第10話 状況悪化

 僕たちが森から戻ると、状況は更に悪化していた。浜辺に残っていた人たちの低体温症が悪化していたのだ。


 あの綺麗な奉日本さんを始め、体調の悪い複数人の女子が浜辺の奥に人間大の穴を掘って横たわっている。聞くところによると彼女たちは裸らしい。なんでも健常な女子と抱き合うことで体を直接暖めてるそうだ。それを聞いてさっき春奈先生も助けに向かった。たぶん今頃は一緒に横たわって暖めている。想像するにすごい光景だ。先生はともかく。


 ……。

 ああ、こういう時にちょっと卑猥な妄想をしてしまう僕みたいな奴こそ真っ先に死ぬべきなのかもしれないな。結局探索でも役立たずだったし。役立たずは死ぬべきなんだ。ああ、でも生きていたい……!


「みんな、集まってくれ」


 そんな理由で僕が後ろ向きな前傾姿勢になり座り込んでいると、会長が浜辺にみんなを集めて言った。現状報告のためだ。


 状況は極めて厳しい。あの恐ろしいサルのせいで、死者及び行方不明者が新たに13人も出てしまった。13人も死傷者が出るなんて、現代の日本だったら大ニュースだ。それだけの犠牲を出したにも関わらず、結局食料も水も火を起こす材料も見つかってない。唯一持ち帰れたのは例の桃くらい。

 そうした事実を、会長は自らの口で淡々と説明していった。会長が口を開く度に、明るかったみんなの表情がどんどん暗くなっていく。


「もう嫌!! こんな島での生活耐えられない!!」


 やがて、一番前で両膝を抱えて座っていた奉日本さんが叫んだ。彼女は低体温症から回復できたみたい。紫だった唇にも瑞々しさが戻ってきている。だけどこれまでの辛い思いのせいか、かなり感情的になっていた。隣にいるデブの女友達が吃驚してる。


「なんで救助が来ないの!? サルってなに!? なんで皆死んでるの!? 私たちこれからどうなるのよ!!?」


 奉日本さんの問いに、誰も答えられない。沈黙を遮るのは規則正しい波の音と、鳥の鳴く声だけ。本来なら長閑なはずの自然音すらも傷ましく聞こえる。


「……」


 ちなみに僕なんだけど、意外と冷静だった。なぜならここには会長が居る。もしここに居るのが僕一人だったら、今すぐ岩でも抱えて海に飛び込み自殺する所だけど、会長さえ無事ならきっと生きて帰れる。

 というか会長となら無人島生活もアリだし。普通の学校生活だったら絶対僕と会長が仲良くなるとか絶対にあり得ないけれど、今みたいな酷い状況ならワンチャンあり得る。だから僕にとってこの島の状況は案外悪くない。こんな考えは不謹慎なんだけど実際そう。


 それと、やっぱりこれも不謹慎かなと思うんだけど、力哉くんたちが死んでくれて正直ホッとしてる。彼は僕をマンケン呼ばわりする連中の筆頭格だった。ぶん殴られるとかはなかったけど、僕のマンガも散々彼にイジられたんだ。


『マンケン絵うまいじゃん!!』

『いつデビューすんの!?』


 あいつの嘲る声が今も頭の中に浮かぶ。どうせ僕にはできないと思ってるんだ。だから嬉しそうな顔をして僕に訊いてくる。これに関してはさっき死んだ他の男子たちも大体そう。みんな揃って僕のマンガをバカにしてた。

 だから、さすがに死んでよかったとまでは思わないけど、それほど悲しくもない。地球の裏側で可哀想な子供が死にましたって感じ。残念だけど、しょうがない。交通事故みたいなものだ。僕にはどうしようもなかったし、誰にもどうしようもない。


 それより問題はあのサル。また襲われたらどうしよう。さっきは小さいのが一匹だったからよかったけど、集団でもし襲ってきたら? いくら会長が怪力持ってても殺されかねない。


「どうして皆を危険な所に行かせたのよ!?」


 僕がそんな風に不安に思っていると、奉日本さんが再び叫んだ。


「会長だから私、信用したのに……!」

「……全て私の責任だ。申し訳ない」


 会長が頭を下げる。皆の期待に沿えなかったという自責の念があるのか、会長の顔にははっきりと焦燥の色が映っている。しょうがないのに。


「申し訳ないって……!! そんなのってないよ!!」


 奉日本さんはやっぱり納得できないみたい。片手で顔を押さえながら海岸の方に走っていく。


「会長。俺、見てきます。恋夏れんなは大事な仲間なんで」

「頼む」


 それを見て時坂くんが言った。会長は神妙そうな声で返事をする。時坂くんは頷くと、奉日本さんを追いかけていった。その様を見て、僕は途端にイヤになる。


 まーた時坂くん。彼ってホントカッコいいなあ。まるでマンガの主人公だ。奉日本さんや会長のポイント稼いで。他の人も時坂くんの事ちやほやするんだろうな。その内会長も時坂くんに惚れちゃったりして。


 ああ、それだけは嫌だ……! 僕の居場所がなくなる。余計な事言って、逆に奉日本さんを傷つけないかな? そしたら時坂くんは嫌われるし、今度は僕が奉日本さんを慰めてあげる事もできる。そうなれば一石二鳥。奉日本さんも僕の事を見直すだろうし、会長からも褒めてもらえる。もしかしたら僕の方が二人から惚れられちゃうなんて事になるかもしれない。そしたら僕の負け犬人生も大逆転。美人でハイスペックな彼女たちを侍らせて、一緒に学校や町中を歩き回れるんだ。そしたらみんな凄い目で僕を見るぞ。僕のハッピーライフが始まるんだ。

 なんて、全部妄想だけど。

 妄想の中でぐらい、幸せになりたい。


「みんな聞いて欲しい。これからの話なんだが」


 僕が若干長くなってきた爪を弄りながらそんな事を考えていると、会長が言った。


「やるべきことは3つある。先ずは火を熾す。ヒノキがあるからこれを使う。野生動物は基本的に火を恐れるから、火を焚き続けている限りは浜辺にやってこないはずだ。これは私がやろう。20分もあればできる」


 そう言って、サルと戦った時に折れた木の棒を見せる。


 ああ、あの時の棒ってヒノキだったんだ。武器にするつもりで拾ったんじゃなくって、火を熾すための道具として拾ったのか。


「次に食糧についてだが、森が危険である事が解った。暫くは今ある携帯食でなんとか過ごしたい。よって、皆には浜辺にあるものを集めてきて貰いたいんだ。大変な状況だと思うがぜひお願いしたい。そして三つめは周囲の警戒だ。森で遭遇したサルの生態がよく解っていない。この砂浜にもやってくる可能性がある。従って、松明を作りそれを持って辺りを警戒したい。野生動物は基本的に火が苦手だから、万が一サルと遭遇した場合松明を使い撃退するのだ」

「それならどこか安全な逃げ場所を確保するというのはどうでしょう? あのサルがいない所に逃げるんです」


 言ったのは春奈先生だった。別の女子と一緒にやってくる。たぶん先生が暖めていた女子だろう。無事回復したみたい。


「それは賭けになるだろうな。今居るこの浜辺は危険とも考えられるが、少なくとも我々が遭難してからは一度もサルに遭遇していない。この事から、むやみに歩き回るよりは安全だと私は考える」

「ああ……そうですね。私もそう思います。少なくとも森を歩くよりは安全です」


 先生は頷いた。


「他に意見ある者はいるか?」


 先生以外、意見のあるものは誰もいなかった。会長は暫く待った後、皆に必要な指示を出し始める。


 ……アオォォォ……。


 その時ふと、森の方からサルの甲高い声が聞こえてきた気がした。

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