第114話 ネガティブ・ハート




「……これはレクシー中尉。僕に何の用だい? 用がなければ話かけないでくれ。キミも一人でいることが多いが、どう見ても陽キャだ。僕はね、陽キャは嫌いなんだ。周囲に気を配っていたら、命が幾つあってもキリがないからね……僕と同期だったロート少佐のようになりたくないんだよ」


 ちょっと呼び止めた途端、いきなりヘイトをぶつけてくる『影のエース』ことアラン・フリングス大尉。

 なんなんだ一体?

 

「し、失礼しました大尉。先程まで我らで大尉の話をしていたもので、つい……」


「……僕の話? まさか、『オリバー&アラン』のことかい? おいおい勘弁してくれ……あれはマッケン提督が権威を傘に無理矢理やらせたことだ。なんで22歳の僕が今さら学生服着て踊らされるんだ? あれはもう、パワハラ&モラハラのコラボだね……ムカつくから早くあの爺が死ぬよう、これから願掛けに行くんだよ」


 アラン大尉は言いながら、懐から藁人形をチラ見させている。

 や、やべーよ、この人。

 ガチの危険人物だわ……。


 なるほど、レクシーとハヤタが敬意を見せつつ、どこか奥歯に物が挟まったような言い方をしていたのがわかってきたぞ。

 相当癖のある変わり者だ。


「アラン・フリングス大尉、初めまして。私はヘルメス社の代表取締役、イリーナ・ヴィクトロヴナ・スターリナよ」


「はぁ、どうも……(如何にも美少女系の陽キャそうで嫌いだな、こいつ)」


「噂はかねがね聞いているわ。相当な腕の持ち主だそうね。今度、当社の試作機に乗ってみない?」


「お断りします。目立つことは嫌いなので申し訳ないですが他のパイロットを当たってください……おや? そこの黒いアストロスーツ着たパイロットは“サンダルフォン”の黒騎士さんですか?」


 アラン大尉はきっぱり断りつつ、何故か俺の方に注目してくる。


「ええ、そうよ。それがどうしたの?」


「……僕は本来、他人に興味を抱かないのですが、黒騎士さんには以前から注目していたもので」


「彼に注目ですって? 当社きってのエースパイロットだからかしら?」


「……いいえ違います。なんて言うか……僕と同じ匂いがするんですよ、黒騎士さんにはね。孤独を愛するという点でしょうかねぇ……フフフ」


 猫背のアラン大尉は長い前髪の隙間から覗かせる眼光を俺に向けてニヤついている。

 正確には親しみを込めて微笑んでくれているようだけど、雰囲気からしてなんか怖い。


 とても動画でオリバー副艦長と華麗に踊っていた、涼しげなイケメンと同一人物とは思えない。


 何故か以前から気に入られていたようだ。

 けど俺、別に孤独愛してねーし。

 独りでいるのが多いのは脳の障害からだったしな。


 アラン大尉は「では僕はこれで……」と素っ気なく頭を下げ、俺達から離れて行った。


『……随分、変わったパイロットだな。本当に凄い人なのか?』


「まぁな、カムイ。AGアークギアに搭乗した時もあんな感じだ。時折、奇声を上げながらFESMフェスムカウンターを浴びせているがな」


『オレぇ、大抵のエースパイロットには尊敬して憧れを抱いているけど、あの人だけはそうは思えないんだよね……凄腕なのは認めているんだけど』


 レクシーとハヤタが言わんとしていることもわからなくもない。

 俺も只者ではないと思う反面、異質で独特の雰囲気を感じてしまう。


「あのままのなら私達の敵ではないわ。けど一皮剥けると中々の脅威ね……古鷹艦長、艦内で彼の評判はどうなの?」


「はい、イリーナ社長。アラン大尉はああいう人ですからね。女子達の間でも、根暗そうに見られていて以前まではアウト・オブ・眼中でしたけど、あの動画以来実は隠れイケメンだと発覚して人気上昇中です。まぁ、孤独を愛する当人としては酷く迷惑がっていますけど……」


 アラン大尉を発掘した、マッケン提督の慧眼もイリーナレベルってわけか。

 けど本人には相当根深く呪われているようだけど。


『あのぅ、わたしが思うに「Angelusアンジェラス」として一生懸命ベストを尽くせば自ずと結果はついてくるんじゃないでしょうか?』


 桜夢が一番まともな見解だ。

 ここまで来たら俺もそう思うし、もう頑張るしかないと思う。


「相変わらず甘いわね、サクラは……と、根性論や理想主義的主張には異を唱えるところだけど、やるべきことは全てやっているし残る方法はそれしかないわね。幸いアラン大尉の人柄もわかったし、明らかにチームワークが悪そうだから、そこが狙い目かもね」


『狙い目ってなんだよ、イリーナ?』


「自滅するかもしれないって意味よ。確かに見せてもらった映像はパフォーマンスといい中々良かったわ。けど本番はどうなのって話ね。そもそも、アラン大尉はアイドルとして人前で歌って踊れるのかしら?」


「イリーナ社長の言う通りかもね。実際アラン大尉はデュオを組むオリバーくんのこと嫌っているからね」


『コンビなのに? 本当なのか、セシリア?』


「うん。組んだ早々、『典型的な陽キャっぽいくて、インチキ爽やか野郎でいけ好かない』と、面と向かって言われたって繊細なオリバーくんが酷くショックを受けているのよ」


 ひがみ根性が半端ねーな、アラン大尉。

 つーか、上官である副艦長相手によく言えるわ。

 そのアラン大尉だってベースは抜群なのに、どこでああなってしまったんだ?





 それから数日が経過し、『セフィロト文化祭』当日となった。


 宇宙人工居住コロニー船“セフィロト”の中心部の一つである『ディファレント地区』。

 人類が生み出し築き上げた『芸術』をテーマに船民達が集結し、演劇、吹奏楽、美術作品などを発表する文化祭典が行われることになる。


 しかし一部では秘密結社『賢者会』が取り決める、人類の命運を握りあるいは歴史に刻まれるであろう、『対FESMフェスム用の防衛戦術楽曲』のコンペティションが行われようとしていることは極一部の者しか知られていない。



 俺とハヤタは、宇宙アイドル・ユニット『Angelusアンジェラス』のマネージャーとして打ち合わせのためアリーナ会場に訪れていた。


 既にステージは組み上がっており、後は出演順を決めるだけである。

 例の『オリバー&アラン』とで、どちらが先と後かで歌うかだ。

 ちなみに他にエントリーしているグループはなく、ほぼ貸し切り状態だとか。


「あのぅ、『Angelusアンジェラス』は後の方にして欲しいんですけど……」


 俺は真っ先にスタッフの代表者にお願いする。

 隣に立つハヤタが上着の袖を引っ張ってきた。


「なぁ、弐織……こういうのって先に強いインパクトを見せた方がウケるんじゃね? 相手をビビらせる意味でもよぉ」


 小声で意見を呟いている。

 ハヤタが言いたいこともわからなくもない。


「けど、イリーナにそう頼まれているんだ。なんでも料理や催し物系の対決において『最後に披露した方が勝つという法則がある』らしい。100年前のアニメやドラマでは定番だと言っていた」


「……社長って本当に14歳かよ。時折、年齢を疑うぜ」


 よく言われるし、俺もそう思う場面が多々ある。

 だから彼女もヘルメス社の社長として、あまり人前に出ることはないんだけどな。

 

「う~ん、こちらとしてはどちらでもいいんだけど……あちら側・ ・ ・ ・も同じことを希望しているんだよねぇ……」


「あちら側?」


 渋る代表者の後ろの方で、真っ白な軍服を纏った高齢の男性が近づいて来た。

 軍服には華やかに金色の刺繍が施され、白髪を隠すかのように深々と軍帽を被っている。

 褐色の肌には年相応の皺が刻まれており、逆に年齢の割には隆々とした大柄な体躯を持つ軍人だ。


 この人は知っている。

 てか、ゼピュロス艦隊に属する者で知らない者はいないだろう。


 ――総司令官のマッケン提督だ。


 俺とハヤタは条件反射的に直立して敬礼する。


「いや困るんだよね~、キミ達ぃ。トリにするよう先に頼んだのはこっちだからねぇ~。こーゆーの早いもん勝ちっしょ~?」


 厳つく大柄の癖に、出会い頭で学生を相手にチャライそうな口調でちっさいことを言ってくる、マッケン提督。


「……しかし提督。僕達もヘルメス社のイリーナ社長から直々に頼まれておりまして……であれば公平にくじ引きか、じゃんけんで決めるっていうのは如何でしょうか?」


「はぁ? 意味わからないんだけど。確かに“セフィロト”はヘルメス社が保有しているけど、スタッフはゼピュロス艦隊で派遣している軍属ばかりよ~。公平云々で言うなら、先に申し出たワシらの方に分があるんとちゃう~?」


 マッケン提督なりの交渉術でわざとイラつく口調で話しているのだろうけど、普段の風評もあるからか余計に腹が立ってくる。


 思わずブン殴りたくなってきた……いかん。脳の影響でキレやすくなっている。

 自重、自重っと……。

 俺は深呼吸を繰り返した。

 

 その時だ。


「――マッケン提督。学生相手に大人気ないんじゃないですか?」


 ふとド派手に装飾された学生服に身を包む、華やかなイケメン男性が近づいて来る。


 あの、アラン・フリングス大尉だ。



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