第17話 蜜の効力Ⅱ

「……た、立花さん……?」


 先生が戸惑い気味に尋ねた。立花さんも口を開けたまま、自分の両手を見たり体のあちこちを触ったりしている。やがて、


「はっ、花蜜、さん……っ! あっあっあっ……! うわあああああああああんっ!!!」


 急に感極まった顔で僕の名前を呼んだかと思うと、立花さんが僕に抱き着いてきた。


 えっえっ!? きゅ、急にくっつかないでよ!?

 みんなが見てるんだけど!!?


「だ、大丈夫、なんですね……?」


 僕が慌てふためいていると、先生が言った。


「は、はひいっ!! なんだか解らないんですけど、体が芯から暖かくなって、ぽっかぽかで、頭痛いのとかも全部治ってっ、そのっ、もっのすごい元気でグヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハアアアアアッ!!!???」


 立花さんが答えながら笑い出す。涙目だし鼻水ぐじゅぐじゅだしで、苦しそうだけど嬉しそう。もう訳が解らない。とりあえず僕を離して!


「……わ……私にも、吸わせて……!」


 なんて思ってると、苦しそうな声が聞こえてきた。それはクモに噛まれた別の女子だった。彼女は自分のハンカチを僕に差し出している。僕は蜜を吸着させるため、自分の額をハンカチで拭い彼女に手渡した。それを彼女が舐めると、奇跡は再び起こる。立花さんと全く同じ効果が出たのだ。

 そうか、多分だけど、この『蜜』の能力があるから僕だけは毒の効き目が弱かったんだ。だってちょこちょこ舐めてたもの。甘いもの欲しさに。


「花蜜くん。いったい何をしたの?」


 春奈先生が訝し気に尋ねてきた。


「ぼっ、僕にも解らないんですけど、たぶん……!」


 こうなった以上、隠しておく事はできないだろう。僕は自分の汗の事を話した。自分で舐めた時に、蜜みたいに甘かったこと。そして何故か体調まで回復したこと。恐らくこれが僕が得た能力だってことを、桃の話と合わせて話す。


「「す、すごい……!!」」


 すると、みんなの僕を見る目が変わった。さっきまでは明らかにお荷物でも見るような目だったのに、今ではちょっとしたヒーローでも見るような目だ。それこそ時坂くんでも見るような。


「いっ、いやでもまだその、詳しい事は解らないんですけど……!」


 僕は後ろ頭を撫でながら言った。


 どうしよう。他人から褒められたのなんて久しぶりだ。嬉しすぎて、余り調子に乗り過ぎないように気を付ける。だってこいつら基本的にクソ野郎だから。何かあればすぐ掌返しするに決まってる。最悪殺される。でも嬉しい。もっと僕を崇めて欲しい。


「花蜜くんの能力があれば、みんなで無事に帰れるかもしれないわね……!」


 春奈先生が感心した様子で言った。


 特にこの人は注意しないと。


「みんな、ただいま」


 僕が浮かべた苦笑の裏側でそんな事を考えていると、会長の声がした。振り返れば、会長たち三人が岩を跨いで洞窟の奥までやってくる。よかった。無事に探索から戻れたんだ。時坂くん居るけど。


「会長! 花蜜くんが!!」


 すぐに女子たちが会長たちの下に駆け寄る。


「どうした」

「実は……!」


 先生が状況を説明した。会長たちが居ない間に立花さんたちが倒れて、それを僕が助けた事を。そして蜜の事も話す。すると会長が僕を見た。


「すごいじゃないか花蜜。正直少し頼りないと思っていたが、そんな事はなかったな」


 安堵した様子でそう呟いた会長は、嬉しそうでもあった。

 会長が喜んでくれて嬉しい。


「タクちゃん、すごいね」


 続いて、時坂くんも僕を讃えてきた。


 へえ。こいつが僕を褒めるなんて珍しい。いっつも余計な事言って僕のトラウマ穿り返すけど、たまには褒めてくれるんだ。正直、悪くない気分。もっと僕を褒め讃えろ。


「マンケンクン、お手柄だね!」


 時坂くんに続いて、奉日本さんまで言ってくれた。その明るい口調と甘い微笑に僕の心は一瞬で蕩けてしまう。


 だって、これまで彼女が僕にこんな親しみを込めた視線を送ってくれたことはなかったもの。でもなんで急にこんな優しい顔で……。

 ああ、きっと彼女は僕に期待している。ずっと僕の事を役立たずだと思っていた彼女が今、初めて僕の事を『使える奴だ』と認識したんだ。それってつまり僕の事を同格かそれ以上の存在だと認めたってこと。これは素直に嬉しい。この調子でぜひ僕の彼女になってくれないかな。少なくとも時坂の女にはならないで。


「俺たち無事に帰れますかね?」


 そんな風に僕が色々考えていると、時坂くんが会長に尋ねた。


「それは解らないが、生存の可能性は高まったと言える。ただこの場でこれ以上摂取するのは控えよう。拓也の『蜜』が恐らく桃による能力である事、そして現時点で副作用が出ていない事から一定の安全性は期待できる。それでも副作用が無いとは限らない。1日待ってアピスたちの体に変化が無ければ他の者も摂取していいだろう。その場合も無論1口ずつ」

「ねえ冴月さん、その桃ってもう無いの? 他の人たちが冴月さんや花蜜くんのような力を持てれば生き残る確率が更に高まると思うけれど」


 会長が僕の蜜について話していると、先生が言った。


「残念ながら無い。この近辺にも桃は生えていなさそうだし、あの森に取りに行く事も難しいだろう。あの付近はサルのテリトリーだ。行けば確実に襲われるだろうし、最悪もっと強い能力を持ったサルと出くわす可能性もある。できることなら避けたい」


 会長がはっきりそう答えると「そうですか……」先生はガクリ肩を落とした。


 先生も能力が欲しかったんだろうけれど、残念。


「ところで我々の探索の成果なのだが」


 会長が続けて言った。探索で緩んだらしいネクタイを結び直し、制服の威儀を正している。

 それを見て気付いたのだろう、先生や他の女子生徒たちも身だしなみを整え始めた。


 こう言っちゃなんだけど、みんな結構服装がだらしない。クモの騒動とか、色々あったからだろう。シャツの裾がスカートからはみ出ちゃってたり、ボタンが外れてインナーが見えちゃったりしてる。かく言う僕もだけど。


「悪い報告と良い報告がある。まずは悪い報告から。洞窟の近くにサルのフンが落ちていた。数は一つだけだったが、まだ近くに居るものと考えた方がいいだろう。暫くは警戒したい。次に良い報告だが、ここから徒歩10分くらいの近場に泉と小川を発見した。淡水で、水質もかなり綺麗だった。水浴びなどは勿論、煮沸すれば飲料水にも使えそうだ」

「え、水浴び!?」

「やった!!」

「さすが会長!!」


 貴重な水源を発見したとの報告に、みんなの顔が一気に明るくなる。


「見つけたのは奉日本だ。彼女に言ってくれ」

「えへへ」


 奉日本さんがおでこにピースを貼り付けバチッと片目を瞑って見せた。どうしようかわいい。


「だが食糧に関しては心もとない。泉に小魚やカニ類は居たが、ここに居る全員の食を賄えるほどではないし、引き続き探索が必要だろう。場合によっては花蜜の能力だけが頼りになるかもしれない」


 言って、会長が再度僕を見た。後ろに立ってる時坂くんや奉日本さん、果ては先生や立花さんまで僕を見る。


「花蜜。期待している」


 会長から一層の期待を掛けられて、僕はやっぱり嬉しく思う。あれだけ役立たずだった僕が、皆から必要とされているからだ。この蜜の力はすごい。上手く使えば時坂くんだって出し抜けるし、会長すらも従えて、僕がこの集団のリーダーになるなんて事もできるかもしれない。なんて、もちろん冗談だけど。


 僕に向かって凛々しく微笑む会長。

 そんな会長の眩しい太ももを見つめながら、僕はそんな事を思っていた。

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