第8話 神々の果実Ⅱ
「大丈夫。毒かどうか調べるいい方法がある」
僕が一人血相変えて慌てていると、会長が言った。
「どうするんです?」
聞いているのは春奈先生。先生も実を一つ持っている。
「『可食テスト』を行う。これは自衛隊でも実際に使われている手法だ」
会長はまず全体を見て、匂いを嗅ぐ。
「まず見た目と匂いの確認だ。腐ってないし、アーモンド系の臭いもしないな」
呟きながら、会長は二本の指で果肉を摘み、それを手の甲に塗る。5分ほど待って、今度は同じ量の果肉を唇に塗り付けた。再び5分待つ。僕はドキドキしながら会長の様子を見守っていた。
更に会長は同じ量を、今度は舌に塗り付けた。また5分待って、最後は果肉を齧った。量は小指の先ぐらい。それを50回くらいは咀嚼しただろうか。殆ど果汁だけになっただろう実をコクンと飲み込む。
「フム……苦みも無ければ石鹸のような味もしない。加えて果汁も濁っている訳ではなかった。肌にも影響がない所を見ると、この実は食べられる可能性がある。だが、みんなはまだ食べないでくれ。このまま24時間様子を見よう。私に下痢や発熱などの症状が起きなければ食べてもいい。その場合も無論一口ずつだが」
言いながら、会長は枝に生っていた残りの桃を全て捥ぎった。僕もちょっとだけだけど安心する。
よかった……! 死にはしないみたい……!
「しかし野生種にしては甘すぎるな。やはりこれは人間が持ち込んだものなのか……拓也。すまないがこの実を預かっていてくれるか?」
会長が言って僕に桃を手渡してきた。僕はもちろんハイと頷いて、背負っていたリュックに桃を突っ込んだ。
僕らは鬱蒼と茂った森の中を進んでいた。
さっき桃を齧ってから、既に小一時間が経過している。未だにお腹が痛くなったりしない辺り、たぶん大丈夫なんだろうと思う。そう思いたい。
それよりも汗がすごい。だんだん森の中が蒸し暑くなってきたんだ。むわっと来る湿気が闇の地面から立ちのぼってくる。元々汗かきな僕は、既にシャツの大部分を濡らしてしまっていた。
そして、問題はそれだけではなかった。
あれ……? なんか肌がベタついてる……?
汗を手の甲で拭った時、僕は気付いた。まるで蜜でも塗ったみたいに肌がベタついてるのだ。日焼け止めクリームでも塗ったみたいにシャツが肌に張り付く。それになんだか甘い匂いもした。不思議に思った僕は、汗の滲む手の甲を見る。
試しにペロっと舐めてみた。さっきの可食テストの要領だ。何か解るかもしれない。すると僕は驚いた。汗は甘かったのだ。さっきの桃と同じくらいに。
あ、甘い……!? 嘘でしょ……!? 僕の体どうなっちゃったの……!?
僕は物凄い不安になってきた。
どうしよう。ここに来て急に糖尿病とかになっちゃったのかもしれない。びょ、病院とかないぞ……!?
「花蜜くんどうかしたの? 顔色悪いけれど」
僕がそんな風に内心慌てていると、春奈先生が話しかけてきた。いやに心配そうなのが余計にムカつく。僕の味方じゃないくせに。
「いっ、いえべつに……!」
僕はそれだけ答えると、ペコリと頭を下げて視線を足元に向けた。
相談するならこの人じゃなく会長だ。単に先生が信用できないってのもあるけど、もし万が一糖尿病だった場合、それが周りの連中にバレるのはかなりマズい。だって、ただでさえ僕は足手まといなんだ。そんな僕がもし大病を患っていると知られたら、周りの連中はどうする? きっと僕を追い出すだろう。役立たずな僕なんか誰も助けてくれない。まして僕らはサバイバルをしているんだ。他人をかばう余裕なんて無いし、仮にあったとしてもこれからどんどん無くなる。したがって、先生に体調不良がバレる事態は最も避けるべきだ。だけど、会長ならその辺りも含めてなんらかの便宜を図ってくれるだろう。少なくとも僕を見捨てはしない。
そう思って、僕は歩みを早めた。先頭を行く会長に追いつこうとする。
「待て。この先に何かいる」
その時、会長が立ち止まって言った。
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