第7話 神々の果実
10分後。
「では行ってくる」
探索班の先頭に立つ会長が言った。
みんなのやる事は決まっている。砂浜に残る50名くらいの生徒(主に女子だ)は、海岸沿いに散らばって使えそうな漂流物を探すのと同時に、近くを船や飛行機が通らないかを確認する。寒気が酷い人は砂浜に穴を掘り、厚着をして体を横たえている。奉日本さんとかがそう。
一方僕たち探索班は総勢17名。冴月会長を先頭に、その後ろを時坂くんや体力自慢の男子たちが続き、最後尾を僕と春奈先生が行く。
森の中って歩きづらい。舗装されているわけじゃないから、普通に低木とか繁みの合間を縫って歩くんだけど、木の枝とかに服が引っかかるし、革靴も底が浅いから足の裏が痛い。
それに辺りは真っ暗。満月に近い月が照らしてくれてるから、まったく歩けないってほどじゃないんだけど、だからと言って歩きやすい訳でもない。会長は時折立ち止まって、後ろの僕たちが追い付くのを待ってくれる。そうする間にも会長は拾った石で木に矢印を付けていた。道に迷わないためらしい。本当に頼りになる。
「待ってくれ。どうもおかしい」
やがて会長が呟いた。琥珀色の瞳をまるでフクロウのように光らせて辺りを警戒している。
「どうしたんです?」
時坂くんが尋ねる。
「今思い出したんだが、鳥島には森がないんだ」
「森が無い?」
「ああ。正確には鳥島に生えているのはマツやリュウゼツランといった木なんだが、見てくれ」
言って、会長が今矢印を付けた木を見上げる。緑色の葉っぱの生い茂る先に、血のように赤い色をした果実が幾つか生っている。
あの実……なんだろう? 桃かな。それにしては小さめだし、熟してないのかも。それにしては色が赤いけど。
「これはネクタリンですかね? 毛のない種類の桃で、語源はたしかギリシャ語で『不死』の意味だったような」
僕が疑問に思っていると、時坂くんが言った。
「そうだ。神々の果実なんて言われることもあるな。だが重要なのはそこではない。ネクタリンは鳥島はもちろん小笠原諸島にもない植物なんだ」
「この島にはないはずの植物……? するとこの木は誰かがこの島に持ち込んだって事ですか?」
「いや、その可能性は少ないだろう。そんな事をすれば東京都が黙ってない。ただでさえ小笠原は外来種によって自然が脅かされているからな。父島の二の舞になりかねん」
ああ、たしか父島はグリーンアノール……緑色のトカゲみたいな奴……が侵入して、それで生態系が破壊されつつあるって修学旅行のしおりで読んだな。
「という事は、この島は少なくとも鳥島ではない。それどころか小笠原諸島でない可能性すらあると……?」
「そうだ」
会長が思案気に頷く。
「……僕らは一体どこに居るんだ……?」
時坂くんも首を傾げる。そんな風にみんなが思案気にしている一方で僕は、
……桃ってたしか、皮のままでも食べられたっけ……。
お腹が空いていた。謎よりも正直そっちの方が気がかり。だって僕らには会長がいるし。任せておけば無事に帰れる。それよりも会長が持ってる桃が実に美味しそう。
今僕は物凄くお腹が空いてる。昨日から何も食べてないし、野外って環境のせいかストレスも溜まってるんだ。甘いものが無性に食べたくって仕方ない。
そう思って僕が辺りを見回すと、僕の傍の木にも同じ実が一つ生っていた。桃はやや小ぶりで大福餅くらいの大きさだった。だけどちゃんと赤くて熟してる。僕は早速それを捥ぎり齧ってみた。
うっ……うまい……っ!!?
桃は本当に美味しかった。一口齧った瞬間、果汁の甘味がジュワッと口の中いっぱいに広がって、胃からくる暖かさが全身へと膨らんだ。カッと全身が熱くなり、目が自然と開く。
美味しい……! 生きてるって実感がする……!! ああ……! 果物って、お腹空いてるとこんなに美味しいんだな……!! 普段チョコとかポテチばっか食べてたから知らなかった……普通にチョコも食べたいけど……!
「ネクタリンなら食べられますかね?」
時坂くんが言った。みんな僕がこっそり齧ってる事に気付いてない。
「それはまだ解らないな。見た目が似ているからと言って、これが本当にネクタリンかどうか解らないし、最悪毒の可能性もある」
「どくぅんっ!!?」
毒と聞いて僕は、思わず実を吐き出した。慌てて口の中の果肉もペッペと吐き出したけれど、もちろん遅い。大部分は既に飲み込んでしまっている。
どぅどどどどぅっ、毒ぅってえええええッ!? 僕もう食べちゃったんですけどおおおおおおッ!!!? どどどどどうしよう……っ!! ぼぼ僕っ、死ぬ……っ!? 死んじゃう……っ!?
「大丈夫。毒かどうか調べるいい方法がある」
僕が一人血相変えて慌てていると、会長が言った。
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