第113話 影のエースと呼ばれる男




 セシリアからの話はこうだった。


 宇宙アイドル・ユニット『Angelusアンジェラス』に、セシリアが引き抜かれたことでマッケン提督は酷く憤慨したらしい。

 何しろ艦隊でも屈指の人気を誇る彼女があってのデュエット曲「マッケン・カーニバルⅢ」だったからだ。


 そんな堂々と裏切ったセシリア艦長に対し、本来であれば腹いせで何かしらのペナルティを与えたいところである。

 しかし『賢者会』で最も影響力のあるイリーナを初めとする、新たに共同スポンサーとなったグノーシス社のレディオ社長が目を光らせていることもあり、ゼピュロス艦隊総司令官の地位であるマッケン提督ですら手出しできず不問となった。


 さらに先日、『Angelusアンジェラス』が行ったデビューライブでは再生回数がバズり大盛況となって、ファンクラブサイトの会員数も一万人を超えたらしい。


 その事を知ったマッケン提督は酷いストレスから、頭頂部に大きな円形脱毛症が目立つようになったとか。



「――関係ないわね。今まで階級を笠に着せて好き放題してきたツケよ。企業戦略ナメんなよって話だわ」


 イリーナは冷徹な社長らしくバッサリと斬り裂く。

 その通りだけど身も蓋もない言い方だ。


「あたしも禿同よ。今じゃ『ザビエル・マッケン』って陰で呼んでやってるわ……あっ、誤解しないでね。あたし男性は容姿じゃなく『癒し』だと思っているから。あの上司を揶揄してやるのは、これまで散々耐え忍ぶパワハラへの仕返しなのよ、カムイくん」


 やたら強調して言ってくる、セシリア艦長。

 別に俺は普通だし、今じゃそういうのも簡単に治せる時代だろ?

 それは置いといて、彼女が求める「癒し」とやらの基準がマニアックすぎて不明だ。


「話を聞く限り、今のところは『Angelusアンジェラス』の圧勝っぽいな。俺としてはセシリアが何かされてないなら、特に問題なさそうだけど」


「カムイくん、あたしのこと気遣ってくれて優しいなぁ。だから宇宙アイドルになる決心したんだけどね……けどね、マッケン提督はまだ諦めてなく、既に次の手を打ってきたのよ……」


「次の手?」


「そう――『オリバー&アラン』という男性アイドルデュオを結成させたの。マッケン提督のプロデュースでね」


 オリバー&アラン? アイドルデュオ?


 オリバーって……よく俺を睨んでくる副艦長のオリバー・マーティン中佐か?


 さらにセシリアの説明が続く。

 プロデューサーとなったマッケン提督より、


Angelusアンジェラスを推す連中なんて、所詮はワンチャン狙いのキモオタばっかだろ? だったら逆転の発想でこちらは女性ファンを獲得すればいいっつーの!」


 という舐めた発言が聞かれていたとか。


 確か以前、『賢人会議』とやらで「音楽は人類を代表する文化云々」などと豪語していた癖に、いざ負けそうになったらあっさり方向転換したようだ。

 いちいちやることがセコイ提督だと思う。


「ところで、アランって誰?」


「アラン……まさか、アラン・フリングス大尉か?」


 俺の問いに、レクシーが問い質している。

 セシリアは「うん」と頷いて見せた。


 つーか、誰よ?


「……アラン・フリングス大尉か。とても優秀なAGアークギアパイロットだぜ。ロート少佐に続く『影のエース』と呼ばれているくらいだ」


 ハヤタも知っているようだ。

 けど何か投げやりな口調なのが気になる。


「ごめん、俺は聞いたことない人だ。以前、ロート少佐と共にコクマー学園に来たパイロット達にいたかな……?」


「いや弐織、そんな爽やかな人じゃないよ。どちらかと言うと、以前の弐織とか加賀キリヤに近いキャラかな?」


「以前の俺に近いキャラ? って、まさか……」


「かもしれん。アラン大尉は酷く人見知りする方だ。誰よりも孤独を愛し、誰とも交流を持とうともしない。だがAGアークギアの技量には目を見張るものがある……パイロットの間では『回避王』と称えられているからな」


「か、回避王? レクシー先輩、何それ?」


「私では上手く説明できないが……回避戦術というのか。これまでの出撃でほぼ無傷で生還している奇跡のパイロットだ」


「……ただ逃げているだけとか?」


「それもある。だがその割には撃破数スコアが常にトップクラスだ。攻撃を躱した後のカウンター技術が天才的というか……あれは逃走本能から来るものなのか。すまん、正直よくわからん」


 逃走本能? 闘争じゃなくて? 奇妙なパイロットだ。

 しかしそんなに有名人なら、俺の耳に入っても不思議じゃないんだけど……。


「……思い出したわ。確か“デュナミス”機を与えようとして『目立ちたくないから嫌だ』と真っ先に断ったパイロット……自分仕様にカスタマイズされた“エクシア”機を駆り、謎の戦果を挙げているって。あまりにも常識から逸脱しすぎて戦闘データの収集にもならないから忘れていたわ」


 イリーナがそこまで言うなら、余程凄いパイロットなのか?

 にしては知っている者達の反応が微妙というか薄すぎる。


 それにハヤタが言う、少し前の俺と加賀キリヤって……まさか陰キャぼっちって意味か?


「そんな人がオリバー副艦長とアイドルデュオって……『Angelusアンジェラス』と張り合えるの?」


「うん。アランくん、すらりと身長もあるし身形を整えればルックスはいい方だからね……オリバーくんも女子から人気がある方だし……けどね、誤解しないでほしいの。あたしは断然、カムイくん推しだからね!」


「セシリア艦長、誰も聞いてません。何気にカムイくんにアピールするの、やめてもらえますか?」


 熱弁するセシリアに桜夢が呆れた眼差しで指摘している。

 つい照れてしまうけど、今はそれどころじゃない。


「……なるほど、マッケン提督の癖に考えたわね。てっきり自分売りの爺だと思っていたけど、どうやら意地でも人類の未来を背負う音楽史に名前を残したいと見たわ。そうなると厄介ね……古鷹艦長、その『オリバー&アラン』ってデュオはどんな曲で挑むのかわかる?」


「ええ、勿論です。『Angelusアンジェラス』に対抗するべく、既にファンサイトを立ち上げて着実に会員を増やしてますから――」


 セシリアは自分のタブレット端末を操作し始める。


 すると目の前で、立体映像の動画が浮かび上がった。


 派手で煌びやかに改造された学生服を身に纏う、二人の男性。

 曲に合わせ機敏な動きで華麗に踊っている。


 一人はオリバー副艦長だとすぐにわかった。

 映像からは嫌々感はなく、如何にも爽や風のアイドルだ。


 もう一人の若い男性が『影のエース』こと、アラン・フリングス大尉か。

 なるほど、背が高い方だし長い髪を後ろで束ねた涼しそうな容姿のイケメンだ。


 彼の場合、オリバー副艦長と異なり笑顔はまったくないけど、逆に必死さというか一生懸命さが伝わり思わず応援したくなる。


 母性本能をくすぐるタイプ……それもマッケン提督の狙いか?

 流石ゼピュロス艦隊の総司令官、なかなかの策士だ。

 いや、果たして流石なのだろうか?


 しかも「アレ~アレ~アレだよ」ばっかり歌っていた、『マッケン・カーニバル』とはまるで異なり、軽快でどこかノスタルジックを思わせる曲調である。

 おそらく若い女子ファンだけじゃなく、アラサーやアラフォーにも受けやすく支持を得やすい楽曲だろう。


 マッケン提督……確実に勝ちに来ている。そう思った。


 これにはイリーナ達でさえも、表情を強張らせて視聴している。

 想像以上の完成度の高さに脅威を覚え始めていた。


 曲が終わり。


「……やるわね。本当にマッケン提督がプロデュースしているとは思えないわ。それで古鷹艦長、なんて曲のタイトルなの?」


 イリーナからの問いに、セシリアは頷き「心して聞いてください……」と重々しく口を開いた。


「――畜群ちくぐんインティメート♪ です」



 ん?


 ち、畜群ちくぐん? 家畜の群れとか、そっち? 

 インティメートって親密とかの意味だっけ? しかも性的な……アレ。


 あっ、勝ったわ……これ。


 いや待てよ。

 Angelusアンジェラスのデビュー曲も『気づいてInsensitivity♪』だった。

 さも俺をディスたようなムカつくタイトル。


 ……結局どっちもどっちじゃんか。



 それから、俺達は作戦会議室ミーティングルームを出る。


 セシリアを先頭に廊下を歩き、その後ろにイリーナとレクシー、そして再びヘルメットを被った俺とハヤタと桜夢が続いた。

 いつの間にか、仮面メイドが姿を消している。


 途中、すらりとした男性の軍人と擦れ違う。


 長い前髪を垂らした猫背で陰気くさそうな感じ、全身に負のオーラを纏わせている。

 しかし左胸には両翼を模した「AGアークギアパイロット章」バッジをつけていた。

 正規の正規操縦士パイロットだ。


 男性は艦長であるセシリアに向けて軽く敬礼し、そのまま通り過ぎようとする。


「――これは、アラン大尉ではありませんか?」


 レクシーが立ち止まり、男性の名を呼んだ。


 え? この人が『影のエース』、また『回避王』と称される――。


 アラン・フリングス大尉だと?



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