第18話 立花アピス

 10分後。

 会長と時坂くんと奉日本さんの3人は、食糧を見つけるために再び探索に向かった。また泉のある方角にはフンが無かったそうなので、先生や女子たちが飲料水を確保しに行っている。なので洞窟に残っているのは僕と立花さんの2人だけになる。


「ふう」


 僕はやや狭い洞窟内で足を伸ばし、両腕を岩に載せて寛いでいた。背中に敷いているのはみんなが残していった上着やブレザーの類。床がゴツゴツしてるのは嫌だし、僕はみんなの救世主なわけなんだから、これくらいはラクしてもいいだろう。ちょっとした王様気分。みんな暫く帰ってこないし、ここに居るのはクソザコの立花さんだけだ。人目なんて気にしくなくていい。あ、おなら出そう。


「……っ!」


 ちなみにその立花さんだけど、僕の目の前で横たわっている。まだ体調が万全じゃないみたい。みんなから被せられた上着で冷え性な体を温め、なけなしの水を集めたペットボトルを二本も頂いている。だからだろう。時折申し訳なさそうな視線を僕に向けてくる。チラチラ見るのいい加減止めてくれないかな。

 正直な話、僕は立花さんが嫌いだった。だって、僕はまだ『蜜』とかで他人の役に立ってるけれど、彼女はガチの足手まとい。本当に要らない種類の人間だった。それが許されているのは、彼女が障害者だからだろう。まったく羨ましい。僕もそういう特権階級に生まれたかった。


「あ、あの……花蜜、さん……!」


 なんて思ってると、彼女が薄紫色の口を開いた。


「なに?」


 僕は振り向き尋ねる。


「そ、その……どこか、お体のお加減悪い所など、ありませんか?」


 体の悪い所? そりゃ、こんな悲惨な目にあってれば悪いどころじゃないんだけど。急に何言い出してんのこいつ。バカにしてんのか。


「別に大丈夫だけど」

「そっ、そうですか……よかったです……!」


 彼女は安心した様子でフッと微笑んだ。


 ホントにこいつなんなんだ。


「あ、あの……っ!」


 なんて思ってると、また立花さんが言った。振り向くと、いつの間にか彼女が僕の事を見ている。そのお伺いを立てるような視線が堪らなくムカついた僕は、舌打ちしそうになる。僕に縋るんじゃない。


「……」


 すると、恐らく僕の不機嫌さが伝わったのだろう。立花さんは申し訳なさそうに首を垂れて塞ぎ込んでしまった。これ見よがしなそれが余計にムカつく。


「なに? 用があるなら言って」

「す、すみません……あの……つかぬことを、お聞きしたいんですけれど……その……拓也さん、怒ってますか……?」


 すると、今にも消え入りそうな声で立花さんが言ってくる。ここが自然にできた洞窟じゃなかったら絶対聞き取れてない声量だ。


「怒ってる?」


 僕は聞き返した。


 まあ怒ってるけど。立花さんってホントドンくさいし、いっつも何が言いたいんだか解らないしで非常に面倒くさい。会長から頼まれてなければとっくに放り出してどこかに行ってる。


「は、はい……その、す、すみません……! 全部、私のせいで……!」


 なんて僕が思っていると、また立花さんが訳の分からない事を言い出した。目が隠れるくらいの長い髪を振り乱して僕に謝る。彼女は更に何度もペコペコ頭を下げた後、再度ゆっくり上目遣いに僕を見て、また「すみません……!」謝る。


 何回謝るんだよ。そんな風に謝られてもムカつくだけなんだけど。


「えっと、立花さん僕に何かしたっけ?」

「いえ……その……い、いつも私のせいなんです……! 私が……不幸だから……!! 私が不幸だから、きっとみんなもこんな目に遭っちゃうんです……!」


 すると立花さんはそう言って、シクシクと泣き出した。


 は? なんだよそれ。ウケる。こいつ自分が不幸を呼ぶ魔女だとでも思ってるわけ? お前がそんな特別な存在なわけないだろ。ただのクソザコなんだから。ああ、イライラする。こいつの捻くれた思い上がりをぶち壊したい。


「大丈夫。誰もそんな事思ってません」


 そう思った僕は、ウソの笑顔を取り繕った。この女を適当に宥めすかしてやるためだ。

 口調もなるだけ優しいものを心がける。我ながらいい感じに言えたと思う。


「で、でも、その……全部私のせいなんです……私が生まれてきたせいで、お父さんも、お母さんもホントに苦労をして……学校でもどこでも、いつも誰かの世話にならなきゃいけないし、それも全部私が生まれてきたせいで……本当にその……ごめんなさい……!」


 だけど立花さんは僕の言葉を聞き入れない。後ろめたそうな顔で自分の事を蔑む。

 立花さんのそれを聞かされているうち、僕はとうとう怒りが抑えられなくなってきた。だって僕の場合幾ら自分が可哀そうだって訴えても、誰も聞く耳持ってくれない。なのにこいつはそんな僕の前でいけしゃあしゃあと被害者してる。ただでさえこっちはストレス溜まってるっていうのに。


 ハア……! こいつ一発殴ろうかな?


「少し思いあがってるんじゃないの」


 僕ははっきり言ってやった。


「……っ!?」


 すると、彼女がビックリした顔で僕を見てくる。核心を突かれたような様子だった。


 こいつマジで泣いてやがる。目が赤い。


「だってキミ如きに何ができるのさ? 『私のせいでみんな不幸』とか、フツーに考えてそんな悲劇のヒロインみたいな力がキミにあるわけないでしょ」


 キミの事なんか誰も気にしてないし。単なる自意識過剰だよ。アホらし。


 とまあ、後半部分が僕の本音なんだけれど、目の前のこいつは今にも泣きそうだった。泣かれるのは正直面倒すぎるので言わない。


 仕方ない。

 フォロー入れてやるか。


「それに、キミが居てくれるから僕も気が紛れるしね。一人だったら辛いけど、今はそんなに絶望しないで済んでるし。それはキミのお陰だ。だったらそれって別に不幸にしてないでしょ?」


 僕の場合はむしろこいつと居る方が嫌なんだけど、それも言わない。

 正直な話、役に立つ人間だけ居ればそれでいいと思う。会長とか奉日本さんとか。先生とか立花さんは要らない。


「たぶん会長だってそうなんじゃないかな。立花さんって読み書きも苦手でしょ? それなのに書記をさせてるってのは、キミの将来を考えての事だと思う。そういう事をしてくれるって事は、少なくともキミのせいで不幸になったなんて考えてないでしょ。他のみんなも同じさ。それでも自分のせいとかまだ思いたいのなら、せいぜい悲劇のヒロイン気取ってればいいと思うけどね。周りに迷惑かけて」


 僕は続けた。


「……」


 立花さんは深刻そうな顔で黙ってる。微睡むように薄く開いた瞳の奥で、こいつは今自分を一生懸命責めているのだろう。それと同時に自分の悪くない所にも考えがいっているはずだ。だって本当は自分は純粋でいい人だって思いたいから。だったら、後は。


 僕がそんな風に今後の会話を組み立てていると、


「……そう……ですよね……こんなんじゃ私……いけませんよね……」


 やがて立花さんが、両肩を落として幽霊みたいにゲッソリした顔で言った。


「そうだよ。つまりキミは『他人を不幸にもするけど幸福にもする』んだ。それを忘れちゃいけない」

「……!」


 僕は即座に言ってやった。

 こうやって全方位追い詰めた後に、1つだけ希望のある事を言う。そうすれば人は、すぐにその希望に縋る。人の心はいつも脆くて醜い。だから誘導できる。


「そ、そうか……! 私、人を不幸にもするけど、幸福にも、するんだ……! 私、人を不幸にするだけじゃない……!」


 案の定立花さんは言い出した。気付けば彼女の表情が明るい。珍しくこっちの目を見ているし、頬も少し紅潮している風に見える。まあ、気のせいだろうけれど。気のせいであって欲しい。


「あっあっ、あのっ、拓也さん……私、どうすればいいでしょうか……?」

「どうすればって?」

「私、変わりたいんです。みんなのためになる事がしたい……!」

「とりあえず深呼吸でもしてれば? 気分落ち着くし。とりあえずは落ち着くのが一番さ。それから役に立つことでも考えなよ」


 できるんならね。


「スウ、ハア……!」


 すると、立花さんは言われた通りに深呼吸し始める。

 

 幸せな奴。

 障害者は役立たずで許されるから羨ましい。


 ご機嫌な立花さんを僕は恨めしく思った。

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