第6話 孤島
2時間後。僕は見知らぬ島の砂浜に居た。
どうやら気を失っていた僕を冴月会長が抱えたまま泳いでくれたらしい。火傷した手足やほっぺたがヒリヒリ痛むのと、全身びしょ濡れで凍えそうな事以外は無事だ。本当に会長には感謝しかない。
一方、砂浜には他の生徒達も居た。みんな僕と同様浜辺に座り込んで、ボソボソ呟いたりシクシク泣いたりしてる。
それも無理はない。この修学旅行には114名の生徒が参加してたんだけど、あの火災で30人近くが行方不明になった。いちおう行方不明って事になってるけど、たぶん死んだと思う。現に僕が目覚める前、海岸に何人分かの千切れた指とか足入りの靴が流れ着いていたそうだ。多分溺れてサメとかの餌食になったんだろう。その光景を頭に思い描いただけでゾッとする。死ななくて本当に良かった。
「とにかくみんなが無事でよかった」
僕が寒さに震えながらそんな事を考えていると、会長が言った。会長は脱出の時と同じシャツにスカート姿。ブレザーは脱いで乾かしてるから、かなり胸元がセクシーな事になっちゃってる。正直ちょっと目に悪い。
「そうですね。あれだけの火災でこれだけの人数が助かったのは奇跡だと思います」
会長のすぐ隣に立ってる時坂くんが言った。彼はこんな事態に陥っているのに冷静だ。ちなみに彼も溺れかけた人を幾人も助けたらしい。そのうちの一人は奉日本さんで、彼女は大声で喚き散らしながら、時坂くんに縋りついて感謝してた。だからか知らないけれど、いつの間にか彼がみんなの副リーダーみたいな感じだ。会長と肩を並べている彼が羨ましい。
「船は沈んじゃいましたけど、あんなに煙上がってましたし、救助もそのうち来そうですね」
「いや、そうとは限らない」
時坂くんの希望的な意見を、会長が険しい顔で否定した。
「出航してからの時間から判断するに、我々が今居るこの島は恐らく『鳥島』だと思われる。鳥島は海上保安庁が定める1時間出動の圏内だ。既にヘリコプターぐらい飛んでいてもおかしくない」
「それぐらいのタイムラグはあるんじゃないですか? 突発的な事故だったし、東京からもかなり離れてますよね?」
「日本の海上保安庁は世界にも誇れる優秀な組織だ。通報があり次第即座に出動する。それがまだ到着していないという事は恐らく通報がされていないのだろう」
「通報されていない……? 船が沈没してるのに、通報されてないっておかしくないですか?」
会長の話に、再度時坂くんが尋ねる。
それに関しては僕も思った。スマホとかは電波が届かないせいで使えなかったけれど、船には無線があるだろうし、当然船員さんが連絡してくれてると思うんだけど。
そう思って僕は周りを見回した。
そういえば船員さんが居ない。砂浜に居るのは学校の生徒ばかりだ。他の人たちはどこに行ったのだろう?
「これについてはまだ正確に事態を把握しているわけではないのだが……実は通報できる人がいなかった可能性がある。私が探した限り、あの船には我々以外乗っていなかった」
「は?」
会長の言葉に、その場に居た全員が唖然とする。僕も当然その一人。
いや、誰も乗っていなかったってそんなわけないでしょ。だって出航した時には、船員はもちろん付き添いの先生もいたし、個人旅行の客だっていたはずなんだけど、それが全員いなくなるってどういう事? おかしいじゃないか。
「本当ですか?」
「ああ。少なくとも私がブリッジや先生たちの待機している個室を覗いた限りはそうだ。生徒以外で居たのは竹田先生だけだ」
時坂くんが尋ねると、会長はそう言って視線で春奈先生を指した。先生は渚に立ち、ワイシャツに溜まった水分を絞っている。
なんだ、先生も生き残ってたのか。
「はい、間違いありません。先生も一緒に探しましたから。いつの間にか私以外いなくなってたんです」
先生が波打ち際から戻ってきて言った。
「どういうことだよ!?」
「え、俺たちどうなんの……!?」
途端にみんなが怯え出す。かくいう僕も不安で仕方無かった。あの船の火災事故は、誰かが起こしたものだったんだろうか。まさかここに居る誰かが? そんな風にも思う。
「ふむ。どうして船に誰も居なかったのか、あの振動と火災はなんだったのか……謎は多いですね」
時坂くんが顎に手を当てて言った。
「そうだな。だが現時点では考えても無駄だろう。余りにも情報が少なすぎる。それより優先すべきは我々の生存だ。先にも述べた理由から救助がすぐに来るかどうか解らない。万が一に備えここで長期滞在できる準備をしておきたい」
「ちょ、長期滞在って……!」
「ひょっとして、この島でサバイバルするってこと!?」
「まままマジかよおおお!?」
「俺、食べるもんとか持ってねえぞ!? 逃げるときに置いてきちまった!!」
「あたしもよ!」
「寝る所だってどうすんだよ!?」
「わたし虫とか苦手なんだけど!!」
会長の話を聞いて、みんな一斉に騒ぎ始める。これからサバイバルすると聞いて不安になったみたい。
「皆、安心して欲しい。当座の備えはある」
すると、会長はそう言って砂浜の一角を指差した。そこにはリュックサックの他、ペットボトルやら缶詰やらお菓子が山のように積まれている。
全部濡れてるところを見ると、たぶん海面に浮かんでたのを会長が集めたんだろう。人を助けながら必要な物資まで集めるなんて、さすが会長。頼りになる。
「大半は時坂が集めてくれたものだ。みんな彼に感謝して欲しい」
なんて思っていると、また時坂くん。
あいつ何でもできるよな。
「さすが時坂!」
「時坂くん……ありがとう……!」
みんなから拍手を送られて褒め讃えられる。
「でも、これだけじゃ心もとないですね」
時坂くんが言った。
「ああ。食料は明日にもなくなるだろうし、夜の海に浸かったから皆体温が低下している。このままでは低体温症を起こす危険もあるだろう。したがって私はこれからあの森に入り、火を起こすための道具や食料、水などを確保してくるつもりだ」
会長が淡々と語る。
よかった。会長が探索に行ってくれるらしい。会長はすごい人だし、きっと食糧や水を見つけてきてくれるに違いない。これで助かるぞ。
「先生は反対です」
そんな風に僕が安堵しかけていると、春奈先生が片手を上げて言った。彼女はいつにない真剣な面持ちで会長を見返している。
「しかし、一部の者が低体温症を起こしかけている。このままでは体力が低下して危険だ」
「でも」
「救助が遅れれば最悪の事態も考えられる。ここで重要なのは、我々が現在遭難している可能性が高いという事だ。救助がいつ来るか解らない。今日中に来るのか明日来るのかそれともそれ以降になるのか。であれば、我々は今すぐ行動せざるを得ない。何故なら遭難した今が最も体力的に余裕があるタイミングだからだ。体力が落ちれば理性もなくなる。理性がなくなれば、無事に帰れる可能性はどんどん低くなるだろう。だから今のうちに難しい判断を下しておきたいし、できる事もしておきたい。もちろん探索は危険だが、今行うのが後で行うよりも遥かに安全だ。体力を失ってからでは危うい」
会長が続けて言った。
会長の仰る通り。食糧はあるに越した事はないし、みんなガタガタ震えてる。奉日本さんとか、まるでプールの授業した後みたいに唇が紫だった。一刻も早く暖めないとヤバイでしょ。せっかく会長が色々取りに行ってきてくれるっていうんだから、ザコの先生は大人しく待ってろよ。
僕はそう思って先生をこっそり睨みつけた。
「確かにそうですね。冴月さんの言う通りだと思います。ですから冴月さんだけに行かせるわけにはいきませんと、そういう意味で先生は言ったんです。行くのなら私も行きます」
先生が立ち上がり、お尻についた砂をパッパと払いながら言った。
それを聞いて僕は一瞬笑いかける。
いやいやいや。明らかに先生がこの中で一番体力ないじゃん。そんな奴について来られても会長迷惑なんじゃ……?
「ありがたい。先生も来てくれればと思っていた所だ」
僕がそんな風に思っていると、会長が言った。互いに歩み寄って固い握手を交わす。
「宜しくお願いします」
なんだか頼れる相棒みたいな感じ。そんな二人の姿を見て、僕は次第に不安になってくる。
どうしよう。会長は先生を信頼しているように見える。このままじゃ僕なんか捨てられてしまうかもしれない。先生から悪い事を吹き込まれるかもしれないし。なんとか使えるところをアピールしないと。でもどうしたら? 僕も探索に着いて行くとか? そんなのムリ。
「花蜜は来られるか?」
僕がそんな風に内心焦っていると、会長が僕に尋ねてきた。
「え……?」
僕は戸惑う。
まただ。船が沈没した時、僕がバスケ部の連中に部屋に居るように言えなかった。今回だってきっとそう。きっと僕は逃げ出す。それに正直着いていっても会長の役に立てるとは思えない。どうせみんなの足手まといになるんだから、浜辺に残っていた方がいいに決まっているんだ。できる事なら行きたくない。
「……」
だけど行けないとも言えなかった。せっかく会長が期待を掛けてくれているのだ。それに応えないのは失礼だ。それに先生も居るし。
どうしよう……! このままだと僕の立場が一層マズいものになる……!
「タクちゃん。聞いてるんだから答えてくれないと」
僕がそんな理由で押し黙っていると、時坂くんが僕に尋ねてくる。
なんなんだこいつ。
だから今考えてるだろ!
いい加減にしてよ!
時坂くんから急に急かされて、僕は腹を立てる。
「…………わっ、解りました。僕も行きます……!」
結局僕は行く事にした。
どうせ死ぬなら会長の傍がいい。
「先生は反対です。花蜜くんは探索に余り向いてないと思います」
そう思ったのも束の間、また先生が反対した。その暴言にも思える言葉に僕は怒りを通り越して呆れてしまう。
僕が勇気を振り絞って参加表明したのに、そんな事まで否定するのか。教師なのになんでこの人は生徒の意志を尊重できないんだろうな?
「私はそうは思わない。彼はそれなりに冷静だし、体力もある。探索班としては妥当だ。人手も欲しい」
そんな風に僕が内心呆れていると、会長が真顔でフォローしてくれた。
嬉しい。やっぱり会長だけは僕の事を解ってくれている。全て解った上で、僕の事を信頼してくれているんだ。それだけで神様に選ばれたみたいな気持ちになる。
「ですが……!」
「元より危険と判断すれば引き返すつもりだ。先生が居ればその判断もしやすいと思うが」
「……わかりました」
思った事をなんの躊躇もなく言語化できる会長の言葉にさすがの先生も頷かざるを得ない。かと思うと、先生は急に僕の傍に寄ってきて、
「花蜜くん。先生の傍を離れないようにね?」
僕だけに囁きかけるように言った。その意外過ぎる言葉に僕は唖然とする。
は? なんでこの人急に僕のこと心配してんの?
解らなかった。いつも僕のやる事を否定してきたはずの先生が、ここに来て急に優しい事を言う。それで最初は戸惑っていたんだけど、すぐに理由を思いついた。きっと僕を子ども扱いしてるんだ。可哀想だから助けてやろうって、そういうことなんだろう。それって一見優しいようにも見えるけど、いわゆる逆差別。仮にも教師のクセになんて酷い人なんだろう。こんな奴生き残らなくてよかったのに。
僕は思う。
世の中ってホント不公平。
「よし。これより探索に向かう」
やがて会長が真っ暗な森の奥を見据えて言った。
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