第20話 脱出法

「マジでイカダで脱出するの?」


 奉日本さんが訝し気に眉を上下させて言う。


「脱出の手段は問題ではない。私が言いたいのは、このサバイバル生活の終わりを考えるという点だ。人の意志はくじけやすい。解りやすいゴールが無ければ特に」

「でも、そんな事できるんですかね? 映画じゃあるまいし」

「できますよ。ここが鳥島なら」


 今度は時坂くんが言った。


 待て。

 それは僕が言いたい。


「江戸時代に大阪の商人がこの島に漂着したって記録があるんです。彼は三年にも渡るサバイバルの末に、仲間と共に船を作って人が住む青ヶ島へと脱出しました。昔読んだサバイバルマンガの知識なんですけれど」

「そのマンガなら僕も知ってる。っていうか知ってたから言ったんだけど」


 時坂くんが話し出すのを聞いて、僕はそれを遮るように言った。知識自慢はいい加減にして欲しい。

 っていうか、ちょっと不機嫌なの伝わっちゃったかな? 幾ら『蜜』の能力があるとはいえ、僕は身体的には弱いからこういうのは気を付けないといけない。皆からハブられる事は即、死につながる。それは学校でもそうだし、今みたいなサバイバル状況では尚更。それでも時坂の言い方には正直腹が立つ。


「あ、すいません急に意見して……でも僕イカダの作り方とかも解ります。サバイバル実況動画とか好きでよく見てたし。動画と実際は違うって言うけれど、彼らができたんだから僕たちだって作れるんじゃないかな? ここには大勢人が居るし、材料もありそうでしょ」

「ふむ。過去に脱出した事例があるなら、我々も脱出できる……か。そうだな。花蜜の言う通り、イカダを作る事自体は簡単だ。ここに居る13名を載せられる船となると少し難しいが、時間さえかければできるだろう。十分に大きいサイズの船を作ることができれば、青ヶ島に脱出できる可能性は高い。試す価値は十分にある」


 僕がかなり強気に意見をすると、会長が思案気だけど頷いてくれた。僕の拙い意見を補強してくれる。


「私はそう思ったが、みんなはどうだろう。誰か、花蜜の意見に反対するものは?」

「……」


 一瞬先生が不安そうな顔をしたけど、けっきょく手は上げなかった。


 ふん。

 ザコは黙ってろ。

 これが全会一致という奴。


「それでは花蜜の意見を採用しよう。今後は日々の糧を得ながらこの島からの脱出を目標に活動していくのだ」


 なんだか生まれて初めて僕の意見が通った気がする。皆が僕の言う事に従うのって、めっちゃキモチイイぞ。愉悦に浸れる。

 よし、この調子で今後は僕がリーダーシップを取っていこう。せっかく手に入れた会長の隣の座を、時坂みたいな奴に奪われるのだけは嫌だ。それに会長ともお近づきになりたいし。


「無事に帰れたら、お母さんなんて言うかな……!」


 その時、ポツリと奉日本さんの独り言が聞こえた。少し涙ぐんでいるように見える。


 ん……?

 待てよ。無事に帰ったら僕はどうなる?

 きっとまた元通りの生活が始まるだろう。そうしたら今の僕の立場はおじゃんだ。『蜜』の能力だって役に立たない。だって現代社会には栄養豊富なものが揃っているし、病院だってある。能力があるってことで多少チヤホヤされるかもしれないけれど、人生を逆転させられる程のものではない。せいぜいが中堅ユーチューバーぐらいだろう。僕の能力じゃそれすら怪しい。そしたら僕、また役立たずじゃん。少なくとも会長の隣には居られそうにない。むしろ脱出なんてしない方がいい。


 皆が喜ぶ中、僕は脱出を提案してしまった事を後悔し始めた。

 





 その日の晩。

 皆が寝静まった頃を見計らって、僕は一人で近くの泉まで来ていた。体を洗うためだ。

 体を洗う時間は決められている。女子が先で、男子が後。それで、順番通りなら昼下がりに僕は入れるんだけど、その時間は時坂くんも入る。彼と一緒は嫌なので、僕はあえて夜中に泉に漬かっていた。まだ夏だけど、さすがに夜は寒い。泉の水も、プール開きの日以上に冷たくなっている。


 うう……冷たい……冷たすぎる……!

 と、とりあえず腰まで浸かろう……!

 ああ……! 体が中心部分に向かってキュ~って引き締まってくる……!?


 僕がそんな寒空の下、クソ冷たい水に腰まで浸かってプルプル震えていると、


「そこに居るのは、花蜜か?」


 僕の背後で聞き慣れた声がした。

 この声は会長だ。


「って、えっ!? か、会長!?」


 危うく振り向く所だった。僕の裸なんか見せたら公然わいせつ罪で捕まりかねない。ここ無人島だけど。


「色々やっていたらこんな時間になってしまってな。体が汚れているから浸かりたい。構わないか?」

「はっ、はい……どうぞ……!」


 断れるはずがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る