第2話 【3分で読める2191文字】
朝食も口にせず、髪を三つ編みにして、彼女はキラキラと光るTシャツに袖を通して大通りに向かいます。
単なる夢というにはあまりにもタチの悪いその光景がまだ少女の頭に張り付いて離れませんでした。
あれはきっと夢ではない、と彼女は半ば確信していたのです。
最初に訪れたのは『アヂーン』という小さなデリでした。
少女はデリに何度も来たことがあり、チョコ、バニラ、ストロベリーとすべてのフレーバーを味わった事があります。
なかでも少し硬めのワッフルコーンに乗せられた『バターピーカン』のアイスは飛ぶように売れていたのを彼女は覚えていました。
少女は一店目のデリで店員が手にしているのは『バターピーカン』と予想しました。
少し高い位置にある窓から店内を覗くためにつま先立ちになり、三つ編みにした茶髪を背中で揺らしながら窓越しに店内をジッと見つめます。
店主のおじいさんが手に持っていたのは…… バニラでした。
「あぁ…… ハズしちゃったぁ」
そういえばこの店のおじいさんは客が来ない時に好物のバニラアイスをペロペロと舐めていた事を少女は思い出します。
「そうか。店主の癖もちゃんと頭に入れとかなくっちゃ」
彼女に落ち込んでいる暇はありません。
次に訪れたのは『ツヴァイ』というカジュアルレストランでした。
少女はこのレストランにも何度も来たことがあり、チェリー、チョコチップ、ロッキーロードとこれまた全てのフレーバーを味わった事がありました。
なかでもウエハースコーンに乗せられた『爽やかレモン』のフレーバーは大人気で、注文する人も多かった事を彼女はしっかり覚えていました。
少女は二店目のレストランでウェイターが手にしているのは『爽やかレモン』と予想しました。
少し高い位置にある窓から店内を覗くためにつま先立ちになり、三つ編みにした茶髪を背中で揺らしながら窓越しに店内をジッと見つめます。
店員のハンサムな男性スタッフが手に持っていたのは…… クッキー&クリームでした。
「えっ? あんなの置いてたのッ? 新メニューなのかなぁ? …………食べたいッ!」
彼女に落ち込んでいる暇も食い意地を張っている時間もありません。
最後に訪れたのは『トリア』というカフェでした。
少女はこの店にはあまり来たことがなく、チョコ、バニラ、ストロベリー、コーヒー、ロッキロード、ミントチョコチップ、ピーナッツバター、ピスタチオ……etc とにかく種類が豊富な店という事だけは知っていました。
正直、何の予想も立ちません。このカフェは前を通るたびにメニューが増えているからです。
「…………よし! この店は――」
少女は最後の予想を立てました。
そして、少し高い位置にある窓から店内を覗くためにつま先立ちになり、三つ編みにした茶髪を背中で揺らしながら窓越しに店内をジッと見つめます。
綺麗な青髪の女性店員が手に持っていたのは……。
「ウフフフ。ペルゥ、どうしたの?」
「はぇッ? あぁ、コレーグお姉ちゃん」
「アハハハ! そんなに一生懸命に覗き込まれちゃ仕事に集中できないよぉ」
綺麗な青髪の女性店員が少女に気づき、店の扉から出てきて声をかけてきました。
以前来た時に少女と青髪の女性は仲良くなっていました。
彼女は店内にいる店主の男性を一度見ると「コレあげる。内緒だよ」と小さな紙カップに少しだけ盛られたバニラアイスを寄越してくれました。
「くれるのッ? やったぁ!」
少女は嬉しくなってその場でアイスを口にしました。
口の中で冷たく溶けて甘さがゆっくり広がっていくのがわかります。
「ンフフフフ! おいしいぃ~」
「そう? よかったわ」と女性店員が笑ってそう口にします。
そして。
少女はなぜ自分が大通りに来ていたのか忘れてしまっていました。
さっきまで覚えていたはずなのに…… どうしてでしょうか?
何か大切なことだったような気がしますが、今となってはどうでもいいように感じられます。
夏祭り、海、おいしい食べ物、花火。
たくさんの楽しい思い出に過去を振り返る暇すらないこの季節が少女は大好きでした。
そして、なによりアイスが食べられます。
チョコレート、バニラ、ストロベリー、ミント、ファッジがけバニラ、プラリネ……。
アイスクリームのためならどんな事でもする自信が彼女にはありました。
ならばきっとココにいる理由もアイスのためなのでしょう。
少女はそう納得して考えることをやめました。
すると、店内から先ほどまで少女を見て微笑んでいた亜人の女性が近づいてき、「あなた可愛らしいわね。お名前は?」と尋ねてきました。
なんだか新しい出会いに少女は嬉しくなってしまいました。
少女は朗らかに笑いながら答えます。
「私の名前はね―― ペルデンテっていうの。よろしくね」
少女はその夜、「また新しいお友達ができたのよ」と母と父にそう告げました。
両親は「それは素敵なことだね、私たちのお姫様」と彼女の頭を優しく撫でます。
そうして少女はいつものように就寝前の読書を終え、本を閉じると、母と父に「おやすみ」と伝えて、二階にある自分の部屋に向かいました。扉を閉めて、明かりを消し、布団の奥に潜りこみます。
部屋の隅にはスパンコールの散りばめられたTシャツが昨晩と同じように綺麗に折り畳まれて置かれています。
静かな闇に包まれた部屋はシンとしていました。
そして――。
少女は目を閉じると、朝日が昇るまでそのままグッスリと眠りました。
夏とはそういうものなのかもしれまん。
【連載全2話】少女の話・A 『1話あたり3分で読んでみませんか?』 ツネワタ @tsunewata0816
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