第11話 不思議な力
30分後。
砂混じりの潮風が吹く中、僕は女子10名と一緒に広げたピクニックシートの上で食料を振り分けていた。
あれから僕らは会長の指示で班分けを行った。会長は時坂くんや生き残った男子16名(全員僕と同じ陰キャ)と体育会系の女子10名を引き連れて森の付近を警戒している。幾ら火があるとはいえ、絶対安全ではないからだ。きっとサルが怖いんだろう、みんなこれから戦争に行くみたいな悲壮な顔つきをしていた。一方春奈先生は、20名ほどの女子を連れて資材兼食糧調達係として海岸沿いを探索中だ。
そして僕は、食糧管理分配班に割り当てられていた。他の男子と一緒じゃないのはたぶん、僕に絵を描く以外才能がないせいだろう。サルの警戒に僕がついていっても足手まといだし、食糧だって探し当てられる自信はない。できるのはせいぜい雑用ぐらい。
そんな僕だけれど、いちおう班のリーダーを任されている。
「……これ、立花さんの分です」
僕は言って、僕の分配班のメンバーである立花さんにチョコレート菓子の個包装3つとのど飴1個を渡した。
現状分配できる食料は一日当たりポテトチップスが3袋と、のど飴が1袋。チョコレート菓子のパーティパックが2つ。それにさっき探索で回収してきた桃が1つ。これだけだった。遠目に見た時は十分すぎる程あった食糧も、70人で分けるには少なすぎる。
「あっ、ありがとうございます……!」
立花さんが怯えたような顔で感謝してきた。
正直彼女に食糧を配るのはもったいない。彼女が一番無能だから。だけど会長からの指示だからしょうがなかった。僕は彼女を助けるように言われている。
でも、相変わらず陰気臭い子だよな。目が前髪に隠れてるせいで表情が殆ど伺えないし、笑う度に口元がヒクヒク吊り上がるしで非常に気持ち悪い。一緒に居ると僕まで不幸になりそう。
「……あ、あの、花蜜さん……これってその……今食べてもいいんでしょうか……?」
なんて思ってると、立花さんが申し訳なさそうに言った。上目づかいでこっちを見てくる。
そんな事一々聞くなよ。
勝手に食べればいいだろ?
イライラする。
「別にいいんじゃない? だけどいきなり全部食べないほうがいいよ。急に食べてお腹壊されても迷惑だから」
仕方がないので返事してやる。立花さん相手なら嫌われるとか気にしなくていい。だってこの子に嫌われても僕にはなんの被害もないから。っていうかむしろ嫌われたい。その方が世話しないで済む理由ができる。
「は、はいっ……! その……ありがとう、ございます……!」
そんな僕の意図とは裏腹に、立花さんは何度も僕に頭を下げるとチョコを一つ口に入れた。
何故だか知らないけど、とっても嬉しそう。まあお腹が空いてたんだろうな。僕もめっちゃお腹空いてるもの。
僕は彼女から視線を逸らし、今度は隣に座っている奉日本さんを見た。彼女も僕の食糧班のメンバーだ。近くで見る奉日本さんは、やっぱり綺麗。目鼻立ちや体形がスマートなのは言わずもがな、表情から立ち振る舞いまで垢抜けてる。たぶんインスタをやってるからだろう。自分が他人からどう映っているのか常に意識しているんだ。
そのせいか、元々女の子が得意じゃない僕は非常に緊張してしまう。
「あっあっあっ、あのっ……たっ、奉日本さんの、ぶんです……!」
ゴクリ、生唾を飲み込みながら僕は言った。やっとの事で、隣に座っている奉日本さんにチョコレートの個包装1個と桃をを差し出す。緊張するのはキモいって解ってるんだけど止められない。あの会長と同様、彼女は雲の上の人だから。
「ありがと」
すると、奉日本さんが首を僅かに傾げて微笑んだ。さっそく桃を一口齧る。そのいつもと変わらぬキラキラした笑みに遭遇したとき、僕は気付く。彼女の頬が少し赤くなっているのだ。もちろん僕に対する恋愛感情とか、そういうんじゃない。少し腫れてるっていうか、ちょうど平手打ちでも食らったみたいになっているのだ。なんでだろう?
「……その……た、体調とか、もう……大丈夫、なんですか……?」
僕は俯きながら尋ねる。聞きたいのは平手打ち痕の方なんだけど、遠慮のせいか正確に尋ねられない。ふわっとした物言いになる。
「……うん。大丈夫。マンケンクンは平気? ここでの生活辛くない?」
奉日本さんは一瞬だけ真顔に戻ると、赤く腫れた頬を押さえながら言った。なんとなくだけれど、嬉しそうに見える。たぶん彼女の頬が腫れてるのは、時坂くんに引っぱたかれたからだ。だってさっき浜辺で取り乱していた時には、彼女の頬は腫れていなかったから。
「あ、は、はい……!」
今にも輝き出さんばかりの笑顔が眩しくて、僕はつい目を逸らしてしまった。そうしながら考える。どうして彼女は急に立ち直ったのだろう。そして何故僕に優しい?
……ああ、『時坂くんが叱ってくれた』からか……!
その疑問が頭を過った時、僕にはすぐにその答えが解ってしまった。
あの時奉日本さんは、自分の事で精いっぱいになっていた。助けが来ないとかどうして自分がこんな目に遭うのとか言って、みんなを困らせていたんだ。だから時坂くんから叱られたに違いない。『自分の事ばっかり考えてる』とか言われて。いかにもアイツが言いそうな事だ。ちなみにもし僕が同じことを時坂くんから言われたとしたら、まず間違いなく憤慨するんだけれど、奉日本さんは感謝している。きっと時坂くんが自分のために厳しい事をしてくれたのだと思ってるからに違いない。単に嫌味な奴ってだけなのに。くっそ……!……時坂の奴、またうまくやりやがって……!!
時坂くんの活躍をまざまざと見せつけられた気がして、僕は心の底から辟易した。自然とため息が出る。
ああ、サルに襲われて死なないかな、あいつ。
「ただいま」
僕がそんな風に不貞腐れていると、会長たちが戻ってきた。一番に声を掛けられた事に気付き、僕はちょっと誇らしくなる。
「かっ、会長おかえりなさい! その、どうでした?」
「今のところ順調だな。全員で森の入口付近を見回ったが、サルはもちろん動物の足跡すらない。どうやら奴らは浜辺付近には近づかないらしい。恐らくエサが少ないためだろう。念のため松明を持った男子数人に森を見張って貰っている」
よかった。あの恐ろしいサルは浜辺にはやってこないみたい。今生き残っている男子はザコばっかだ。今度襲われたら全滅しかねない。
「それと人手が空いたから、食料を見つけてきた」
言って、会長が背後の女子……サッカー部キャプテンの真田さん。小麦色の肌と引き締まったボディが素敵なスポーティタイプの美人……を見た。真田さんの手には森の近くの浅瀬で見つけたらしいカニが数匹と巻貝が何個か、それに小さな実が10個ほど乗っている。以前見つけた桃より更に一回り小さいその赤い実は、表面に皺が寄っていた。
周囲を警戒しながら食料まで見つけてきてくれるなんて、さすが会長。時坂くんの一万倍は役に立つ。
「他にも海岸の岩場に罠を仕掛けてきた。時間は多少かかるだろうが、そこそこの確率で魚が取れる」
罠は浜辺に打ち上げられていたゴミのペットボトルで作ったそうだ。ナイフで切断した飲み口の部分を、反対の向きにしてペットボトル本体に差し込み固定する。漏斗みたいな感じ。そうする事で入るときは簡単だけど、出るときは入口が狭くて出られなくなる。後はペットボトルの中に昆虫とか砕いたカニの身なんかを入れておけば、エサを食べにきた魚が入ったきり出られなくなる、という仕組みらしい。
「ところで、もう一つ気になる事があってな。実は例の桃についてなのだが」
言って、会長が座ったままのアピスと奉日本さんを見た。二人のひざ元には、齧りかけの桃がそれぞれ転がっている。
「奉日本、それに花蜜。ちょっとこちらに来て欲しい。アピスも来てくれ」
会長はそう言って、僕らを森へと誘った。
5分後。
僕らは森にやってきた。振り返ればまだ浜辺が見える距離だけれど、既に辺りが鬱蒼とし始めてる。いかにもあのサルが現れそうな雰囲気。
「冴月さん……危険じゃないの……?」
奉日本さんが言った。僕としても不安に思う。だって、いくら痕跡がなかったからって万が一があるかもしれないし。またあのサルに襲われたら、今度こそ僕死にそう。
「大丈夫だ。あれを見てくれ」
すると、会長が5メートルぐらい先の低木を指差した。生い茂る木の葉の向こうで何かがガサゴソと動いている。少し近づくとそれがなんなのか解った。
「すさささっ……サルううううううっ!!!?」
そこに居たのはあの毛のないサルだった。僕は吃驚して悲鳴を上げ、そのまま腰を抜かしてしまう。
「ひょっとして、力哉くんを殺したっていう……?」
「そっ、そそっ、そんなっ!?」
あの惨状を見てない奉日本さんと立花さんが、後から驚いて言った。だけど何故かサルはその場から動かない。ただキイキイ喚くだけだ。よく見れば足に縄が絡まってる。
「安心してくれ。このサルは動けない。サルの足に引っかかっているのは、私が遭難した日の内に仕掛けておいた罠だ」
罠は『くくり罠』と呼ばれる種類らしい。丈夫な木の皮で作った縄に輪っかを作り、その先をしならせた木に結んである。縄の途中に小枝をはさんで、その小枝をしならせた木の枝に引っかける。後は先ほど作った輪っかを地面に置いて落ち葉や土で隠しておけば、動物が踏んだ時に木の枝が外れて一気に輪っかが引っ張られるという仕組みだ。見た目以上に強力で、そこそこ大きい獣でも捕まえられるらしい。
「へー、こういうのって意外とうまくいくんだ!」
両膝に手を当て中腰になった奉日本さんが、なるほど顔で言った。隣でアピスが怯えている。ちなみに僕だけど、未だに立てない。間近にサルが迫ったあの時の恐怖を思い出しちゃって、おしっこちびりそう。
「ああ。ちょっとしたコツがあってな。野生動物というものは基本的に省エネ思考だ。歩きやすい道を優先して歩くという特性がある。だから罠の周囲に太い枝や石などで跨がなければいけないようにすればうまく誘導できるのだ」
さ、さすが会長……!
僕みたいな足手まといが大勢いるから苦労してるけれど、もし会長一人だったらこの島でも余裕で生き残れるんだろうな……!
会長の女子高生離れしたサバイバル技術を見聞きして、僕もようやく平静を取り戻してきた。バクバク鳴ってた心臓もちょっとずつ落ち着いてくる。
「ところで、何かおかしくはないか?」
すると会長が言った。僕は不安になる。
おかしいって……何が……?
「えっと、たしかこのサルって力哉くんを殺したんだよね? その、物凄い力で……」
奉日本さんが言った。
そうか。力哉くんは雀蜂学園レスリング部の星。そんな彼を殺せたサルが、この程度の罠から逃れられない訳がない。
「そうだ。こいつにはあの常識外れな力がない。それどころか罠を外せるだけの力すらないのだ。この事から察するに、どうやら全ての個体にあの化け物染みた力があるというわけではないらしい。更に見てくれ」
言って、今度は会長が遠くの繁みを指差した。そこにも同じサルが居る。目の前のサルと同じく木の皮で作った縄で縛られて、寝かされていた。死んでいるようには見えない。たぶん気絶させられているんだろう。
「あれは別の罠に引っかかったサルだ。こちらのサルと同様に特別な力はなかった。これ以外にも私は別のサルとも遭遇しているが、やはり怪力はない様子だった。私を見るなり逃げて行ったよ」
「そっそっ、それってつまり、どういう事なんでしょうか……?」
立花さんが僕を見て尋ねる。僕だって知りたい。
「では何故あのサルにのみ凄まじい力があったのか? 実は思い当たるフシが一つだけある。それはあの桃だ。私の仮説はこうだ。あの桃を齧った生物には怪力が宿る」
「か、怪力が宿る……!?」
確かにあのサルも桃を齧ってたな。
でも、そんな桃齧ったくらいであんな力が得られるかな? だって、あの力はドーピングなんてレベルじゃない。ネズミがマウンテンゴリラに進化したぐらいの差があった。殆ど魔法だ。
「……そんなこと、現実にあり得るんでしょうか……?」
僕と同じように疑問に思っていたらしい、アピスが尋ねる。
「これを見て欲しい」
会長はそう言うと、隣に生えていたヤシの幹に触れた。そのヤシは茶色い樹皮とたわわに実った朱色の果実が特徴的で、樹高は3メートル近くある。
メキメキメキメキィ!
なんて僕が観察している内に、会長はそのヤシの木を根っこからぶち抜いてしまった。あろうことか片手で。
うっ、うそ!?
「この通り。現に私も化け物染みた力を手に入れている。この変化はこの島に来てからのものだ。思い当たるきっかけはあの桃くらいしかない」
「じ……じゃあ、私たちにもこんな力が……?」
奉日本さんが呟く。
「そうだ。私の仮説が正しければ、同じように桃を食べた君たちにも変化があるはずなんだ」
「……」
問われて奉日本さんが近くの木に触れた。その木は会長が引っこ抜いたヤシより二回りは小さく幹も細かったが、いくら奉日本さんが力を入れても抜けなかった。
やっぱりそうだよな。
あの桃は僕が一番に食べたけれど、そんな怪力宿ってないし。
「うん。フツーにむり」
「そうか。ではあの桃が原因ではなかったのか。それとも複合的な要因か」
会長が首を捻る。
やがて何かに気付いたのか、奉日本さんが自分の掌を見た。そしてネイルで綺麗に整えられた指先を三つ合わせてパチリ、指を鳴らす。すると、
バヂチッ!
指先に火花が散った。
「わっ……!?」
奉日本さんの小さく空いたおちょぼ口から、驚きの声が上がった。
「今のは電気か?」
「うん……さっきから静電気すごいなーって思ってたんだけど、これがその変化ってやつかな?」
言いながら何度もパチパチ指を鳴らす。その度に指先から火花が散った。
「ああ、その可能性は十分ある。ふむ、どうやら単に腕力を得るというだけではなかったようだ。あの桃に何故そのような効力があるのか解らないが、我々にどういう力を与えてくれるのかを知りたい」
会長はそう独り言ちると、今度は僕とアピスを見た。
「花蜜はどうだ? 何か体に異変を感じたりはしただろうか?」
どうしよう。最近あった異変って、例の汗が蜂蜜みたいにベタついて甘いってことぐらいなんだけど、でもこんなのは能力じゃなさそうだし、仮に能力だとしても使えなさすぎる。役立たずだって思われたくない。
でもあれ? どうして会長が僕が桃を齧った事知ってるんだ?
そう思って僕が会長を見ると、
「先刻お前が桃を齧っているのを見た。だから私はあの場で可食テストをしたのだ」
僕の内心が解ったのか、答えてくれた。
そっか。
会長、僕の事を見てくれてたんだ。
嬉しい。
「ぼっぼっ……僕は、ちょっと心当たりありませんね……!」
「解らないか」
会長は少し残念そうに言った。
「もし何か気付くことがあったら教えて欲しい。桃の謎も解明したいし、新しい力があれば生活も楽になりそうだ」
そう言うと、会長はヤシの木を四つに圧し折って肩に担ぎ上げた。まるでミサイルランチャーみたい。今更だけどちょっとシュール。
「そうだ花蜜、記録を取ってくれないか? キミのノートに我々の能力を描いておいて欲しいのだが」
なんて思っていると、会長が顔だけ振り向いて言った。
「え……あ、はいぃ……っ!?」
僕は慌ててポケットからノートを取り出すと、簡単な会長たちのスケッチと一緒に能力を描いた。ちょうどマンガの設定みたいな感じだ。描いている途中、隣のアピスから視線を感じる。彼女にしては珍しく刺すような視線だった。見られていると非常に描きにくい。
っていうか、ひょっとしてこいつも僕の絵バカにしてるのか? だったら許せないけど。
「で……できました……!」
そんな風に内心憤りつつも僕は完成したイラストを会長に見せた。ボールペンしかないから線描きだけのクッソ汚い、鼻かんだティッシュの方がマシなレベルのラフ画だったんだけれど、会長は満足そうに頷く。
「ありがとう。やはり絵があった方がわかりやすい。アピス、どうだ? 読めるか?」
「ふぇっ!? あっ、はっはっはいっ! めっ! めちゃくちゃすごいれす……!」
立花さんが目をまん丸にして、何度もコクコク首を垂れて言った。
「ふっ……ふひひっ……クヒャヒャアッ!!」
なんて思っている間にまた笑い出す。
なんだろう。こいつから褒められるのはマジでムカつく。
「実はアピスは
そんな立花さんはさておき、会長が感心した様子で言った。
いや、僕マンケンじゃないんですけど……会長にまで誤解されてるのホント嫌だな。まあ褒めてもらえたからいいっちゃいいけど。
しっかし立花さん、そんな障害あるのによく書記なんてさせて貰ってるよな。会長も面倒見が良すぎるよ。障害者なんて放っておけばいいのに。
「よし。それでは戻ろうか。奉日本。キミの能力も早速活用したい」
言いながら、会長が浜辺の方に戻ろうと振り向いた、その時。
「「ぎゃあああああああ!!!!」」
突然、浜辺の方から男子の悲鳴が聞こえてきた。
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