Episode:21 白き幼女




 主力戦艦“ウリエル”に帰還し、格納庫ハンガーへと入った。


 峯風艦長を含む、AGパイロットや大勢のクルー達が出迎え溢れている。

 俺の生還に全員が盛大な拍手と歓声が湧き上がっていた。


 俺は全壊寸前の“ツルギ・ムラマサ”3号機のコックピットから降りて、皆の声に応える。

 峯風艦長が拍手しながら近づいて来た。


「ルドガー大尉、よくやってくれた! 私は艦長として貴官を誇りに思う!」


「いえ、全て“ツルギ・ムラマサ”と“ドラグーン”ユニットを託してくれた、グノーシス社のおかげです」


「――それは違います。ルドガー大尉の実力ですよ」


 聞き覚えるある声が発せられたと共に、集団が二つに分かれる。

 中央からスーツ姿で黄金色髪の優男が歩いて来た。


「レ、レディオ社長……乗船していたんですか?」


 グノーシス社の代表取締役社長、レディオ・ガルシアだ。

 レディオは頷き爽やかな微笑を浮かべた。


「ええ大尉。貴方の勇姿を見届けるためにね……しかし、よくぞ《キシン・システム》に取り込まれず、見事に使いこなしてくれました。グノーシス社の代表として心から称賛し感謝しております」


「しかし、せっかく託して頂いた“ドラグーン”は大破し、“ツルギ・ムラマサ”もあの有様です……申し訳ない」


「確かに機体は壊れましたが、全ては想定内の範囲です。ですからどうか謝らないでください。僕も合理的な判断の下で貴方を専属パイロットに選んで正しかったと自画自賛しているのですから……」


「そう言って頂けると有難い。《キシン・システム》……確かに恐ろしいシステムでした。しかし使いこなせば今後の戦局を左右する画期的なシステムになるでしょう」


「はい、その通りです。どのような兵器でも使い様ですからね……やはりルドガー大尉、貴方とは波長が合う。これからもお願いしますよ、フフフ」


 何やら意味ありげなことを言ってくる、レディオ。

 すっかり気に入られてしまったとはいえ、解せない部分が多いと思った。

 悪人ではないが、善人とも言い切れない。


 ――食えない男。


 そういう意味では、ヴィクトル氏に良く似ている奴だ。


「それと艦長、回収した“シンギュラリティ”の頭部ですが……」


「ああ、既にグノーシス社の整備員と研究員達が専用の格納庫ハンガーに収納し調べている最中だ……実体がわからないこともあり、安全を確認してから解体することになるだろう」


「そうですか……レディオ社長、私も立ち合ってよろしいですか?」


「勿論です。では早速ついて来てください」



 それからレディオの案内で、俺と峯風艦長とガーゴイル隊の部下達は仮設されたグノーシス社専用の格納庫ハンガーに向かった。

 複数の整備員と白衣姿の研究員が集まり、大掛かりな精密機器を用いて何かを調べている。


 ――“シンギュラリティ”の頭部だ。


 全員は俺の姿を見るや、背筋を伸ばして敬礼して見せる。

 彼ら軍属じゃない筈だが、俺の戦ぶりに感銘し敬意を抱いたようだ。


 そんな中、一人の女研究員がこちらに近づいて来る。

 黒髪だがハーフっぽい綺麗な顔立ちをした若い女性だ。

 彼女は「マギー」というグノーシス社研究所の開発副主任で、コバタケの部下らしい。


「社長、“シンギュラリティ”の頭部をスキャンし、解体しても危険性がないと判明いたしました」


「マギー博士、それで中身はどうなっているんだい?」


「はい。外殻はAGアークギアの装甲で覆われていますが、中身の大半は生体部分、つまり『人工筋肉』で肉詰されている状態です。例えるなら昆虫の外骨格状態とも言えましょう」


「つまり4年の歳月で、機械部分の殆どが人工筋肉に取り込まれ支配されていたってことだね? なるほどね……コックピットとレーダー機器類は生きていたことから、不必要な部分だけそのように施したんだろうね……それで中に生存者はいるのかい?」


「……まずは、これを見てください」


 マギーは答えることなく、脇に抱えていた自分のタブレット端末を操作する。

 目の前に何かの映像が立体的に大きく浮かび上がった。


 スキャンした頭部の断面図と思われる。

 報告通り装甲に覆われる形でFESMフェスムの肉塊を彷彿される人工筋肉で埋め尽くされており、中央には小さな空洞があった。


 さらに、


「こ……これは!?」


 驚愕したのは俺だけじゃない。

 居合わせた誰もが絶句しあるいは声を荒げた。


 ――人間がいる。


 幼い少女だ。

 見たところ、4歳くらいだろうか?

 まるで母体に宿る胎児のように背中を丸め蹲っている姿が見られる。


「……ティア・ローレライさんの複製体かな? にしては随分と幼い。どんな存在なんだろうね……直接やりとりした、ルドガー大尉はどう思います?」


 レディオに振られ、俺は冷静さを取り戻し頷く。


「ええ。やり取りしたというより、ただ声を聞いただけですが……“イヴFESM”と敵対する言動が聞かれたり、俺を庇う言動もありました。彼女が呼び掛けなければ、俺は《キシン・システム》に取り込まれたまま、“シンギュラリティ”と相打ちになっていたでしょう」


「先程“ツルギ・ムラマサ”から回収した戦闘データによれば、ルドガー大尉が《キシン・システム》に指示させた『ティア・ローレライの救出』の任務項目で最適解としてヒットした娘です。複製体とはいえ、本人に近い存在なのは確かです」


 俺の説明にマギーは補足する形で加えてくる。


「ふむ、中身の子は生きているんですよね?」


「はい。見ての通り、人工筋肉が胎盤の器官となり生命維持装置の役割を担っています」


「なるほどね……帝王切開の要領で幼女の提出は可能のようですが、ここで切開するのは些か早計ですね。コロニーのドックで適切な場所と人員の下で手術した方が合理的でしょう」


 確かにな。

 コバタケの失敗例もある。下手に人工筋肉に触れてしまうと、新たな複製コピー人間が生成されるらしい。しかも凶暴な人格を宿した状態のようだ。


 だがこの子はどうなのだろう?

 俺にはそうは思えない。そもそも複製コピーされているなら、どうして幼女の姿なんだ?

 失踪した4年という歳月で生まれた存在だからだろうか?


 こうして新たな疑念が生まれる中、エウロス艦隊は絶対防衛宙域を抜け出し凱旋を果たした。





 後日、グノーシス社専用のドッグにて。


 厳重体制の下、“シンギュラリティ”の頭部から例の幼女が摘出された。


 推定4歳児くらいの幼女。髪の毛から皮膚にかけて全身が真っ白で、双眸の瞳孔だけが真っ赤に染まっているという、あの“イヴFESM”と同じ特徴を持っていた。


 白い幼女はすぐに目を覚まし、周囲の大人を警戒することもなく誘導に応じ保護される。

 凶暴性は一切見られることなく、寧ろ物分かりのよい従順な態度に違和感を覚えるほどだった。


 白い幼女はしばらく軍事病院で徹底監視の下で身柄を置くこととなり、“シンギュラリティ”の頭部は研究対象としてグノーシス社が引き取ることになる。



 全てに決着をつけた俺はレディオ社長から報告を聞きながら、しばらく休暇と取ろうかと呑気に考えていた。


 あの戦いを終え、今では第三艦隊を代表するエースパイロットと呼ばれ、すっかり英雄扱いだが所詮はAGパイロットに過ぎない。


 政治に関与するつもりはないし、裏事情など知ったことではないと考えていた。

 今は少しでも身体を休め、新たな戦いに備える。

 ただそう思っていた。



「最近、昔の夢を見なくなったな……」


 自室にて、本を読みながらふと思う。

 過去の断片的な記憶、地球で『反政府勢力』から実験を受けていた忌まわしき記憶だ。


 きっと俺の中で心境の変化があったに違いない。

 以前よりも、よく笑うようになり楽しい思える気持ちが増えている。


 そうそう。


 あの後、約束通りエルザを誘い一緒に食事にも行ってきた。

 だがどういうわけかオペレーターのヨナとリックが乱入し、エルザは激昂してひと悶着あったけどな。


 相変わらずやれやれだと思う気持ちは変わらないが……今はそれも楽しく思えてしまう。

 信頼できる部下、いや仲間といることが楽しい。

 ようやく人並みの感情が芽生えたのかと実感しつつあった。


 そんな矢先。


 俺の携帯端末が鳴った。見覚えのない番号だ。

 着信に出ると、白衣姿の女性が画面に浮かび上がる。


 彼女はグノーシス社の副主任、マギーだ。


『すみません、ルドガー少佐・ ・。お休みのところ……レディオ社長と峯風艦長の許可を頂いた上でご連絡しています』


「構いませんよ、マギー博士。独り身で暇なのは事実なので……どうしましたか?」


『それが『被験体ティア』ちゃんに関してご相談がございまして……』


 ティアちゃん?


 あの白い幼女のことか……。


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