Episode:20 選ばれし者
「ぐぅ――ティア!?」
声に反応した俺は、思いっきりブレーキペダルを蹴った。
各部の
「ぉぉおおおおお!」
俺が発した気鋭の雄叫びに反応して、“ツルギ・ムラマサ”は僅かに後退した。
同時に体勢を仰け反らせ右足を突き立てる。
迫り来る刺撃を足底で受け止め、右脚部は破壊されてしまうも辛うじてコックピットへの直撃は回避できた。
〔MISSION FAILURE(任務失敗)! パイロットは直ちに新たに提示する作戦を執行セヨ!〕
俺の脳内に《キシン・システム》の新たな指令が入ってくる。
“シンギュラリティ”を巻き込み自爆せよという指示だ。
「待て! あの声が気になる! ひょっとするとティアが何かしらの形で生きているかもしれない!」
〔DONT ADMIT(認めない)! パイロットは直ちに提示した作戦を完遂セヨ!〕
潜在意識に刷り込むように、システムの命令が何度も繰り返される。
次第にそうしなければならないと謎の使命感に襲われていく。
洗脳、あるいは薬物のように心が蝕まれてしまう。
これが《キシン・システム》の反作用か……。
――しかしだ!
「黙れぇぇぇ! “ツルギ・ムラマサ”のパイロットは、このルドガー・ヴィンセルだ! 俺がボスだ!! システムの貴様が黙って従ってろぉぉぉ!!!」
俺は強固な意志で《キシン・システム》の指示を跳ね除ける。
気づけば素に戻っており、『灰色のベルセルク』でなくなっていた。
『滅せよ、ルドガー!』
“イヴFESM”の殺意に反応し、“シンギュラリティ”の追撃が襲う。
クソッ! ピンチには変わりないか! どうする!?
この半壊した機体状況では捕縛は不可能。
ならば斃すしかない……だがティアが生きている可能性があるなら、俺はそこに懸けたい。
どんな形でもいい……俺はもう一度、彼女に逢いたいんだ。
逢って言えなかったことを伝えたい。
一体どうすれば……。
〔――MISSION RESET(任務再試行)。パイロット・ルドガーはシステム起動リミット残り30秒内で新たな任務を登録セヨ〕
……待てよ。
「《キシン・システム》新たな任務だ! ティア・ローレライの救出を目標とする!」
〔MISSION CONFIRMATION(任務確認)――XIN MODE!〕
俺の指示で《キシン・システム》は再起動する。
ほんの一瞬で新たな任務遂行の最適解を演算してきた。
――ティアを助けるための最善方法だ。
どうやら、あの幼い声は“シンギュラリティ”の頭部から発せられていることが判明した。
その部分を切り離せば彼女のみを回収することが可能だと指示が送られる。
なるほど……正しく使いこなせば、とてつもなく強力で末恐ろしいシステムだ。
ある意味、絶対的な「未来予測装置」だと言えよう。
そうとわかれば――俺は力強く操縦桿を握りしめる。
「了解した! これで最後にする!」
機体を立て直した瞬間、“シンギュラリティ”の両腕に生えた二刀の
“ツルギ・ムラマサ”は左腕を盾にし、一撃目を回避する。
二撃目は右手に握る
『な、何ィ!? こ、この力は!?』
「いつまでも人間を甘く見るなよ! 白兵戦に特化した最新型AGである“ツルギ・ムラマサ”が、出来損ないの中古
体制を崩す“シンギュラリティ”に、“ツルギ・ムラマサ”はさらに加速し仕掛けた。
懐に入り、
このように
そしてついに、
――斬ッ
“シンギュラリティ”の頭部は切り離され飛んだ。
『ル、ルドガー、貴様は何を!?』
「終わりだ――“イヴFESM”!」
“ツルギ・ムラマサ”は右腕を前方に翳し狙いを定める。
握られた
右前腕に配置された
『う、うわぁぁぁぁぁぁ――ッ!!!』
“シンギュラリティ”の胸部コックピットを
刃は搭載された
一拍後。
ドォォォォン!
機体から蒼白い光輝が弾け、“シンギュラリティ”の全てを包み込んでいく。
――ルドガァァァ……。
それは“イヴFESM”が最後に残した断末魔だった。
怨嗟なのか、それとも助けを乞うものなのか、俺にはわからない。
さらに眩く閃光が広がり、巨大な爆発が起こる。
終わりを告げる閃光と共に、《キシン・システム》はタイムリミットを迎えた。
“ツルギ・ムラマサ”は《キシン・システム》の影響で機能不能となった。
コックピットのハッチを開け、俺は単身で宇宙へと飛び出した。
戦闘後の疲労とシステムの影響で、まだ頭がぼーっとするも問題ないと判断する。
アストロスーツに備わっている推進機能で、ある場所へと向かう。
漂流する“シンギュラリティ”の頭部だ。
着地した俺は外装を調べる。
『元々頭部に誰かが入り込めるスペースはない筈だが……ましてや成人した女性なら尚更だ。どういう状態でティアがいるのかもわからない。やはり迂闊にいじらない方が無難だろうか?』
確かコバタケ博士の話では、
複雑な機能を持つアストロスーツも同様なのだろうか?
それとも
どちらにせよ、未知である以上はこのままの方がいいかもしれない。
一応、《キシン・システム》では「任務完遂」と判断されたからな……今は信じるしかない。
『ルドガー隊長!』
ヘルメット越しから響く、俺の名を呼ぶ無線の声。
エルザだ。
俺は虚空の景色を見渡すと、遠くから蒼白い三つの光がこちらへ向かって近づいて来た。
至る部位が痛々しく損傷する半壊寸前の
ガーゴイル隊である。
戦闘が終了したのを見計らい、救助に来てくれたようだ。
『エルザ少尉!』
『ああ、隊長! ご無事で何よりですぅ! 良かった……本当に……う、うう』
歓喜しながら次第に涙声に変わっていく、エルザ。
心から俺の安否を心配してくれた様子が伝わる。
胸の奥がぎゅっと絞られてしまう。
今までなかった感覚だ……切なさというのか?
“シンギュラリティ”と戦闘を重ねたことで、俺の中で何かが芽生え変わったのかもしれない。
『少尉、俺は大丈夫だ! リック少尉とユイバン中尉も来てくれてすまない! とりあえず、こいつの回収作業を手伝ってほしい! あと“ツルギ・ムラマサ”もだ!』
『いいっすけど、隊長……それって“シンギュラリティ”の頭っすよね?』
リックは怪訝する口調で問い質してきた。
『そうだ。この中に複製されたティア・ローレライが生存している可能性がある。彼女のおかげで、俺はこうして生き残ることができた……助けられるなら助けてあげたい』
俺の訴えに、三人の部下達は絶句して戸惑いを見せている。
無理もない。コバタケ博士の話では下手な人間以上の凶暴性も兼ね備えているらしい。
それに“シンギュラリティ”の中にいたってことは、“イヴFESM”と共にこれだけの惨状を招いた共犯者とも受け取れる。
人間は共通の目的があるからこそ、互いに群れて強くなる存在だ。
それが我ら人類の共通する悲願でもあり使命でもある。
俺がやろうとしていることは、言わばそれらに反していることだろう。
だが俺は…それでも――。
『――了解しました。ワシはルドガー隊長を信じますぞ』
ユイバンは理解を示してくれた。
『……中尉、すまない』
『礼は不要です。隊長はワシを信じてくれた……そのお返しと思っていただければ』
『あ、あたしだって、この世で誰よりもルドガー隊長を信じているんでからねぇ!』
エルザは老兵相手に妙な張り合いを見せている。
『オ、オレもルドガー隊長のこと信じているっすよ~! 合コンでも隊長の部下だと言えばモテモテっすからね~!』
リックよ。お前はそれ、もう別の理由だろ?
本当に灰汁の強いメンバーばかりだ。
しかし俺にとっては――。
『皆に感謝する。やはり貴官らは最高の部下達だ』
俺は赤い瞳を細め微笑み、各隊員を賞賛する。
こうして俺達ガーゴイル隊によって、行動不能となった“ツルギ・ムラマサ”と共に“シンギュラリティ”の頭部は無事に回収された。
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