第12話 襲撃

 悲鳴を聞きつけた僕らが急ぎ浜辺に戻ると、そこは地獄だった。あの力哉くんを殺したサルが、群れを成して押し寄せている!


「さささっ、サルうううううう!!!??」


 余りの恐怖に、僕はその場に腰を抜かしてしまった。しかも今気づいたけど、サルの中にはかなり大きい個体がいる。遠目だから細かい数値は解らないけれど、少なく見積もっても2メートル50センチくらいはある感じだ。そう、あの力哉くんより大きいのだ! しかもそいつらは力も凄まじくって、女子生徒たちを捕まえるなりオモチャの人形みたいに振り回して砂浜に叩きつけたりしている。きっとあのサル達も桃を食べてるんだろう。それが1頭どころじゃなく10頭はいる!


 こここんなの、どうしようもないじゃないかあああああ!?


「どうして!? 火があるから野生動物は浜辺にはやってこれないんじゃないの!?」

「いや。どうやら奴らは火に慣れているらしい」


 奉日本さんの呟きに、会長が歯噛みして答えた。


 ひ、火に慣れてるって……!? どうして慣れてるの……?


 疑問だった。だって、火を使う生き物は人間以外いないのに。という事は、この島にはやっぱり人間が居る?


 僕がそんな事を考えている間にも、また一人凶暴なサルの餌食にされる。僕の視線の先で、今押し倒されて首に噛みつかれたのは女子サッカー部キャプテンの真田さん。サルが食いつく度に映画の殺陣シーンみたいに血飛沫が砂上に広がる。真田さんの足がピンと伸びる。サルはトドメとばかりに真田さんの顔を殴る。彼女の整った顔が、サクランボみたいにブチュっと潰れる。齧りたての頭骨をプッと種でも吐き出すように浜辺に吐き捨てる。

 こんな風に僕が冷静に見ていられるのは、なんてことはない。視覚から送り込まれる映像が衝撃的過ぎて、現実がうまく認識できないからだ。前に力哉くんが殺されたときに冷静になった感じに似てる。目の前で起きている出来事なのに、なぜか遠くの世界で起こってる気がするんだ。全然リアル感が無くって、まるで映画でも見ているよう。たぶん強すぎるショックを認識しないようにって防衛本能が働いているんだ。それも束の間、段々と意識が鮮明になってくる。


 こっ、怖いいいいいいいいっ!?!?!!!


 案の定僕の体は、天辺からつま先まで凍りついたように固まっていた。動いているのは心臓だけ。胸の中で物凄い勢いでバクンバクン鳴ってて耳すらも痛い。呼吸もまともにできているか怪しい。


 僕もあんな風に殺される!?!!??!?


「三人はここに隠れていてくれ! 私は皆を助けに行く!!」


 すると会長が叫んだ。


 いや幾ら会長に怪力があるからって明らかにこれは無理だ!

 相手はあんなデカい巨猿で、しかも桃の力だって持ってるんだぞ!?


「冴月さん待って!! 私も行く!」


 僕が狼狽えていると、今度は奉日本さんが叫んだ。彼女は両足でしかと大地に立ち、吊り目を鋭く細めて浜辺を睨んでいる。


「ダメだ危険すぎる!」

「危険なのは冴月さんもでしょ!? だって脇腹出血してるじゃん!」


 言って、奉日本さんが会長の脇腹を視線で差した。よく見ると黒ずんでる。

 そうか、以前サルと戦った時、殴られたり引っ掻かれたりしていたもんな。涼しい顔してるから気付かなかった。会長、こんな状態なのに普通に動いてたんだ。


「最低限の止血はした。春奈先生が持っていた消毒液も振りかけてある」

「だけどそんなんじゃ任せられないよ。それに私には能力だってあるし」


 奉日本さんが言って指を弾いた。彼女の掌の上にビー玉サイズの電気の球が三つ浮かぶ。それらの球は一定の距離を保ちつつ、風圧を起こすほどの勢いで彼女の周囲を時計回りに飛び回った。音もバチバチいってるし、かなりの量の電流が流れていそうだ。これなら上手く行けばサルを追い払えるかも。


「そうか……そうだな。奉日本、来て欲しい。キミの助力があればサルを追い払えるかもしれない」

「うん! 任せて!」


 会長の言葉に、奉日本さんがグッと拳を握って応える。


「……わっ……私も……いきます……!」


 すると、あろうことか立花さんが言った。勇気ある言動とは裏腹に、震える肩を両手で押さえて今にも卒倒しそうな顔をしている。丸々とした目から大粒の涙を滲ませながら、「私も……みなさんの……お役に立ちたいんです……!」それでも彼女は言うのを止めない。


 いやいやいや!? キミなんかが助けに行ったってどうにもならないでしょ!!?


 僕ははっきり思う。


 ザコは大人しく隠れてるんだよ! それが僕たち無能に求められる全てなんだ!


「気持ちはありがたいが、アピスはここに残ってくれ。キミの能力はまだ解らない」


 案の定、立花さんは言われてしまう。立花さんは顔を伏せた。


「花蜜、アピスを守って欲しい。頼めるか?」


 会長が今度は僕を見て言う。


 え……!? マジか……!!


 正直絶対無理なんだけど、会長の頼みとあっては断れない。


「……あの、はい、がんばります……!」


 結局、僕は安請け合いしてしまった。


 まあどうせ隠れてるだけだし、なんとかなるか。いざとなったら僕だけでも逃げ出そう。


「頼む! よし、奉日本行くぞ!」

「うん! 冴月さん宜しく!」


 二人は互いを励ますように声を掛け合い、砂浜を走っていく。僕と立花さんは繁みに隠れ、そこから皆の様子を引き続き伺った。

 一人、また一人。僕の知ってる人、知らない人。みんな次々に殴られたり押し倒されたりして、腸を抉られたり手足や首を引っこ抜かれていく。サルは人間相手なのに全く怯えたり躊躇したりしてない。たぶん、以前に男子が食われたせいだろう。僕らの事を完全にエサだと認識してるんだ。会長がヤシの木を振り回して助けたり、奉日本さんがあのバチバチ言ってる球電をサルにぶつけて追い払ったりしているけど、これじゃ多勢に無勢すぎる。このままじゃ、会長たちも危ない!


 っていうか、もし会長たちまで殺されちゃったら、そもそも僕生き残れないんじゃないかな。それなら浜辺の人たちなんか見捨てて、僕ら四人だけでも逃げてればよかった。さっき引き留めておけば……!


 なんて僕が今更嘆いていると、


「ふひひっ……ひひひひっ……ヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハアッ!!!」


 隣で立花さんが笑い出した。本人も驚いているらしく、いつも閉じかけの目をまん丸にして両手で口を押さえている。


 ししししまったあああ!!? こいつストレスかかると笑い出すんだった! こっ、このままじゃ僕までサルに殺され……っ!?


 僕がそう思ったまさにその時、巨猿の一頭がこっちにやってくる事に気付いた。立花さんの笑い声に気付いたんだ! しかも完全に僕と目が合ってる!?


「ふっ……ふっひいいいいいいいいいいい!?!?!」


 四足走行でこちらへと向かってくるサルを目撃した時、僕の頭は沸騰した。もう何も考えられない。とにかくその場から立ち上がり逃げ出す。その際立花さんをサルの方へと突き飛ばしてしまったけれど、そんな事は気にしていられない!


「ひ……っ!? たたたっ! 拓也さぁん……っ!?」


 立花さんの縋るような声が後ろから聞こえてくる。


 たぶん彼女は殺される。だけど知るもんか。障害者に構ってる余裕なんて僕にはない! とにかく今は逃げる!! 生き残らなきゃ!!


 僕は浜辺をひた走った。


 運動不足で息が苦しい。柔らかい砂に足がとられて上手く走れないし、しかも熱い! 足の裏が火傷しそうだ!


 なんて思っている内に僕は、疲労から波に足を取られてバチャバチャと海面に突っ込んでしまった。慌てて後ろを振り返る。

 するとどうした事だろう。サルは何故か追ってこない。どうやら水に入りたくないみたいだ。波打ち際でジッと佇み、僕の事を見ている。


 よよよかったああああ!! きっとこのサル水が苦手なんだ!! これで助かる!!!


 そう思った時だ。


「!?!?!?」


 僕はようやく気付いた。何か三角形の帆みたいなものが海面に突き出ている事に。それも一つじゃない。三つも四つも五つもある。それらの三角形は、僕を包囲するようにして近づいていた。


 うそ……! あれってまさか……! さささっ、サメ……っ!!?


 僕はようやく自分が追い込まれた事態に気付いた。海は真っ赤だった。僕と同じように海中に逃げ込んだ女子が何人も食われていたのだ。中にはサルまで餌食になっている。


 この浅瀬はサメの狩場なんだ!!


 気付いたときにはもう遅い。僕は三方向をサメに囲まれてしまっていた。戻ろうにも後ろにはまだサルがいる。奴は僕が逃げて帰ってくるのを待ち構えているつもりだ。前門のサメに後門のサル。最早どうしようもない。このまま餌食にされるしかないのか。


 そんなのは嫌だ!! こんな所で死にたくない!!! この際先生でもいいから、誰か……!!


「……だっ、だれか助けてえええええええええ!!!!」


 僕は大声で助けを呼んだ。


「タクちゃん!!!!」


 その時誰かが僕の名前を呼んだ。

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