅れてアピスが手を上げる。


「それじゃ、タクちゃんを隔離すべきと思う人」


 残りのみんなが手を上げた。さっき僕でもやらないとか言ってた奉日本さんまで上げている。彼女は目を伏せて、申し訳なさそうにしていた。それを見てデブの佐々木もこっそり上げる。


 ハア。結局奉日本も裏切りかよ。さっき『僕でもやらない』とか言っていたクセに。

 その掌返しっぷりにイラついた僕は、彼女への評価を改める。まあでもこいつの場合は実の能力があるし、見た目も綺麗だから僕の性奴隷にしてやろう。そう考えただけで股間が滾る。ちなみにデブはどうでもいい。


「タクちゃん。申し訳ないけれど隔離させてもらう」

「そ、そんなぁ!? 酷いよ時坂くん!? みんな! 誰か助けてぇ!?」


 僕は解りやすく狼狽えてみせる。

 すると、みんながゴミでも見るような目で僕を見てきた。無様に命乞いする僕の姿が見たくないのだろう。『どうしたらこんな奴を救えるのか』って、そんな視線にも見える。

 でもそういう侮蔑的な視線を送ってくれて、僕は嬉しい。だって、そんな僕がいずれこいつらを支配するのだから。どうせ成り上がるのなら見下された方が断然楽しい。


「ごめんなタクちゃん。我慢してくれ」


 時坂が申し訳なさそうにそう言うと、僕の後ろに回って腕を拘束した。後から奉日本さんもやってきて、木の皮で編んだ丈夫な縄で僕をぐるぐる巻きに縛る。変なプレイみたい。みんなも僕が縛られるのを黙って見ているだけだった。ただ一人、立花アピスだけがこの場に居たたまれないような顔をして俯いている。

 これでいい。恐らくこの後牢屋を作って、そこに僕を放り込むのだろう。恐らく昼夜見張りが付けられるはずだ。おかげで僕のアリバイは完全なものとなる。後は牢に居る状態で会長殺しの疑いを時坂に向ければいい。そのための準備は既に済ませてある。


「……ふふ……」


 近い将来起こるだろう出来事を考え、僕はほくそ笑んだ。

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