第14話 地獄の入口
僕は時坂くんの背中を思いっきり突き飛ばそうとして彼に近寄った。
その刹那、
「ハアアアアアアアアッ!!」
突然巨大なヤシの木が目の前を通り過ぎた。そのままミサイルみたいに海面へと着弾する。それをしたのは会長だった。会長の制服はズタズタだ。きっと物凄い乱闘があったんだろう。制服はあちこち引き裂かれているし、全身血塗れになってる。そんな傷だらけにも関わらず会長は海に飛び込んできた。浮かんだヤシの木を竹刀みたいに振って、サメを海面ごと叩く。余りにも凄まじい力で、一瞬海が割れたみたいになった。胸丈の波が押し寄せ、僕は立っていられない。そのまま海に転んでガバガバと水を飲む。目や胃に海水が入って真っ赤に痛んだ。
ぶえええっ!!?
「奉日本! 今だ!」
直後に会長の声が聞こえて、奉日本さんが何かを海に投げ込む。僕がやっとの事で海面に身を起こすと、目の前を野球ボールサイズの電気の球が三つ通り過ぎて行った。それは海面に当たるとバチンと派手に弾ける。サメに直撃した訳ではなかった。だけど、サメたちはこれまでにない速度で沖へ引き返していく。どういう事だ?
「そうか……ロレンチーニ器官! サメは電気に対する感度が高いから、少しの電圧でもストレスに感じて逃げるんだ!」
時坂くんが叫んだ。
そんなの僕知ってたし!
「時坂! 拓也! こっちだ!」
僕が海面に身を起こすと、会長がヤシの木を振り回してサルを追い払いながら叫んだ。見れば春奈先生が女子生徒を引き連れて浜辺を走っていく。
と、とにかくあっちに逃げれば助かるらしい!
僕も先生を追いかけて走ろう!
「会長! 他のみんなは!!?」
「助けられる者は全員助けた! 今は退く!!」
背後で時坂たちが何か叫んでいた。だけど、他の連中なんて気にしてる余裕は一ミリもない。僕は先生たちを追って砂浜を抜け、どこまでも海岸沿いに走っていった。
サルたちの襲撃から1時間後。僕らは海辺にある洞窟に身を潜めていた。
みんなの顔は当然暗い。大勢死んだのもそうだし、せっかく集めた食糧も全部浜辺に残してきてしまった。あの浜辺にはもう戻れない。
「……こんな所じゃ暮らせないよ……!」
一緒に逃げてきた女子の一人が言った。彼女の嘆きをきっかけに、みんなもシクシク泣き出す。
まるでお通夜みたいな雰囲気の洞窟だったけれど、僕は意外と冷静だった。こんな風に状況を考えたり、周りを見ていられている。というとなんだか僕が有能みたいに聞こえるかもしれないけれど、それは違った。単純に助かったという安心の方が大きかったのだ。だってホントに死ぬかと思ったから。
改めて僕は辺りを見回す。
たしかにこの洞窟は、お世辞にも過ごしやすい環境とは言えない。足元はゴツゴツした岩ばかりで歩き難いし、壁はどこも滑ってる。空気も湿っていて、海側から絶えず塩っ辛い風が吹くし、それが洞窟内で反響して人の嘆く声みたいに聞こえるのだ。オマケに見た事ない虫もガサゴソしてるし、あちこちクモの巣も張られている。正直言って、みんなと居たあの浜辺が天国に思えるぐらい最悪な場所だ。
だけど僕らはここで暮らすしかない。なぜなら洞窟周辺にはサルがうろついてるし、海辺にも相変わらずサメが泳いでいるから。この地獄の入口みたいな洞窟こそは、僕らに残された最後の楽園なのだ。
「確かにこの場所は快適ではない。だがどうした理由か、サルはここに入ってこないようだ。その意味では先ほどまで居た浜辺よりも安全だとは言える。幸いここには天然の屋根があるし、雨の心配もしないで済みそうだ」
会長が前向きな事を言った。その言葉に、女子のほぼ全員が一斉に会長を睨む。
「あっ……雨の心配って……!」
「それ以上に最悪なことばかりじゃないですか会長!!」
「みんな死んじゃったんですよ!?」
「会長!! なんとかしてください!!!」
女子たちは涙目で訴える。会長ならなんとかしてくれるって期待があったけれど、それが裏切られたからだ。
でも、会長にそれを言っても仕方がないと思う。だって会長をリーダーに選んだのは僕たちなんだ。こうなった責任の半分は僕たちにある。それにもしリーダーが会長じゃなかったら、僕らは船から脱出も出来なかったし、さっき浜辺でサルやサメに殺されていただろう。今僕たちが生きている事もまた会長のおかげなんじゃないか。
ワガママを言い出す女子たちに対して、僕はそんな意見を言いたくて仕方が無かった。どいつもこいつもバカでしょうがない。でも僕がそれを言ってもどうせ否定される。だから僕は黙ってるしかない。
「……」
そして黙っているのは僕だけではなかった。会長もだ。これまでどんな時も即断即決で次の手を打ち続けてきた会長が、珍しく腕組みして考え込んでいる。こんな窮地に追い込まれて、さすがの会長も先の見通しが立たなくなっているのかもしれない。
「俺、探索に行ってきます」
すると、時坂くんが立ち上がって言った。
みんな一斉に彼を見る。会長もだ。
「待て、時坂。危険すぎる。サルたちがまだこの周辺に居るかもしれない」
「確かにそうですが、今動かないと全滅します」
「その通りだが、しかし……!」
会長が珍しく言いよどむ。その宝石のような目を濁らせているのは不安だった。この上時坂くんまで死なせる訳には、とか思っているのかもしれない。
「なんとかできるかなんて解りませんよ。外に出れば死ぬかもしれない。でもこのまま洞窟の中でウジウジしてたって死を待つだけです。だったら最善を尽くしましょう。俺はみんなと一緒に帰りたいんです」
時坂くんが言った。
さすが時坂くん。こんな状況なのに、彼は全然へこたれてない。ああ、僕にも彼ぐらいの強いメンタルがあればな。今すぐこの場を取り仕切るくらいの事できるのに。
「だったらあたしも行く。冴月さん一人に責任押し付けてるのも嫌だし」
なんて僕が羨ましく思っていると、奉日本さんが言った。彼女は時坂くんを見て、強気に微笑んでいる。その姿は、昨日浜辺でガタガタ震えていた彼女とは全然印象が違っていた。
「恋夏」
「来ちゃだめなんて言わないよね。清四郎くん」
そう言って、真っすぐ彼を見つめる奉日本さんの瞳は輝いていた。まるで『以前助けてもらったから、今こそ恩返しするんだ』とでも言いたげだった。二人の仲がどんどん進展してる。
「わっ!……私もいきますぅ!!」
僕がそんな風に二人を観察していると、今度は僕の隣で立花さんが叫んだ。急に大声を出したから吃驚する。彼女はその勢いで立ち上がると「おあっ!?」滑った足場で転びそうになった。
ホント使えないねえなこいつ!
「大丈夫?」
奉日本さんが中腰で手を差し伸べて言った。
「すっ、すみません、すみません……!」
立花さんは何度も謝る。
「でもっ……こんな私でも、みなさんのお役に立ちたいんですう……!!」
そして立花さんは、何故か半泣き顔で言った。そんな彼女の無様な姿に奉日本さんはどこか共感したのか、
「そうだよね。立ちたいよね」
言って、カーディガンの袖に隠した両方の拳を顔の傍まで持ち上げて見せた。がんばろう、の意思表示だろう。「すみませぇん……!」グズグズ言って、立花さんも同じポーズを取る。同性とすら滅多に会話しないからだろう。彼女のそれはめちゃくちゃぎこちない。
「いや、ここは俺が一人で行きます。みんなで行ってもし万が一があれば能力者が全員いなくなる。そうなれば俺たちはおしまいです。例え何かあっても、俺一人ならまだなんとかなる」
「いいや時坂、それは違う。お前が死ねば我々はおしまいだ」
会長が言った。
「そんな事は……!」
時坂くんが戸惑う。けれど、会長は更に視線で皆の顔を差した。みんなウンウン頷いたり、時坂くんに熱いまなざしを向けている。
「みんな、そう思ってますよ?」
「そうだよ時坂くん。時坂くんがいない世界なんてあり得ない」
ここまでずっと黙って成り行きを見守っていた春奈先生。彼女に続き、奉日本さんまでそう言う。
なんだろうこの感じ。僕だけ一人置いてけぼりされてるみたい。なんかムカつく。
顔面に貼り付けた笑みの下で、僕がそんな風に不満を溜め込んでいると、
「……!」
立花さんだけはコクコク頷いた後で……なんだろう、『お前もなんか言えよ』的な視線で僕の事を見てくる。
うっざ! こっち見んな! その視線なんなんだよ! 僕にも一緒に来て欲しいとか?絶対嫌なんだけど!
「解りました。じゃあ俺と会長と恋夏で行きましょう。立花さんはここに残ってください。君はまだ能力が解らないから」
時坂くんがみんなに指示を出した。
「すっ、すみません……!」
同行を拒否され、立花さんが申し訳なさそうに肩を落とす。
ほら言われてんじゃん。足手まといだって。僕らみたいな蜂の子は洞窟の端っこでウネウネしてればいいんだよ。黙って会長たちがエサ集めてきてくれるの待ってればいいさ。
「それと春奈先生。先生もここに残っていてください。いざって時にリーダーシップを取れる大人が居てくれれば、俺らも安心して探索に行けます」
「そうだな。私もそうしてくれると心強い」
時坂くんの提案に、会長も同意する。
「時坂くん……わかりました。宜しくお願いします」
そんな二人に対し、先生は深々と頭を下げた。
どうでもいいんだけど、先生って会長とか時坂くんの時だけは物分かりいいよな。僕の時は反対ばっかするのに。よっぽど僕のこと嫌いなんだ。
「だけど、三人とも無理をしないでくださいね? 危険だと判断したらすぐに戻ってくるように。変な気負いとかは絶対にダメ。みんなの無事が最優先なんだから」
「わかってます。会長、恋夏、行こう」
「ああ。宜しく頼む」
「よーし! がんばろー!」
言いながら、「ああ」「おう!」「おういえー!」三人はハイタッチして探索へと向かった。時坂くんが先頭で、その後を会長と奉日本さんがついていく。彼らの姿が見えなくなると、途端に女子たちがざわざわし始めた。
「時坂くんってカッコイイね……!」
「そうだね。頼りになる」
「私たちのリーダーって感じ!」
みんな時坂くんを褒め讃えている。彼女たちの表情は明るい。さっきまで絶望していたのがウソのようだ。
その一方で僕の心はざわつく。だって、時坂くんが余りにもイケメン過ぎるから。こういう時になにもできない自分が一層ミジメに感じる。
……。
まあ、せっかく時坂くんがやってくれるって言うんだ。彼に任せよう。失敗しても時坂くんのせいだし。でも、時坂くん。頼むから会長の足手まといになってくれるな。なるならせめて会長の盾になって死んでくれ。
僕は両手を合わせて会長の無事を祈った。心の底から。
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