第102話 決死のラミングバスター




「落ち着け、イリーナ……あの状況じゃ仕方ないだろ? 俺はいい作戦だと思うぞ」


 隣で荒ぶり苛立つ彼女を俺は宥める。

 イリーナは「言われてみればそうかもね……」と、どっとソファーに凭れ掛かり親指の爪を噛みだした。

 興奮を抑える時に見せる癖だ。


「まぁ、提供する側としては別にいいんだけど……でも、せっかくスタッフが頑張って急ピッチで10機も揃えて仕上げてくれたってのに……ガルシア家め、簡単にブツブツ」


「イリーナちゃん、兵器は壊れてなんぼよ。これ以上、パイロット達を失うより遥かにマシだと思うわ」


 シズ先生の人命を優先する医師としての言葉に、俺も力強く同調する。

 

「わかっているわよ、そんなの……勝てばいいんだから」


 親指の爪を噛むのを止めた、イリーナ。

 綺麗で神秘的な赤い瞳は、モニターに映るレクシー達が乗るAGアークギアを見据えていた。



 ――レクシーが立案した作戦はこうだ。


 “アナーヒターSP”が援護射撃する中、“ガルガリン”隊は“奇態FESMフェスム”へ向けて突撃するという至極シンプルなことである。


 但し途中で“ガルガリン”を乗り捨て、“デュナメス”機だけ撤退すること。

 そうすることで10機の“ガルガリン”は霊粒子エーテルを搭載した、高速移動する巨大ミサイルと化すわけだ。


 万一、それでも“奇態FESMフェスム”を仕留めきれなかった場合、“カマエルヴァイス”は《KABRAカブラシステム》と別に搭載された最強の切り札・ ・ ・をレクシーは使用すると言う。

 あのAGアークギア……まだ何か仕掛けがあるってのか?



『ガルシア少尉、了解した! 我が隊は貴官の指示通りに動く! 星月准尉もフォローを頼むぞ!』


『ハッ! お引き受け頂き心から感謝いたします!』


『お任せください! この“アナーヒターSP”が必ず皆さんの突破口を開きます!』


 こうして“ガルガリン”隊の隊長は快く受け入れ、レクシーが立案した作戦が実行される。


 “奇態FESMフェスム”は再び巨大な触手を不気味にうねらせて威嚇している。

 今まで追撃がなかったところを見ると、どうやら奴もそう連続して《超巨大霊粒子破壊砲ハイメガ・エーテルブラスト》が撃てないようだ。


 ――チャンスは今しかない。


 俺の直感力がそう囁いたと同時に、桜夢が動いた。


 “アナーヒターSP”の背部コンテナから《サリエル・スポッター》を射出し、“奇態FESMフェスム”に向けて突進させる。

 併せて主力武装である長距離型霊粒子狙撃銃ロングレンジ・エーテルライフルを構え始めた。



 ドォォォン!



 長銃砲身が火を噴き、何を思ったのか《サリエル・スポッター》に霊粒子破壊砲エーテルブラストを浴びせた。


 直後、一帯が蒼白い閃光に包まれ視界を覆う。

 6機の《サリエル・スポッター》に内蔵されていた霊粒子エーテルが一斉に誘爆し、その発せられた光輝と熱量により、“奇態FESMフェスム”の感知機能を封じ込めた。


 ぴたりと、無数に蠢いていた触手が硬直する。


 AGアークギアなら機械的に修正と調整がなされ、瞬時に視界がクリアとなるが、生体兵器として括られている大抵のFESMフェスムはそれができない。

 ほんの一瞬でも目標を認識できず、ああして動きを止めてしまうのだ。

 

 人類側は勝利を手にするため、その僅かの隙を突く!



『――全機突撃せよッ!』


 隊長の号令と共に、10機の“ガルガリン”は突貫していく。

 超高速機動を可能とした推進力は、たとえ直線機動のみとはいえ正規のパイロット達でも操るのは難しい。

 先程の回避運動といい、相当鍛えられ才能のあるパイロット達だろう。


 視界を取り戻した“奇態FESMフェスム”は《超巨大霊粒子破壊砲ハイメガ・エーテルブラスト》の攻撃が間に合わず、触手をうねらせ鞭の如く撓らせ無数に放ってきた。

 

『今だ、離脱ッ!』


 接触する寸前で“ガルガリン”を乗り捨て、10機の“デュナミス”が急速に後退していく。

 10発の大型ミサイルと化した“ガルガリン”は飛翔し、隆々とした触手群を吹き飛ばした。

 また桜夢の“アナーヒターSP”が狙撃する霊粒子破壊砲エーテルブラストエネルギーが、撤退する“デュナミス”機を追撃する触手を全て精密に撃ち砕き、僚機の退路を確保した。



 ……オオオォォォォン



 “奇態FESMフェスム”は半分以上の触手を失う。AG隊からは歪で醜悪な肉体部分が曝け出す形となっていた。

 あれだけの損傷では回復するまで、しばらく時間を要するに違いない。


『レクシー少尉、今です! とどめを!』


 桜夢が叫んだ。


『了解した、皆の協力に感謝する! ホタル殿、《KABRAシステム》発動ッ!』


『COPY! KABRA SYSTEM START UP――』


 “カマエルヴァイス”のデュアルアイが赤く発光する。

 同時にコックピット内でも、レクシーが着用する純白のアストロスーツも赤い光輝を纏った。その影響は彼女自身にも及び、青かった瞳孔が赤色に染まり淡い光を宿した。


 それは解き放った機体のシステムに連動して、体内のナノマシンが反応した証である。

 《KABRAシステム》を発動したレクシーは、俺と同じ状態になったのだ。


『鮮明に見えるぞ! いける、GO――』


 レクシーは操縦桿を強く握りしめ、アクセルペダルを踏み込む。

 “カマエルヴァイス”の推進力噴射装置スラスターが激しく赤い粒子を放出する。

 同じく各部の関節部分と軽装甲の溝部分から、赤光の霊粒子エーテルが沸騰して溢れ出し、全装甲を覆うかのように蒸着されコーティングされた。


 一条の閃光と残光を帯び、赤き彗星と化した“カマエルヴァイス”は超高速に疾走する。


 “奇態FESMフェスム”は残りの触手を駆使し、寄せる形で防壁を造ろうとした。

 レクシーは俺並みの超反射神経と直観力を駆使し、操縦桿を巧みに捌いた。僅かな隙間を危なげなく回避し、あるいは霊粒子小銃エーテルライフル霊粒子刀剣セイバーブレードで攻撃を加え、抜け道を切り開いている。

 またその際の補助噴射バーニアを活かした機体制御も実に見事だ。


 こうして無双状態となった“カマエルヴァイス”は触手群を掻い潜る。瞬く隙に懐へと潜り込む。


『――このまま《ラミングバスター》を仕掛ける!』


『COPY! 霊粒子エーテルフィールド展開ッ!』


 すると機体から赤い霊粒子エーテルが激しい勢いで放出され、より全身を覆い尽くし増幅させている。

 レクシーは何を思ったのか、そのまま躊躇することなく“奇態FESMフェスム”に向けて突進した



 ドゴォォォ!



 “カマエルヴァイス”が体当たりし、まるで騎槍ランスの如く“奇態FESMフェスム”の肉体を貫いた。

 完全に『星幽魂アストラル』を撃ち抜かれ、超巨体躯は分裂を始め泡のように崩壊して宇宙の塵と化していく。


『敵の消滅ロストを確認ッ! 《KABRAシステム》解除、これより“カマエルヴァイス”は通常モードに移行シマス。機体の冷却がされ、60秒は行動できマセン』


 ホタルの報告により、全体を包んでいた赤い霊粒子エーテルは次第に萎み消失される。元の純白な装甲へと戻った。

 さらに補助噴射バーニアが働き、機体は減速されている。


『……ハァ、ハァ、なんとか撃破に成功したか。にしても、この“カマエルヴァイス”。やはり凄いAGアークギアだ。ホタル殿のサポートがなければ、ここまで乗りこなせなかっただろう……』


 どうやらレクシーも元の状態に戻ったようだ。

 胸元を揺らすほど息切れが激しく、とても疲労しているように見える。



「レクシーちゃん、軽度のパニック症状が見られるわ。急激に脳と神経が強化された影響ね」


 俺の隣でモニターを眺めていた、シズ先生が見解を述べている。


「例の《KABRAシステム》の反動ですか?」


「そうよ。けど後遺症が残るほどじゃないわ……彼女じゃないけど、ホタルちゃんがサポートしてくれたからよ。カムイ君も悪化しないのは、ホタルちゃんのおかげね」


 確かにな……いつもホタルには感謝している。

 

 俺は「そうですね」と頷き、再びモニターに視線を向けた。



 真空の宇宙そらを漂う冷却中の“カマエルヴァイス”に、“アナーヒターSP”と“ガルガリン”を乗り捨て脱出した“デュナミス”隊が近づき寄り添う。

 動けない機体を庇う形で取り囲み、戦闘宙域を見渡していた。


 凶悪な“奇態FESMフェスム”を撃破したことで、さらに勢いづいた他のAGアークギア隊の活躍により、残りのFESMフェスムを殲滅している。


 間もなくして、ゼピュロス艦隊の完全なる勝利で幕を閉じた。





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《設定資料》


〇ラミングバスター


 “カマエルヴァイス”に搭載された《KABRAシステム》に連動して発生する現象を強力な攻撃として活用し昇華させた、所謂『必殺技』。

 《ヴァイロン・システム》と同様に霊粒子動力炉エーテルリアクターを疑似的な暴走状態して発生する超高出力の「赤い霊粒子エーテル」を全身に纏わせることで、AGアークギア自体を巨大な霊粒子刀剣セイバーブレードと同様の状態にさせる。そのまま敵に体当たりして突貫することで、通常攻撃以上の大ダメージを与えるというロマン超大技である。

 尚、使用後は60秒の強制冷却モードとなり機体を動かすことができない、リスキーな部分もある。


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