第3話 異変

 船底から響くようなドンッ! という衝撃音と共に、急な横揺れが僕らを襲った。僕は揺れに耐えられず、自動販売機の取り出し口付近に強く背中を打ち付けてしまう。

 その後も尻を持ち上げるような微細な揺れが数秒間続いた。まるで巨大な船体同士がぶつかり合っているような音だ。やがてそれが収まると、辺りは急に静かになる。


「……い……いまの、は……?」


 自動販売機にしがみ付いたまま、僕は会長に尋ねた。会長は黙ったまま周囲に視線を配り、冷静に状況を伺っている。

 辺りは静まり返っていた。廊下の奥の大部屋から、生徒たちの騒ぐ声が聞こえるだけだ。


「妙だ。船長からのアナウンスが無い」


 30秒ほど経って、会長が呟く。

 会長の緊迫した様子を受けて、僕の中で次第に不安が高まる。


「だ、大丈夫ってことなんじゃないでしょうか……? ちょっと揺れただけですし……!」

「いや、普通はアナウンスくらい入る。ちなみに短音五回の汽笛は衝突回避のための警告音だ」

「し、衝突回避……?!」


 それってつまり事故って事なんじゃないの……!?

 事故って事は、つまり……!

 ……え……僕たち、どうなっちゃうの……!?


 衝突という単語を聞かされ、僕は慌てふためいた。危険が身近に迫っているような気がしたから。


「船内の状況を確認したい。花蜜くん、体調はもう平気か?」


 そんな僕の顔色を見ながら、会長が尋ねてくる。


「は、はい……!」


 体調だけならとっくに回復していたので、僕はそう答える。


「よかった。では私は船首に向かう。キミはアピスを部屋まで連れて行ってくれ。それと、もし可能ならいつでも動けるように場を整えておいて欲しいのだが」


 すると、会長が頼みごとをしてきた。

 僕は再度戸惑う。なぜなら出来そうもない事を頼まれてしまったからだ。頭の中が真っ白でまともに思考できなくなる。


「ばっ、場を整えるって……?」

「ああ。私が戻るまで待機するようにと皆に説明して欲しい。頼めるか?」

「あ……えと……は、はい……!」


 僕は頷いてしまう。自分が何をするかなんて考えている余裕はなかったけど、会長の頼みを断れるはずが無い。会長にだけには嫌われたくなかったから。


「頼りにしている」


 会長はそれだけ言うと颯爽と廊下を走っていった。

 後には僕と立花さんだけが残される。


「「……」」


 二人きりになると、途端に気まずい時間が流れる。

 立花さんを部屋まで連れていけと言われたけれど、一体どうしたらいいんだろう。

 解らない。


「…………あっあっ、あのっ……この船……大丈夫、なので、でしょうか……?」


 暫く黙っていると、立花さんが吃音雑じりに言った。見れば、まるで生まれたての小鹿のように体を震わせて僕を見上げている。

 その縋るような目つきが怖い。障害者に取るべき対応とか全く解らないし、そもそも僕は若い女の子が苦手だ。年寄りとか年配の人とかなら普通に接する事もできるんだけど、立花さんみたいな同級生の女の子とはまともに会話できない。


「そっ、そそそっ、そんなの僕にもわからないですよ……!」

「そっ、そっそっ、そうですよね!?……すっ……すいません!」


 そんな理由から僕が何度も頭を下げながら返事をすると、立花さんも申し訳なさそうに何度も頭を下げて言った。


「ああ……また、私のせいで……!」


 彼女はブツブツ言っている。

 ああ。傍から見れば彼女は保護対象なんだろう。僕は健常者だから、彼女を守ってやらなくてはならない。世間じゃそういうのは逆差別だなんて言われているけれど、現実って結局そうだ。世間的に障害者だって認定された人は僕のような健常者が守ってやらなければならない。

 でも僕は何もできない。僕は障害者以下の人間なんだ。頭も悪ければ運動神経も無いし、死ぬほど頑張ってるマンガでさえパッとしない。見た目も中身も全て論外。そんな最低スペックの僕がたまたま五体満足に生まれたからって、自分を守れるだなんて思わないで欲しい。むしろ僕を助けてくれないかな。だって立花さんは障害さえ除けば普通に可愛いんだし、生徒会書記だってやれているんだから、きっと僕よりハイスペックなはずだ。普通に僕の面倒を見て欲しいよ。助けて。


 僕がそんな事を考えながら、細めた目の端っこでまたヒクヒク笑いかけている立花さんを睨みつけていると、


「今の揺れヤバクね!?」

「この船どうなんの!?」


 通路の向こうから男子の一団がやってきた。

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