第19話 会長の右腕
遭難した日から3週間が経った。
暮らしている場所は以前と同じ洞窟の中だ。幸いな事に、あれからサルに襲われていない。なぜか連中はこの洞窟に近寄らないのだ。おかげで僕らは生き延びている。
「みんな、聞いてくれ」
ついさっき僕が蜜を染みこませたスカイブルーのフラワー柄ハンカチを片手に会長が言った。みんな会長の話を聞くために集まって座る。そんな中、僕だけは自然に会長の隣に立った。というのも、僕は特別な役職をもらっていたからだ。
それは書記だった。理由は僕がノートを持っていたから。サバイバル中には記録を取る事も大切らしい。ストレスが多く冷静な判断がし辛くなる中で、客観的な記録を取る事は生活の指標になるし、不安を和らげる効果もあるそうだ。絵は勿論、字すらも時坂くんの方が一兆倍上手いんだけど、会長は僕の方を重用してくれている。こういうのが一々嬉しい。僕の方が有能なんだっていう証明みたいに感じる。
それに、ここからの景色は実にいい。今立っているのは僕と会長の二人だけ。他の連中はみんな僕らに従っている。少し前なら、この場所にはいつも時坂くんが居たんだ。だけど今は僕がその場所を独占している。いいぞ、この調子だ。
「実は、皆の能力についてなんだが」
僕がそんな風に考えていると、会長が続けた。
「能力者の二人に聞きたいことがある。それぞれの能力なのだが、欲しいと思った事はないだろうか」
「欲しいって、どういう事です?」
僕が尋ねる。
時坂くんでも、先生でもないこの僕が。
「ああ。私は常々勝ちたいと思っていた。剣道の試合などでもそうなのだが、そのために力を欲していた。それが桃による筋力強化に繋がったと考えているのだが、どうだろうか」
「それは安直過ぎませんか?」
時坂くんが尋ねた。
この場を仕切っているのは僕と会長なのに、偉そう。
「確かにそうだ。だが偶然にしてはできすぎている。加えて各々が能力を獲得した時の状況を鑑みても、それが一番理由として妥当なのだ。無論、理由などないという事も考えられるが……」
「今後桃が手に入った時に、そういった法則性が解っているというのは物凄くプラスになりますね」
僕は会長をサポートした。
会長の意見が間違ってるわけないだろ。
頭の悪い連中は黙っていろ。
「そうだな。だから仮定を確かめたい。私はこう考える。あの桃は人の潜在的な欲求に応えて、それに見合った能力を獲得させてくれるものだと。みなはどう考える?」
一同考える。
でも僕、蜜の能力なんて欲しいと思ったかな。まあでも常にお腹が空いていた気はする。僕はどちらかといえば甘党だから、甘いものが常時食べたかったし、後は皆の注目も集めたかった。蜜の能力はその意味では確かに合っている。
「奉日本、どうだ?」
「うん……電気ってのはちょっと解らないけど。でもあたし、いつもキラキラしてたいって思ってたかな。だから常にカメラみたいの意識してたし」
そう言って髪を撫でる奉日本さんの仕草は、まさにモデルか女優みたいだった。
そういえば、彼女が綺麗に映るのは常に他人の視線を意識してるからだったな。
「そのキラキラが電気の原因か」
「そうかも」
言って、パチンと指を弾く。
奉日本さんの散らす火花は白く、元々綺麗な素肌や顔を一層明るく照らし出した。
「よし。次に食料なんだが、あの木を見て欲しい」
会長が洞窟の入口の方を指差した。気付けば陽の差している付近に、大量のヤシの木が山のように積まれている。
茶色い樹皮と太目の幹が特徴なそのヤシは、浜辺でサルやサメと会長が戦っていた時に武器として使っていたものでもあった。
「あれはソテツという木なのだが、幹にデンプン質が多く含まれており食料になる。そのままでは食べられないので加工が必要になるが、上手くいけば三週間ほどで皆の主食を用意できるはずだ。幸い花蜜の『蜜』もある。美味しいソテツ団子が食べられる」
「冴月さんは、何でもよく知ってるんですね」
春奈先生が言った。
「ああ。実は私の母親は元自衛隊でな。小さい頃はレンジャー訓練などと言われて、よく山に連れて行かれたんだ。ずいぶんと扱かれてな。当時はなんでこんな事するんだと反発ばかりしていたが、色々と助かっている」
会長が少しはにかんで言った。
へえ。会長が物知りだったり強かったりするのは、そういう理由があったんだ。お母さんが自衛隊か。会長って、小さい頃はどんな女の子だったんだろう。気になる。
「次にこの島のことなんだが。この島はやはり鳥島らしい」
「どうして解ったんですか?」
また春奈先生が尋ねる。
「この島の緯度と経度を計った」
会長は言いながら、右腕に巻いた腕時計を見せた。
ああ、会長腕時計してたんだ。
時計とか全然興味なかったから気付かなかった。
「経度に関しては、2地点の太陽の南中時刻を測る事でおおよそ解る。みんな、外に出てくれ」
言われた通り、僕らは洞窟の外に出た。夏の太陽がかなり高い所にあって眩しい。
「太陽を見てくれ。あの太陽はもうすぐ南中する。現在時刻は11時25分だから、南中時刻は11時27~28分と言ったところだろう。私は母の教えで旅行前日に必ず出発地点の南中時刻を記憶しているのだが、それが遭難当日で11時30分だった。経度1度につきおよそ4分のズレが発生するから、この島と東京の経度には8分から12分程度のズレがある。東京の経度はおおよそ139度7分だから、この島の経度はだいたい140度5~9分と予測できる。その経度にあり、かつ我々が漂着する可能性のある島は4つ。八丈島と青ヶ島、須美寿島と鳥島だけだ。この時点で人が見当たらないことや島の規模から鳥島の可能性が高いが、我々は更に緯度も計測した。そちらは時坂に手伝ってもらったのだが、時坂、説明して貰えるか?」
「いいですよ」
会長に促される形で、時坂くんが立ち上がった。彼もまた空を指差す。
「緯度は北極星の高度で出しました。道具がなかったので、拳を使ったんです」
言いながら、彼は拳を目の高さに突き出した。
「この拳一個が大体10度。それを片方ずつ積み上げていって、北極星の高さまで積み上げます。すると拳3つ分くらいの所に北極星が来ました。高度はおよそ30度です」
「そうだな。北半球における緯度は北極星の高度と殆ど同じになるから、緯度はおよそ30度と解る。以上の事からこの島の緯度と経度はそれぞれ30度と140度。その付近にあるこれだけの規模の島となると、やはり鳥島しかない訳だが」
なるほどね。
どうでもいいけど、こいつ会長と夜中に二人で天体観測なんてやってたのか。ロマンチックじゃん。羨ましい。
「ただ、植生があまりにも違うのだがな。それに船が付近を通らないというのもおかしい。まさかタイムスリップしたわけでもあるまいし」
「……謎は深まるばかり、か……」
会長と時坂くんが腕組みをして考えている。
それはどうでもいいんだけど、なんだか僕だけ置いて行かれてる気がする。この気持ちはなんなんだろう。時坂くんが話をし始めると、いつもこういう風に感じる。
「現在我々が得ている情報で推察できるのはこの程度だろう。では次に、今後の活動についてなのだが、私はやはりこの島を探索すべきだと思う。衣食住をより安全に確保したいし、この島が本当に鳥島なのか、確実な事は言えない。更には不思議な力を持つ桃の事もある。どうしたらいいか、皆の忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
「僕、意見あります」
会長から意見を求められて、僕は早速手を上げた。
僕こそ役に立つって所を、会長を含む全員に見せておきたい。
「なんだ花蜜?」
「はい。大分生活基盤も整ってきましたし、この辺りで脱出の事も考えたいんです。イカダとか作りませんか?」
僕は思った事を口にする。
生活基盤が整ってきたのは事実だ。あれから生き残るために、僕らは様々な工夫をしてきた。
例えば水。ピクニックシートを使って洞窟内にため池を作り、そこに常時水を保存している。量は6リットルほどだ。1~2時間置きに、女子の一人が持ってるザックカバー付きの登山用リュックサックをバケツ代わりにして水を汲んでくる。僕らぐらいの年齢の男女は最低でも一日当たり1リットル、活発に活動するためには2リットルの水が必要になるんだけど、なんとかクリアしている。
同時にこのため池には、捕獲してきた小魚や巻貝、カニ類が泳いでいる。十分な量とは言えないけれど、活きの良い食材がいつでも手に入る場所にあるっていうのは安心だ。
「は?」
「脱出って……!?」
「海渡るのに、イカダとかムリでしょ」
「フツーにムリゲーじゃない?」
途端に女子どもが狼狽え始める。先生は一応黙ってる。時坂くんも頷きつつも考えていた。
立花さんだけはキョトンとした顔で僕を見ている。こいつは相変わらず何にも考えてなさそう。クモの時に面倒見てやったんだから、こういう時ぐらい味方してほしいのに、ホント役に立たない。
「いや、花蜜の言う通りかもしれん」
そんな風に僕が内心苛立っていると、会長が言った。
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