第15話 致死毒
時坂くんたちが洞窟を出てから、1時間近く経過した。彼らはまだ探索から帰ってこない。
「みんな、もう暫くの辛抱だから」
春奈先生が言った。もう何度目になるか解らない励ましだ。
「「はい!」」
みんなもそれに笑顔で答える。だけどみんなの態度が上辺だけってのは僕にも解った。時坂くんたちが居た時の明るい雰囲気はとっくに無い。みんな爪や毛先を弄ったりして落ち着かない様子だった。きっと不安を消し去るのに必死なんだ。
「いったっ!?」
そんな中、女子が一人呻いて座り込んでしまった。
すぐに春奈先生が彼女の元に向かう。
「どうしたの?」
「たぶん……虫か何かに刺されて……!」
言って、岩の影を指差す。一瞬背中が赤くて丸っこいクモが這っていくのが見えた。その傍には半分壊されたクモの巣がある。白い泡を吹いたようになっているそのクモの巣は、一つじゃなくて天井や壁などあちこちにもあった。
「せ……セアカゴケグモだわ!!」
逃げ去るクモを見つけて、春奈先生が叫んだ。
「セアカゴケグモって……!?」
「ひっ、ひょっとして毒グモとかですか!?」
「先生、私もさっき何かに足噛まれたんですけど!?」
女子たちが喚き出す。どうやら噛まれたのは一人じゃなかったみたい。これって、かなりヤバいんじゃ……!
「落ち着いて! セアカゴケグモには毒はあるけど、めったに重症化しないわ。仮に重症化しても、死亡率はゼロに近い。だからみんな安静にしていて!」
先生が比較的冷静な声でみんなに説明した。
へえ。先生も意外とこういうのは詳しいんだ。まあ事前に研修とか受けてるんだろうな。いちおう教師だし。
……。
でも、おかしいな。そのクモの事は、僕も昔読んだマンガで知ってたんだけど、セアカゴケグモって乾いた人工物の近くに巣をつくる習性があるんだ。それがどうしてこんな洞窟に生息しているんだろう。この近くに人工物がある……?
僕がクモの生態からこの洞窟について推察していると、
「「「……っ!」」」
クモに噛まれた女子たちが、突然バタバタ倒れだした。
驚いた先生が傍に寄る。
「うそ……!? すごい熱……!? ど、どうして……!? セアカゴケグモの毒に発熱なんて症状ないはずなのに……!」
「ひ、ひょっとして、例の桃を食べたからじゃ……?」
先生が狼狽えていると、クモに刺されていない女子が言った。
「そんな!? それじゃ、毒も強化されてるって事!?」
「ウソ……! そんなの死んじゃうじゃない……!」
死という単語を聞いて、皆が一斉に動揺する。
し、死ぬって、嘘でしょ!?
僕も一瞬で焦る。
でも、それならみんなが倒れた理由も確かに解る。食べるってのはイメージしにくいけれど、恐らく表面に張り付いて汁でも吸ったんだろう。クモは肉食性だけど、お腹が空けば果物に張り付いて汁を吸うって聞いたことがある。それで会長たちの力が強くなったように、クモの毒も強化されたんだ。
もしそうなんだとしたら、これはヤバイ事になるぞ。だって、普通の人間がヤシの木を振り回しちゃうぐらいの怪力を得るんだ。もしも同じように毒が強化されたんだとしたら、マジで人なんか死にかねない。
「みっ、みんな!! クモを踏んでぇ!!!」
先生が叫んだ。気付けばクモが何匹も足元を這いまわってきていた。もしかしたら凶暴性も増しているのかもしれない!
「嫌だよぉ! こんな所でクモのエサになるの!!」
誰かが叫んだ。僕も必死になってクモを踏み殺そうとする。普段は絶対虫とか潰せないけど、そんな事言ってる場合じゃない!! やらなきゃ殺される!!!
「痛っ!!?」
なんて思って踏んでると、一匹のクモが凄い速度で足を登ってきた。そのまま僕の足の付け根に入り込んで、すぐ痛みが走る。
うっ、うそでしょおおおおおお!?
ぼぼぼ僕まで噛まれちゃったああああ!?!?
僕は愕然とした。背筋が凍り付く。
死! 死んじゃう!?
「……うう……っ!」
なんて僕がやっていると、今度は目の前で立花さんがバランスを崩した。急に僕の方にもたれかかって来たので驚く。
「たっ、立花さん?」
「す……すみま、せ……っ!」
僕が問いかけても、反応は弱い。どうやら彼女もクモに噛まれたみたい。息を荒くしていて、喋るのも辛い様子だった。体も熱っぽくてヤバイ。明らかに僕よりも反応が強く出ている。
「は、花蜜くん! そのまま立花さんの体を支えてて!! 他の人は周囲にクモがいないか確認してください! もし見つけたら踏み殺して!」
先生が血相変えて叫んだ。それを聞いてまだ元気な女子たちが石をひっくり返したり岩の裏を覗き込んだりしてクモを探し始める。
ってか僕も噛まれたんですけど!?
立花さんとかどうでもいいよ!!
「先生!! 僕噛まれちゃいました!!!」
僕は叫んだ。
とにかく助かりたい!!
「そ、そうなの!? 花蜜くんまで……どっ、どうしたら……っ!?」
先生は慌てふためいている。
僕が困っているっていうのに、ホント役に立たねえなこいつ!!? 先生なんだから助けろ!! この場を任されたんじゃないのかよ!!
先生の無能っぷりに僕は憤る。
「先生! とりあえず柔らかい場所で寝かした方がいいんじゃないでしょうか!?」
「そ、そうね! そうしましょう!!」
十数匹のクモを退治した後、まだ元気な女子が言った。先生は慌てて自分が着ていたスーツジャケットを脱いで、地面に敷く。僕は一番にジャケットの上に寝ころんだ。
「花蜜くん大丈夫!?」
先生が血相変えて、僕の額に手を当てて言う。
うるさいよ! 治したいから少し黙ってろ!
っていうか、あれ……? なんか、ヤバい毒にしては結構余裕な感じがする……?
もう回復してきたっていうか、ダルさも無い感じだ。不思議。
「わたしたちのも使ってください!」
「わたしも!」
他の女子たちもそれに続く。みんな念入りにクモがいないかチェックした後、上に着てる制服ブレザーとかジップ付きパーカーとかを脱いで地面に敷いた。その上に横たわるように指示を受ける。
なんだろう。目の前でどんどん女子が服を脱いでいくのも、その脱いだ服の上に寝っ転がらなくちゃいけないっていうのも嫌な感じだ。後でキモいとか言われないか。なんて、そんな事考えてる余裕はないはずなんだけど。さっきまで苦しかったのが、もうなんともない。
「立花さんも寝かせてあげて!」
先生に言われて、別の女子が僕の隣に立花さんを寝かせた。立花さんは体が痛むのか、苦しそうに喘いでいる。
「薬もなければ水さえない……! 今はとにかく安静にして、時坂くんたちを待つしかないわね……!」
先生が不安そうに首を傾げて言った。
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