第103話 頼もしき仲間達




 俺が不在の中でも見事に絶対防衛宙域を死守したゼピュロス艦隊は、コロニー船“セフィロト”へと凱旋を果たした。

 

 無論、戦いである以上は失ったAGアークギア機もいたが、あれだけのFESMフェスムを相手にした割に損害は遥かに少ない。

 以前とは雲泥の差。明らかに人類は力をつけていると言ってもいいだろう。


 そのうち、俺が戦わなくてもいい時代が来るかもな。


 今回の戦いを待機室で目の当たりにして、ついそのような妄想を抱いてしまう。

 AGアークギアパイロットとしては失格かもしれないが、このまま悪化する自分の症状を踏まえると戦線を退くのも仕方ないと思えていた。


 親父と離婚したお袋がいる地球に降りるのも悪くないかもしれない。


 母は父がFESMフェスムに襲われ亡くなっていることを知っている。

 そして俺がヴィクトルさんに助けられ、スターリナ家に養子のような扱いで厄介になっていたこともだ。

 ヴィクトルさんが亡くなる前に、「お母さんには私の方から無理を言って、カムイ君を引き取らせてもらうようにお願いしていたんだ。キミの恩寵ギフトがどうしても必要だったんだ……人類の未来のために。引き離してしまって本当にすまない」と説明し謝ってくれた。


 俺はまったく気にしていない。寧ろ命を救い、イリーナと家族同然に育ててくれたヴィクトルさんの想いを組み取り、AGアークギアパイロットとして恩返ししようと思い今に至っている。

 

 これも時代の変化というやつだろうか……AGアークギアの進化と共に、もうじき俺の役割が終わろうとしているような気がしてならない。




「桜夢、検査の結果はどうだった?」


 ケセド慈悲地区の軍事病院にて、桜夢とレクシーは脳の精密検査を受けることになった。


 何しろ最新鋭AGアークギアに搭載された特殊システムを使用したからだ。

 両機とも実験段階であり、特にレクシーが乗った“カマエルヴァイス”の《KABRAカブラシステム》は倫理的な観点から実験すら行っていない。普段は封じられた機能であり、今回に限り厳戒態勢の下で特別に使用許可がされた背景がある。


「うん、わたしは大丈夫だよ。《SASシステム》は少し負荷が掛かるだけで訓練さえすれば、それほど危険性は高くないシステムだからね」


 桜夢は検査室から出きて、廊下で待機している俺とイリーナに普段通りの笑顔を向けて見せた。


「どうやら“アナーヒターSP”は問題ないようね。桜夢も乗りこなせているし、今後はヘルメス社の専属パイロットとして任命するわ。軍へは、私の方で伝えておくからね。今後は『特務少尉』として、カムイの支援を頼むわよ」


「はい、社長。喜んで!」


 桜夢は嬉しそうに、イリーナを軍の上官に見立て敬礼して見せている。

 なんだかんだ、この二人は仲がいい。きっと桜夢の性格が良いからだろう。


 それに今度から、俺の支援役として配属されるのか……『特務』が付くってことは、俺と同様の「謎のパイロット」扱いなのか?

 色々と秘密の共有ができて、それはそれで嬉しいかもしれない。



 間もなくして、レクシーとシズ先生が検査室から出てきた。

 思った通り随分と検査に時間が掛かっている。それだけ精密に行われたということか。


「レクシー先輩、大丈夫でしたか?」


「ああ、カムイ。わざわざ付き添ってもらってありがとう。見ての通り問題ない。まだ少し、頭がくらくらして耳鳴りがするが直に収まるそうだ」


「ナノマシンの効果もあるから、今日一日安静にしていたら問題ないわ。けど、あのまま戦闘が長引いていたら危なかったかもね。ずっとサポートしてくれた、ホタルちゃんに感謝するのよ」


「はい、それはもう……」


 シズ先生に言われ、レクシーは柔らかく微笑み頷いている。

 どうやら後遺症もなく問題なさそうだ。とにかく良かったと思う。


「《KABRAカブラシステム》に関しては問題ありそうね……“カマエルヴァイス”にもホタル並みの電脳AIが必要となるかも……そうなると導入が難しいわ。またお父様に相談ね」


 イリーナは両腕を組み、ブツブツと考えごと呟いている。

 俺への負担を減らすため、ただ闇雲に彼女達へ大切な機体を預けたわけじゃない。

 きちんとAGアークギア機体性能や特殊システムの効果を検証し、次に活かすための打開策を模索している。やはりこの辺がヘルメス社を支える社長ってわけだ。


「なあ、イリーナ……お願いがあるのだが」


 珍しくレクシーから話しかけ始める。

 イリーナは腕組を時、腰に手を添えた。


「何よ、レクシーさん・ ・?」


「レクシーでいい。年上とはいえ、一応は親戚同士だからな。それに立場はキミの方が上だろ?」


「そっ、それで?」


「あの“カマエルヴァイス”を今後は私に預けてくれないだろうか?」


「預ける? つまり専属パイロットになりたいってこと?」


「そうだ。あのAGアークギアなら、どんなFESMフェスムにも負けないし、今回のように人的被害を最小に抑えられる。それにカムイの代わりとしても戦える筈だ」


「……そうね。“ガルガリン”の件はイラっとしたけど、あの後、軍から正式に50機の発注があったから許すわ。けどね、レクシー。一つ聞いていいかしら?」


「ああ、なんだ?」


「貴女、ガルシア家よね? それに正規パイロットでしょ? 軍には私の方から何とでも言えるけど、ライバル企業に加担して家族は何も言わないわけ? 特に、あのムカつくレディオとチェルシー辺りよ」


「……イリーナも知っていると思うが、私は絶縁まではいかないも形上は、ガルシア家を抜けたことになっている。つまり財閥はおろかグノーシス社の経営にも関われない立場だ。チェルシーは私に戻ってきてほしいようだが、合理的主義の兄上は私の意向を理解してくれている」


「もう一人の兄は? 次男のクラウドよ。彼でしょ? 貴女とレディオを仲違いさせようと画策したのは?」


 以前、高級レストランでイリーナから聞いたことがある。

 嘗てレクシーはレディオと並び、ガルシア家の跡取り候補だったとか。

 

 二人の間で派閥が作られるようになり、兄に譲る形でレクシー自らが身を引いたと言う話だ。

 その派閥を影で作り兄妹を争わせようとしたのが、次男である「クラウド」って人物らしい。


 その名を聞いたレクシーは不快そうに顔を歪め始めた。


は関係ない。そもそも父が勝手に招いた部外者だからな。それに経営から抜けた私にとやかく言う筋合いもないだろ?」


 なんでもガルシア財閥に属する側近の大半は、父親であるドレイク総帥が昔やんちゃして作った妾の子供達ばかりらしい。

 クラウドもその一人で、レディオを支える目的でガルシア家の養子になったそうだ。

 しかし裏では妾の子達と結託して、何やら良からぬことを目論んでいるとか。


 だからレクシーは兄である筈のクラウドを「奴」と呼ぶのだろう。



 イリーナは「ふ~ん」と鼻を鳴らし綺麗な赤い瞳を細める。

 何やら良い事を思いついたような顔をしている。俺の経験上、きっとろくな事じゃない。


「レクシー……貴女が私のモノになるっていうなら、“カマエルヴァイス”を託してもいいわ」


「……それはつまり、私をヘルメス社の傘下に入れというのか? 星月のように?」


「そうよ。これからは特殊工作員『000トリプルゼロ』として、私の指示で色々と動いてもらうわ。カムイのサポートも含めてね」


「カムイの支援ならば喜んで従おう。最初からそのつもりだったからな……しかし、ガルシア家やグノーシス社に関しては勘弁してほしい。流石に身内とは争いたくない」


「わかったわ……但し、クラウドや彼に従う側近達に関しては動いてもらう場合もあるわ。私も一度、暗殺されかけたしね」


「どういう意味だ? クラウドが何かしたのか?」


「……まぁね。けど最終的に許可を下したのは、レディオよ。その件はとっくの前に和解したから気にしないでね」


 だったら言わなきゃいいのにと思うけど、イリーナなりに気を付けろと言う警告を含めてだろう。

 なんでもグノーシス社の黒く非人道的な風評の大半は、そのクラウドって奴が手引きしているようだ。


 レクシーはイリーナに言われ、「ふぅ……」と溜息を吐いた。


「あのような者を野放しにして……兄上にも困ったものだ」


「それなりの利益をもたらしているようだから、レディオ流の合理的思考に基づいてのようだけど……私だったら危険で仕方ないわ。飼い馴らしている間はいいけど、いずれ飼い犬に手を噛まれるどころじゃすまないかもね。そうなった場合、必ず貴女の力が必要となる筈よ」


「……わかった、イリーナ。家族とガルシア家を守るためだと言うであれば、このレクシー、是非に力を貸そう!」


 レクシーは手を差し伸べ、イリーナと固い握手を交わした。

 これまで、しこりがあった関係が解消された瞬間でもある。


「契約成立ね。言っとくけど裏切りは許さないわ……あと週末のBBQ大会には、貴女も出席するのよ」


「BBQ? ああハヤタに誘われた、お婆さん達を集めて……」


 違うよ、レクシー先輩。俺とイリーナと同様のボケ方はしない方がいいぞ。


 こうしてまた一人、悪役令嬢の体が良い手駒……じゃない。

 信頼のおける仲間がまた一人増えた。



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