第106話 コバタケ博士の思惑




 どうやらチェルシーは姉のレクシーを探しているらしい。

 レクシーは自分の意志でガルシア家から離れたとはいえ、兄妹仲は良いと言う。

 兄のレディオといい、かなり癖のある兄妹だけどな。


 チェルシーは周囲を見渡しながら、近くにいるセシリアに視線を向けた。


「あら? そこの貴女は戦艦“ミカエル”の古鷹艦長ではありませんか?」


「ほぇ? ほにくあへないわほ(ん? お肉あげないわよ)」


 セシリアは俺が焼いた肉をほとんど一人で食べている。

 リスみたいに頬を膨らませているので、何を言っているのかほとんどわからない。


「いりませんわ……オフとはいえ、艦内でお会いした時と随分イメージが異なりますわね? 戦艦“ウリエル”の峯風みねかぜ艦長とは雲泥の差ですわね」


「叔父を知っているのですか?」


 不意に桜夢が声を聞いてきた。


「貴女は? そういえば見覚えがありますわね」


「あっ、ごめんなさい……わたしは星月桜夢、旧姓は峯風と言います。エウロス艦隊の峯風みねかぜ勇次郎は叔父になるんです」


「そぉ、貴女が……峯風艦長から聞いていますわ。優秀な姪がゼピュロス艦隊の訓練生として配属されていると。貴女には期待していますわ、桜夢さん」


「は、はい、ありがとうございます」


 褒め称えているとはいえ中等部の年下なのに、随分と上から目線だ。

 この辺がイリーナそっくりだな。

 桜夢もチェルシーに対して共通する何かを感じてか、つい反射的にかしこまってしまっている。


「おや、そこにいるのはカムイ君ではありませんか?」


 やばい、コバタケのおっさんに見つかっちまったぞ。

 このマッド博士とは面識があるからな……。

 アルドとユッケがいる前で、下手なことを喋られても厄介だ。


「弐織、そこはオレが代わるから、違う場所で博士と話してきたら?」


 ハヤタは支援工作員らしく、さりげないフォローしてくれる。

 俺は「う、うん……頼むよ、ハヤタ君」と礼を言いつつ、コバタケのおっさんとその場から離れた。



 人気のない岩陰にて、二人はしゃがみ込み向き合った。


「コバタケのおっさん。勝手に俺に話かけないでくれる? 俺の立場くらい知っているだろ?」


「ええ、まぁ。別にあの面子なら構わないかと……すみません、ハイ」


「あんたの雇い主、チェルシーは俺のことを話しているのか?」


「いえ、拾って頂いた恩はありますが、そこまでの義務はございませんので……しかし、レディオ社長はとっくの前にキミの正体を知ってますよ、ハイ」


「なんだって? 知っていてすっとぼけていたのか?」


「あの方はそういうお人柄です。最近、賢者になって機嫌がいいようですからねぇ、ハイ」


「賢者? 影のトップが集まる『賢者会』とかいう秘密結社のことか?」


「ほう、お詳しい。情報源はイリーナ嬢ですかね?」


「まぁな。んなことより、俺のことは誰にも言わないでくれよ。どうか他人のフリをしてくれ、頼む」


「……わかりました。キミには恨みはないですからねぇ、ハイ」


 コバタケはニヤッと笑い、掛けている四角眼鏡のレンズがキラッと光らせた。

 こいつ、何か企んでいるのか?


「その口振り……自分を追い出したヘルメス社には恨みがあるって口振りだな?」


「正直なくはありませんよ。だってそうでしょ? あれだけ会社のために尽力を注ぎ貢献してきた、このボクを一つか二つの失敗で追い出し地球へ降ろさせたブラック企業なのですから、ハイ」


「あんたがヴィクトルさんを怒らせるからだろ? 人間を地球に寄生するゴミだとか、FESMフェスムに滅ぼされて当然とか……まるで『反政府勢力』、いやそれ以上の過激思想だったぞ」


「……あの当時、奴らFESMフェスムの正体を知れば、誰でもそのような思想も芽生えますよ、ハイ」


「なんだって? あんた、敵の何を知っている?」


「カムイ君、ボクは科学者です。本来なら宗教とは相反する立場……そう思っていました。けど、当時のボクはそうでなかった。きっと人間は誰でも潜在的に『偉大なる存在』として埋め込まれているのでしょうね……ハイ」


 何を言っているんだ、このおっさん。

 そういえば、ダアト知識|区域の“パンドラ・システム”で降臨した、ヴィクトルさんも同じようなことを言っていた気がする。


 ――FESMフェスムとはなんなんだ?


「ご安心ください、カムイ君。今のボクはあの頃とは違いますよ。現に人類は禁断の『知恵の実』を手にしたことで、FESMフェスムと対等以上に戦える存在となりつつある……いえ上回るのも時間の問題でしょう。人間は屈辱をバネにして這い上がる一面もありますからね、今のボクのように……そういう意味では、ザ・ブラック・糞メス社には感謝していますよ、ハイ」


 こいつ、どさくさに「糞メス社」って言いやがって……まぁ、ブラックぽいところは当たっているけどな。

 しかし敵なのか味方なのか、ようわからんおっさんだ……特に害がなければ黙認するべきか。


 そうそう、一つ気になることがあった。


「なぁ、おっさん。あの後、“ツルギ・ムラマサ”ってAGアークギアどうなったんだ?」


「ええ、修理中ですよ。キミのおかげで胴体部分は健在でしたからね。回収した戦闘データを基に3号機もようやくロールアウトできました。既に、エウロス艦隊のルドガー大尉に渡っていますねぇ、ハイ」


「3号機は良いとして、ヨハンが乗っていた2号機は修理中だってのか? また誰かに乗せようとしているのか……まさか、最近仲良くなったハヤタとか?」


「あのね、カムイ君。キミはボクをなんだと思っているんですか? 唯一のモデラー仲間である大切な彼に、あんな危ない機体を乗せるわけがないじゃないですか? レディオ社長の指示で、新しいグノーシス社製のAGアークギア開発のため実験機として使用するんですよ、ハイ」


「そうか……ならいいけど。それじゃ俺からの話は終わりだ。頼むから、俺のことは伏せておいてくれよ、コバタケのおっさん」


「了解しました、カムイ君。キミのことは気に入っていますからねぇ。ハヤタ君とも仲が良さそうだし、いずれこちら・ ・ ・側に来てくれそうです、ハイ」


 何がハイだ。こちら側ってなんだよ?

 モデラー仲間か? 嫌いじゃないけど、俺は本物のAGアークギアで十分だ。


 こうして、俺はマッド博士ことコバタケのおっさんと話を終わらせる。

 皆がいる場所へと戻った。



 すると、みんな既に食事を終えたようで後片付けをしている。

 桜夢とセシリアの姿が見えない。


「ハヤタ、二人は?」


 俺は彼に近づき小声で尋ねてみる。


「ん? 星月と古鷹艦長か? 二人ならたった今、社長に呼ばれてどこかへ行ったぜ」


「イリーナにか? あいつ、ここに来ていたのか……全然顔を出しに来ないんだけど」


 元々見知らぬ集団の中に自ら来るような子じゃないし、美少女だけどあの身形だからな。

 昔、知らない子供に「白ウサギ」とか揶揄されてキレかけたことがある。


 にしてもイリーナの奴。レクシーといい、セシリアまで呼び出して何を目論んでいるんだ?


 ぐぅ~。


 あっ、やばい。腹が減ってきた。

 考えてみれば、俺だけ何も食べてないんだけど……。

 リフレッシュ目的のBBQ大会である筈が、すっかり招く側となり趣旨が変わってしまったからな。


「――弐織、何も食ってないだろ? ほら」


 アルドが照れくさそうに肉や食材を盛った皿を渡してくる。


「あ、ありがと……僕のために、わざわざ取っておいてくれたのか?」


「まぁな。なんか俺らのことで色々な奴に気を遣っているようだからな……これくらいはよぉ」


「弐織くん、片付けは俺とアルちゃんでやるから、どうか楽しんでくれよ」


 ユッケも頷き笑顔を向けてくれる。

 どうやらこの二人、お互い素直になったことで、ぎくしゃくしていた仲も改善されたようだ。

 すっかり見違えたアルドとユッケに、俺はガラにもなくちょっぴり感動を覚えてしまう。


「……わかった、お言葉に甘えさせてもらうよ。サンキュ」


 笑みを零して、その場から立ち去った。

 まさか、あの二人に感謝することになるとはな……自分の行動が正しかったのかわからないけど、結果オーライとするか。


 食べながら歩いていると、クラスメイト達が大勢一ヶ所に集まっている。


「モコリトさん、ここで何かあるのかい?」


 俺は最近よく話すようになった女子に話かける。

 周囲から「モコちゃん」と呼ばれているが、流石にそこまで親しい間柄じゃない。

 彼女は、桜夢と仲の良いソフィ・ローレライと一緒にいた。


「あっ、弐織君。なんかね、これから『Angelusアンジェラス』っていうアイドルがデビュー記念コンサートをするんだって……ハヤタ君の口利きだって」


 なるほど、ついに解禁になるのか。

 つーか、マネージャーの俺に一言くらい連絡よこせよな。


 まぁ、こっちもそれどころじゃなかったけどね……。



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