第9話 遭遇
「待て。この先に何かいる」
その時、会長が立ち止まって言った。何か、発見したみたい。よく見ると、10メートル程先にある岩場に小さなサルがしゃがんでいるのが見える。
身長は大体30センチ。子供なのかな? 全体的にほっそりしてる。体毛は黄色味がかった灰色で、頬に同じ色のひげがあった。尻尾もある。なんか動物園に居そうな感じ。その手に握られてるのは、さっき僕が齧ったのと同じ毛のない桃だった。美味しそうに種までしゃぶってる。
「おー! サルじゃん!」
「へー俺生のサルって初めて見たかも!」
「写真撮りてえ!」
「スマホの電池あればなー」
男子達がやんややんや騒ぎながら、遠くに座るサルを眺める。
「シッ。静かに」
会長が言ったけど遅い。サルはこちらに気付いたらしく、首だけをこちらに向けてジッとしていた。
「む……あのサルは、たしか……」
「カニクイザルですかね。DNAや顎関節などが人間に近いから、よく実験動物に使われる奴です。日本では人の手で持ち込まれた個体が、たしか一時期伊豆諸島に生息していたはず」
会長が思案気にしていると、時坂くんが言った。
「さすが時坂。良く知っている」
会長が手放しに褒める。
「たまたまです。でも今は住んでないはずなんですけど。伊豆諸島は勿論、小笠原にも」
「それは不思議だな」
二人が話していると、サルが立ち上がった。顔をこちらに向けたまま近寄ってくる。
「なんだあのチビ。ぶっ潰されてえのか?」
すると僕らの中から巨漢の男が一人歩み出て言った。
彼の名前は
「力哉。野生動物の力を舐めてはいけない。本気になれば人間の腕ぐらい簡単に圧し折る」
会長が注意を呼びかける。すると力哉くんは増々嬉しそうな顔をした。
「面白いっすね。俺、人間相手じゃ敵ナシなんで」
力哉くんが丸太みたいに太い腕を見せつけて笑う。
「たしかサルって喰えるんすよね? 今日の晩飯にしてやろ」
「待て、力哉」
力哉くんはどんどんサルに近づいていく。会長の制止も聞かない。
一方サルは動かない。特に警戒したような素振りさえ見せなかった。
どうしてだろう。野生動物は特に警戒心が強いはずなのに。まるでエサが近寄って来るのを待っているみたいに見える。
やがて力哉くんの手がサルの顔面に触れようとした瞬間。
ガシャッ!
突然力哉くんが居なくなった。
いや、居なくなったんじゃない。力哉くんの体が2メートル近くも持ち上がって、近くの岩に叩きつけられたんだ。やったのは勿論サル。サルがあの細っちょろい腕で力哉くんの丸太腕を掴み返し、そのまま彼の体を持ち上げて叩きつけたのだ。まるでぬいぐるみか何かみたいに。その一撃で、力哉くんの頭はまるで潰れたトマトみたいになってしまった。サルは何食わぬ顔で粉砕した力哉くんの頭を胴体から引きちぎると、それを僕らの方に向かって投げつけてくる。
ふっひっ……!?
ふひいいいいいいいいいいッ!?!?!?
余りにも突然の出来事だったから、一瞬冷静になっていた僕なんだけれど、目の前に飛んできた血だらけの生首を見た途端腰が抜けてしまった。全身ガタガタ震えて逃げる事すらできない!
「「「うっ……うわああああああ!!!!???」」」
「きゃっ!?」
僕の周りに居た男子たちも同じように硬直し、数秒経った後に逃げ出す。その時春奈先生が、逃げようとした男子に突き飛ばされてしまった。
「先生! 俺の後ろへ!」
時坂くんが先生の前に立ちはだかって叫んだ。サルはそんな二人の様を凝視したのち、
「ホァアッ! ホァアアッ!」
くるりと振り返って、僕を見ながら唸り始めた。きっとこの中で一番弱そうだからだろう。力哉くんの血で真っ赤に染まった長細い腕を地面に突いて、四足歩行で歩み寄ってくる。
ししッ……!! しぬ……ッ!? しんじゃう……ッ!!?? 誰か助けてええええええええ!!!!!
ザッ!
僕が声にならない叫びを上げていると、会長が僕の前に立ちはだかってくれた。その手に握られているのは太い木の枝。60センチぐらいの長さがあるそれを、会長は剣道の竹刀のようにして構えている。
そうだ、会長は全国一の剣道女子高生!
きっとサルも倒してくれる!!
「ハアアアアアアッ!」
その踏み込みは電光石火。瞬き一つする間に、2メートル以上あるサルとの距離を一挙に詰める。サルは俊敏な動作で躱そうとするけど、棒の先端はピシャリ、サルの眉間を逃さず打った。その威力と衝撃はまさに雷光。きっと剣道の達人だって、会長と同じ面は打てないだろう。そう思えるくらい凄まじい打ち込みだった。だけど。
「シャアアッ!!」
「くっ!?」
サルは怯みもしない。むしろこれ幸いにと会長の無防備な肩を掴んで、空高く持ち上げてしまった。
だっ、ダメだ!! あんな棒切れじゃ効かないんだ!!
かっ、会長が死んじゃううううう!!!!
僕は思った。目の前で起こるだろう惨劇への恐怖から、咄嗟に両手で目の前を覆う。
会長が死ぬところなんて見たくない!!
「……!!」
だけど、いつまで経っても会長の悲鳴は聞こえてこなかった。さっき力哉くんの時に聞こえた壊滅的な破砕音も一切しない。聞こえてきたのはむしろ、
「ギイッ……! ギュイイイ……ッ!!」
サルの苦しそうな声だった。恐る恐る目を開けると、あろうことか会長がサルを地面に押さえつけている。会長が今極めてるのは、柔道でいう横四方固めって技だ。相手の股の間と首の後ろに腕を回して相手の動作を封じるって技で、僕も選択授業の柔道でついこの間習ったばかりなんだけれど、すごい! あの力哉くんでさえ敵わなかった相手を完璧にねじ伏せてしまっている!
「花蜜! 今のうちに止めを!!」
僕が呆然としていると、会長が叫んだ。
「とっ……とどめって……!?!?」
「私のポケットに携帯用のナイフが入っている! それでこいつの首を突き刺せ!」
「……!」
つっ……突き刺せって……!? それって、僕にサルを殺せってこと……!?
いっ、いいいいいやですよ!! 生き物なんか殺したくないいいいい!!
「はっ、早くしてくれっ……! もう持たん……っ!」
僕がそんな風にパニクっている間にも、サルは死に物狂いで暴れていた。キイキイと喚きながら、覆いかぶさっている会長の体を撥ね飛ばそうとする。それだけじゃなく、会長の脇腹を殴ったり爪を立てて引っ掻いたりしていた。自分が殺されるのが解っているから必死なんだ。
「俺がやります!」
僕がパニックになっていると、誰かが叫んだ。
それは時坂くんだった。彼は会長の傍に走り寄ると、ポケットからナイフを取り出した。そしてサルの首筋に刃を当て、その背に自分の膝を置くと全体重をかけて押し込んだ。大きなカボチャでも切る時のような要領でザクン、といく。
「……~~~~ッ!!!!!」
声にならない悲鳴が聞こえた。そうなってから30秒くらい経っただろうか。会長が両腕を離した。制服の胸元が大量の返り血で赤く染まっている。サルはビクンビクンと手足の指先を頻繁に震わせていた。
どうやら……死んだみたい……!?
「……ハアッ……ハアッ……!!」
時坂くんは、荒く息を吐きながら自分の右手とナイフを見つめていた。生物を殺した事にショックを受けてるのか。生き残れたんだからそんなのどうでもいい。それより僕だけど、僕も呆然として何も考えられなかった。正確には、難しい事は考えたくないって感じ。とにかく助かった。今はそれだけを感じていたい。
「ハアッハアッハアッ……はあ……っ!」
会長も両手を後ろに突くと、空を仰いでそのまま寝っ転がった。よほど筋力を使ったのだろう。全身で呼吸をしている。上半身が浮き沈みするほどだった。顔も赤い。
「冴月さん! 大丈夫ですか!?」
春奈先生が走り寄る。先生は白いハンカチを取り出すと、会長の服に付着した血を拭った。
「会長、さすがですね。あのサルを抑えるなんて」
「はっ……それについてなんだが……どうもおかしい……!」
時坂くんの言葉に、会長が息を吐きながら返事をした。会長は血で真っ赤に染まった自分の握り拳を見つめている。
「私は、力哉よりも非力だった……あんな化け物染みた力を持つサルを押さえられるはずがない。だが、今は力が漲っている。今ならそこの木だって簡単に引っこ抜けそうだ」
会長はさも不思議そうに、血塗れになった己の指先を見つめながら言った。傍らにはあの桃の木がある。
「……いったい、どういう事なんでしょう……!?」
春奈先生が言った。時坂くんも思案気に首を傾げている。
「この島はおかしい……! いったん浜辺に戻ろう。逃げた男子たちが心配だ」
会長はそう言うと、殺された力哉くんの頭に手を合わせ、砕けた顔面に土を掛けた。
その帰り道、僕らはもっと壮絶なものを発見してしまう。逃亡した男子たち、総勢12名の死体。みんな腹を食い破られており、腕や足など体の一部が欠損していた。野生動物に襲われたことは一目瞭然だった。その惨状を目にした時、会長は悔しそうに歯噛みしていた。
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