第22話 解ってくれない
どうして時坂がここに……!?
今日も奉日本さんと探索に行ったはずだけれど……!?
僕がそう訝しがった、次の瞬間だった。
「……あ……!!?」
僕の視線の先で、突然会長が時坂に抱き着いた。あの美しい黒翡翠色の髪を時坂の胸に押し付けて。時坂は肩こそ抱かないが、会長の背中にそっと手を当てて優しく抱きとめている。
それを目撃した途端、僕は脳みそが焼き焦げて体中の神経がスパークしたようになってしまった。頭の中が真っ白になって、本気で倒れかける。
今……! 僕の目に映っているものが、信じられない……!
どうして会長が時坂に抱き着いているんだ……!?
なんで……どうして……っ!!?!?!?
「教えてくれ時坂……! どうして皆が死んでしまったのか……! 私の選択は間違っていたのだろうか……!?」
二人の話をもっとよく聞こうとして、僕は耳を澄ませた。すると会長の縋るような声が聞こえてくる。こんなものは、あの威風堂々とした会長が発して良い声ではない。
「はい。会長の選択は間違っていたかもしれません。でもそれは今だから言えることです。後悔しても仕方がない」
「だが私は会長だ。どんな時でも常に正しくあらねばならない……!」
「いえ。常に正しい人なんていません。だって、俺ら人間なんですから。みんな常にどこかしらダサいし間違っているんです。今この瞬間も」
「……っ!!!」
時坂が全く優しくない声音で語った。その感情を伴わない冷淡とも思える一言を聞くと、会長は赤く腫らした目で時坂を見上げる。
その目が一瞬僕を見るアピスの目と重なった。会長の弱り切った姿に、僕は愕然となる。あんな目をした会長は見たことがなかった。現実は勿論、夢でさえ。
「ふ……今この瞬間もダサいし間違えている……か……! 手厳しい事を言うな……!」
会長がため息交じりに言った。少し笑っているようにも見える。
「そうです。だから一緒に正していきましょう」
時坂が言った。ここからだと角度的に見えないけれど、どうやら奴も微笑んでいるようだった。
「……私は少々傲慢になっていたようだ。皆から会長などと慕われて、おごり高ぶっていたのだろうな」
「ええ。俺も心当たり有るので解ります」
時坂は現役プロ作家だからな。ファンから賛美されて有頂天になったりもするんだろう。
なんて、そんな事はどうでもいい。
時坂の奴なに調子に乗ってるんだ!?
「……しかし、私たちのこれに関しては、明らか間違いだな。お前には大事な人が居るというのに」
「恋夏には言ってあります。この島を出るまでは、俺が会長の事をしっかり補佐するって。こういう状況ですから彼女も承諾してくれました」
「承諾、か……私のこれは補佐などというレベルではないがな。今や私は完全にお前に頼り切ってしまっている」
「全て、承諾してくれています」
会長はずっと地面を見つめながら「すまんな……」謝罪を続けている。
一方僕は、
「……」
もう訳が解らなかった。この場で起きている事も、自分の状態すらおぼつかない。息する事さえ忘れていた。近場に会長たちがいるというのに、ハアハアと荒い呼吸をしてしまう。
苦しい……! 胸が苦しい……!! 涙が出る……!! どうしてこんな……!! どうして……!?!?!?
僕が何よりも許せなかったのは、会長という理想像が崩れた事だった。
どんな時も冷静で強く、完璧で美しくてカッコよかった会長。まさに僕の希望のヒロイン。それが、どうして時坂なんかに泣きついているのか。どうしてそんな弱い姿を見せるのか。見せるならどうしてその相手が僕じゃないのかって、僕の心が泣き叫んでいる。今すぐあの二人をブチ殺したい。もしも今この手に拳銃があったとしたら、二人の眉間をブチ抜いている所だ。それで目の前の悪夢を終わらせたい。
そう思った僕は居ても経ってもいられず、
「どうして僕じゃないんだ!!!!!」
気付けば叫んでいた。その勢いで、身を隠していた繁みから半身出してしまう。
「花蜜……!?」
「タクちゃん!?」
二人が同時に僕に気付いた。二人と目が合った瞬間、僕は後ろを向いて駆けだした。
僕は森の中を走り続けた。
息が苦しくて、肺が潰れそうだ。足も痛い。逃げる際中、繁みに何度も足を突っ込んだからだ。靴の中で足が滑っているのは、出血でもしてるのかもしれない。それよりここはどこだろう。どこでもいい。とにかく逃げたい……!!!
僕は更に走る。
もう1時間ぐらいは走った気がする。正確には10分も経ってないだろうけれど。だんだんと冷静になるうち、今度は滝のような疲労が押し寄せてきて、僕は近くの木に寄りかかってしまった。走り過ぎて吐きそう。
ああ……! どうして会長は時坂なんかに弱音を吐いたんだろう……!? 言ってくれれば幾らでもこの僕が慰めてやったのに……!! 会長は僕を見直したんじゃなかったのか!! 僕をちっとも顧みない会長が憎い……!! 憎いのはもちろん会長だけじゃない。時坂もクソだ! こんな状況でリーダーやってる会長のプレッシャーを上手く利用しやがって! 奉日本なんて美人の嫁がいるクセに会長にまで手を出すつもりか! あのヤリチン野郎め!!!!
近場にあった樹木の幹を何度も何度も拳で叩きながら、僕は憤っていた。涙が止まらない。鼻水も、蜜も。体中べっとりしてきて嫌になる。その蜜が打ち付けた拳に絡んでどす黒い色に変わった。やがて怒りの感情が収まってくると、僕は今度は不幸な自分を憂い始める。
ああ……! 僕は時坂に負けたんだ……!
会長の副官としても、男としても……!
今だってビービー泣くことしかできない……!
なんて惨めで情けないんだろうな、僕は……!
「所詮僕はただのゴミムシ……! 役立たずの負け犬なんだ……っ!」
「花蜜」
なんて僕が一人樹木に寄りかかってゲロみたいな感情を吐露していると、近くで会長の声が聞こえた。
見れば、僕の寄りかかっている樹木の向こう、灰色をした岩の前に会長が立っている。ぎょっとして辺りを見回したけれど、時坂はいない。来たのは会長一人みたい。
「花蜜。ここはサルが出るかもしれない。危険だ。はやく皆の所に戻ろう」
「……」
僕は会長の言葉に返事をせず、代わりに会長に背を向けた。近づいて欲しくない事が解ったのか、会長はそれ以上近づかない。
「泣いているのか?」
会長が言った。
僕はビクリとして俯く。
どうしてわざわざそんな事聞くんだよ!?
そうだ! 僕は今泣いているんだ!! 全部全部全部全部全部会長のせいだ……!!!
僕は言いたかった。それを歯噛みして堪える。といっても、格好を気にしているからじゃない。これぐらいは気付いて欲しかったんだ。だって会長は……僕の事を大切に思ってくれているはずだから……!
「お前が何故逃げたのか、正確なところは解らないが……恐らく皆を指導する立場の私があんなに弱い姿を見せたためにショックを受けたのだろう。申し訳なかった」
そう言って、会長は頭を下げる。
違う。そういう事じゃない。なぜ解らない?
「……!!」
僕は返事をする代わりに、両拳を握ってブンブンと首を左右に振った。
これで解れ……!! 解って、僕の気持ちを全て理解してくれ……!! そして可哀想な僕を抱きしめろ!! 甘えさせて……くれぇ……っ!!!!
僕は全力で会長を睨みつけながら念じた。もしも僕の瞳に魔力が籠っていれば、会長をこの場で操れるぐらいの勢いで。
すると会長は訝し気に僕を見た。
「違うのか……? では、なぜ逃げた。何がお前にとってそれほどまでにショックだったのだ?」
……!!!?!?!? 言わなきゃ解らねえのかよ!!!???
「…………かっ」
「か?」
「かっかかっ……! 会長は……なななんでででっ、とっ……時坂なんかに……っ!!」
会長は、所詮僕なんか愛してくれない。
それが解った事が悔しすぎて、途中までしか言えなかった。
どうして会長は解ってくれないんだ!?
「……時坂が何かいけない事をしたのか?」
「!!!!」
違うっつってんだろビッチ!!! 俺はあんな奴の事を言ってんじゃねえ!!! 他の誰でもない、この俺様の事を言ってるんだ!!! それも全部お前がバカで、この俺の苦悩を理解しないから!!!!!
僕は腹の底から激怒する。
頭の悪い女は嫌いだ! 凛々しかった会長の顔に、どんくさいゴミ女のアピスの顔が重なる! 今すぐこの女をブチ殺したい!
「一体どうすればいい? 私にして欲しい事を言ってみろ」
会長が、訝し気に僕の顔を覗き込んで言った。
バカが。僕が会長にして欲しい事なんて、一つに決まってる。時坂を追放してこの僕を選ぶ、ただそれだけだ。だって、会長が付き合うべき男は世界でただ一人、この僕だけなのだから。
「……かっかっ、会長……! ぼ、ぼぼ僕と……その……付き合ってください……!」
そう思っていたから僕は、率直に自分の願いを口にした。目を瞑り、息を大きく吸い、汗と蜜塗れの拳を握って漸くそれだけ口にできた。元々僕はそのためにあの場所まで会長を尾行したんだ。
よし……よし……! よく言ったぞ、僕!
「?」
すると、会長の眉間に皺が寄った。まるで話が理解できないように。だがすぐに皺は無くなる。
「そうか。お前は私に好意を持っていたのだな。それで今の反応か。なるほど理解した。だが、私はお前とは付き合えない」
会長が普段通りの声でハッキリと言った。
僕とは……付き合えない……?
一瞬、何を言われたのか解らなかった。その言葉が意味する所をやっと理解し、僕の感情がまた高ぶる。
だっ、だだだ大丈夫! 女子は最初の一回は断るんだ! だからその時は落ち着いて冷静にこう尋ねれば……!
「そっそっそっ……そしたら、お友達は、どうです……? ま、まずはお友達から、始めませんか……っ!?」
「無理だ」
相手が少しでも自分に対して好感を持っていれば、当然受け入れられるはずの要望だった。
だが会長はそれすらも断る。
「どっどっどっ……どうして……!!?」
疑問でしかなかった。どうして会長が、友達にすらなってくれないのか。理由が微塵も解らない。時坂の奴から何か吹き込まれたのだろうか。さもなければ先生か。アピスの奴が訳の分からない告げ口をしたのかも。どうしてこんな事に……!
「申し訳ないがキミは酷い。余りにも自分勝手すぎる。この所は特に。少し反省して欲しい」
会長が冷淡な声で言った。その声音からは、僕に対する好意が一切感じられない。
僕のやり方が間違いだっていうのか!!??
会長は……!!
会長だけは、僕の味方だって信じてたのに……!!!
「戻ろう。時坂も先に帰っている」
会長が厳しいままの声音で言った。
そんな……!! そんなの嫌だ!! 戻るなら会長が僕の恋人になってくれなくちゃ嫌だ!!! このまま負け犬として、時坂と一緒になんて居られるか!!!!!
「つつつっ……付き合ってくれなかったら僕、死にます!!!」
「何を言い出す?」
会長が呆れ顔で言った。最初は訳の分からない精神病患者でも見るような表情。続けてそれが、駄々をこねる子供を前にした時に親がするような表情に変わる。まるで先生みたい。
そうした会長の表情の一つ一つがムカついた。僕はそんな子供じゃない。
僕は間違ってない……!!! 黙って僕の言う事を聞いていればいいんだ!!!
「そういう所だぞ、花蜜。いいか、他人の事を考えるという事はだな……」
「うるさいいいいいいいいっ!!!!!!」
叫んで僕は会長に抱き着こうとした。時坂がやったみたいに、僕も会長を抱きたかったんだ。せめて時坂と同じレベルで居たかったから。
すると、
「なにを……っ!?」
まさか僕が抱き着くとは思わなかったのだろう。なし崩し的に会長が後ろに倒れる。僕は会長を押し倒してしまったのだ。同時にゴッという鈍い音が聞こえた。
まるで……鈍器で頭を殴ったような……!?
「……え……?」
僕がその事に気付くまで、たっぷり十数秒を要した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます