第16話 蜜の効力
1時間後。陽が高くなったのか、洞窟内が蒸し暑くなってきた。
僕は大分汗を掻いている。会長たちはまだ帰ってこない。その一方で、立花さんたちの容態は刻々と悪くなっている。体温は更に高くなってインフルエンザに架かったみたいだし、体も蜂みたいに細かく振動していて、呼吸が浅い。意識も無くなりかけている。極めつけは肌の表面に白いブツブツができ始めていること。見ているだけで気持ち悪い。先生もただ黙って両手を組んで祈りを捧げているし、このままじゃ確実に死ぬだろう。そんな絶望的な状況を横目にして僕は岩壁に寄りかかり、首をもたげていた。
そう、僕は立っている。体調は全然悪くない。なんでだろう。理由はよく解からないけれど、立花さん達程には毒が効いてないんだ。ほんの少し頭痛と悪寒がするだけ。ちょっと風邪引いたかなってレベル。ブツブツも一切出てない。それでも一応寝ていたかったけど、隣で喘いでる立花さんが余りにも気色悪いので立ち上がったのだ。そしたら先生が目をまん丸にして僕の肩にしがみ付き、何度も僕の無事を確かめた。面倒くさかったので、僕はもう大丈夫だと言った。先生は安心した様子だった。無事回復した僕は今、立花さんの看病を頼まれてしまっている。
でも看病しろって言われたって僕にできる事なんて何もないし、そもそも立花さんなんかどうなってもいい。それより今辛いのは空腹だった。僕はとてつもなくお腹が空いている。あの桃を齧ったきり何も食べてないのだ。少しでも栄養のあるものを食べないと死ぬ。
「……」
でも、この状況で何があるだろう?
食糧はみんな砂浜に置いてきちゃったし、会長たちも戻ってこない。
そういえば。
僕は自分の汗のことを思い出した。
僕の汗はベトベトしてるけど、美味しい。それこそ蜂蜜みたいに。だから、栄養があるかどうか解らないけれど慰めぐらいにはなりそうだった。これだっていちおう水分だし。ただ蒸発させるよりは、少しでも自分で摂取しておいた方がいいだろう。
そう思って僕は、さっそく汗が染みていたシャツの袖口に唇を押し付ける。
「……!!!?」
途端に目がカッと開く。
やっぱり甘くて美味しい……! 今までずっとイヤな思いをし続けてきたけれど、初めて自分が汗掻きで良かったって思える。塩味がしないから、汗吸ってるって感じもしないし。
それに甘味ってだけですごい気分が落ち着くんだ。きっと高ストレス状況下だから、普段よりも甘味を体が欲しているんだろう。糖分がないと生きていけない。
ん?
次第に自分の体に違和感を覚える。胃の辺りがジワジワして、空腹が癒えていくのだ。それだけじゃない。悪かった体調もスッキリしてくる。さっきまで熱っぽかったのがウソのように。
どうしたんだろう急に。ひょっとして……僕の『能力』って、単に汗が甘くなるだけじゃないのか……?
自分の能力の可能性に気付く。正直ちょっと、試してみたい。そう思って僕は立花さんを見る。
そうだ。彼女に舐めさせてみるってのはどうかな? ちょうど彼女は死にかけだし、足手まといだから万が一なにか起こっても一番問題ないだろう。ちょうどいい実験体だ。
僕は立花さんの傍に寄り、まだ吸ってない方のシャツの袖を彼女の口元に差し出した。
「立花さん、これ舐めて」
「……っ?……っ!?」
一応まだ意識があるらしい。立花さんは僕の急な申し出に戸惑っている。
「花蜜くん?」
春奈先生も訝し気に僕を見てきた。
まあ、突然シャツの袖舐めろとか言われたら僕も同じ反応をするけれど。
「もしかしたら、気分だけでも良くなるかもしれないんです」
僕は言った。先生が猶も不思議そうな目で僕を見つめる。だけど立花さんは僅かに目を開けて、ブルブルする体を起こし、僕が差し出したシャツの袖部分にキスするように口付けた。
すると、
「!?」
急に立花さんの目が見開かれた。彼女はバッと上体を起こす。青白かった顔にもみるみる朱が差してきて、震えもない。気持ち悪かった肌のブツブツも、見る見るうちに引いてきて肌が粉を吹き始める。これって明らかに回復の前兆だった。新陳代謝ってレベルじゃないけれど。なんならこの島に来た時よりもずっと健康に見える。
す、すごい……! 効果てきめんじゃん……!
そんな風に驚いているのは僕だけじゃなかった。すぐ傍で見ている春奈先生はもちろん、他の子を看病していた女子たちもみんな吃驚してこちらを見ている。
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