Episode:19 XIN MODE




 猛烈なる勢いで超高出力の破壊エネルギーが、“ツルギ・ムラマサ・ドラグーン”に襲い掛かった。



 ヴォォォン!



 正面に接触するかと思われた瞬間、機体の手前で霊粒子エーテルの軌道が歪み四方へと拡散される。


『バカな!? 奴も『主』の加護を受けているだと!?』


「――《ストレイン・フィールド(歪空間領域)》だ! この“ドラグーン”にも対エーテル兵器用の発生装置ジェネレーターが搭載されているんだよ!」


 機械的に重合空間を創り出し、空間同士の断層を利用した防御シールドである。

 霊粒子エーテルやミサイルなど、攻撃弾道を歪ませ反らし拡散させることが可能だ。

 但し直接斬りつける近接攻撃など白兵戦には効果を発揮されないという弱点を持つ。


 俺は操縦桿を捌き、強力なエネルギー波の衝撃で仰け反る機体を立て直した。

 アクセルペダルを蹴り上げ、“シンギュラリティ”へと突撃する。


「もらった!」


 三角錐の形状をした“ドラグーン”の先端から巨大な《霊粒子騎槍エーテルランス》が出現し、“シンギュラリティ”の腹部を貫いた。


『おのれぇ、ルドガァァァァ!!!』


「まだだ! これで終わると思うなよ!」


 俺は素早く浮かび上がる管制システムのパネルを操作する。

 “ドラグーン”の両舷側装甲が大きく展開され、《ギミック・アーム》が出現した。

 その歪なマニピュレーターにはAGの全高を遥かに凌駕する超大な霊粒子刀剣セイバーブレードが握られている。

 

 二つの蒼白い光輝を宿した霊粒子エーテルの巨刃が、“シンギュラリティ”の胴体を挟み込み両断した。


『ぬぐぅ!?』


 思わぬ奇襲と大ダメージに“イヴFESM”は声を唸らせる。

 だが撃破には至らない。頭部である“シンギュラリティ”本体を斃さなければ終わらないのもわかっていた。


「次で――」


『これしきのこと!』


 その時だ。切り離した“奇態FESM”の下半身が複数に分断される。

 形状を変え、元の群体タイプに戻ったのだ。


 否、より凶悪な何かだ。


 流線型の体躯に上顎部分が突剣レイピアのように鋭く長く伸びた形成。

 まるで大型肉食魚の『舵木通しカジキ』を彷彿させる。

 大きさは中型FESMサタネル程であり、鰭と思われる部位は真っ白い双翼が広げられていた。


 カジキもどきFESMフェスムは約60体に及び、それらは高速で遊泳ぐかのように“ドラグーン”に向けて一斉に襲い掛かってくる。

 機体下部の底面装甲に満遍なく突き刺さった。



 ドォォォォォン!



 “ドラグーン”の下部から蒼白い爆炎が噴き荒れる。

 閃光はさらに膨張し、機体を激しく半壊させた。


 それはカジキもどきFESMフェスムによる玉砕であり特攻戦法である。

 装甲部に突き刺したと同時に、己の内部に宿す『星幽魂アストラル』を臨界点以上に高め暴発させたのだ。


「なんだと!?」


 コックピット内に警告音アラートがけたたましく鳴り響く。

 凄絶な60基もの魚雷をまともに食らい、外殻ユニットは大破し崩壊しながら完全に機能不能となる。


『思い知ったか、ルドガー! そこが人間という存在の限界なのだ! 浅ましき強欲など捨て、我らが「主」に「星幽魂アストラル」を捧げよ! 貴様らの価値は最早そこしか残されていないのだからな!』


「いつまでもティアの声で意味不明なことを喚くな! こんなモノで俺が屈すると思うか!? たとえ人類が滅亡し、この身が砕け散ろうとも魂がある限り最後の最後まで戦い抜く! それがルドガー・ヴィンセルだ!」


 俺の怒号を発し、前傾姿勢で収納されていた“ツルギ・ムラマサ”がドッキングを解除させる。

 機体は勇壮に“ドラグーン”の甲板部から立ち上がった。


「《キシン・システム》発動ッ!」


 ――XIN MODE!


 コックピット内から機械音声が発せられる。

 同時に“ツルギ・ムラマサ”のデュアルアイが赤く発光した。


 機体に内蔵された霊粒子動力炉エーテルリアクターが限界値まで上昇され、各関節と装甲の溝部分から、赤い光輝を宿した霊粒子エーテルが燃え上がるような閃光を放ち全身を包む。


〔――目標、“シンギュラリティ”の破壊及び殲滅! 如何なる犠牲を厭わず、己の身を挺してでも任務を完遂セヨ!〕


 予め体内に打ち込んでいた特殊ナノマシンを通して、《キシン・システム》の演算した最適解ルートが戦術マニュアルとして瞬時に脳内へ注ぎ込まれていく。


 それは潜在的に染み渡るような感覚だった。

 拒むことは許されず、たとえ非人道的だろうとそうするべきだと無理矢理に決定付けられる。

 システムに従うことが心地よく気持ちいい……まるで快楽に支配された感覚。


「ぐっ……こ、これが《キシン・システム》なのか……いいだろう! ここはシステムに流されてやろうじゃないか――」


 ドクンと俺の鼓動が重く脈を打つ。

 瞳が深紅に染まり、破壊的な衝動に身を委ねる。


 憎悪と憤怒が爆発し、俺は『灰色のベルセルク』と化した。



「がぁあぁあぁああああ!!!」


 何もかも解き放たれ俺は咆哮を発した。


 “ツルギ・ムラマサ”は飛び立ち、素早く“ドラグーン”を離脱する。

 背部の推力噴射装置スラスターから赤き霊粒子エーテルが烈火の如く燃え上がり、これまで感じたことのない機動力を発揮させた。


 しかし、今の『灰色のベルセルク』と化した俺には関係ない。


「――“イヴFESM”、必ず貴様を殺す! 殺ス! 殺スゥ!」


 俺は《キシン・システム》の指示に身を委ねて、導き出されたルートに従い操縦桿を動かして機体を駆る。


『ルドガーめ、この期に及んで悪足掻きを!』


 “シンギュラリティ”は後方に下がりながら、上半身として纏っていた“奇態FESM”を全て解放させる。


 切り離された“奇態FESM”は先程と同様に、突剣レイピアのように鋭く尖らせた“カジキFESM”となった。

 レーダー上、その数は40体であると表示される。


〔――目標破壊の為、全ての障害を排除セヨ!〕


「ぐがっ、リョ、リョカイ」


 この『灰色のベルセルク』状態の間、俺の言語能力が著しく低下してしまう。

 凶暴化した闘争本能に身を委ねつつ、心の奥底では無感情のルドガーが冷静に《キシン・システム》が新たに提示した戦術マニュアルに沿って軌道修正を図る。

 ほんの瞬きもしない刹那の瞬間で、俺はその作業を行っていた。


 “ツルギ・ムラマサ”は腰部に携えている二刀の実体刀剣リアルブレードを鞘から引き抜く。

 突撃して迫る、“カジキFESM”に向けて斬りつけた。


 実体刀剣リアルブレード霊粒子刀剣セイバーブレードに比較しデッドウェイトとなるも、より硬質かつ堅牢という利点がある。


 難なく“カジキFESM”を『星幽魂アストラル』ごと斬り裂き、突剣レイピアを破壊した。


 しかも霊粒子動力炉エーテルリアクターが臨界点に達するまで高めた攻撃力と機動力は、まさに赤き流星あるいは疾風迅雷のようだ。


 “ツルギ・ムラマサ”から放射される推力噴射装置スラスターの閃光が屈曲の残像を描き、次々と斬撃を与えていく。


 ほんの僅かの間で40体の“カジキFESM”を殲滅させた。


「あ、ぁとは……キ、サマだ!」


 両腕に持つ二刀の刃を翳し、“シンギュラリティ”へと突進する。


『く、来るな――ッ!!!』


 “イヴFESM”はヒステリックな悲鳴を上げる。

 両腕の赤黒く染まる人工筋肉から、エーテル弾を乱射させた


 俺は《キシン・システム》が提示した最適解に乗っ取り、回避せずあえて数発の攻撃を受ける。

 肩部と腰部の装甲が被弾により剥され、左脚部が破損した。


 下手に躱すより、そのまま押し切った方が確実に速攻で“シンギュラリティ”を屠れると判断されたからだ。

 また仮にコックピットが貫かれたとしても、臨界点まで達した状態での霊粒子動力炉エーテルリアクターの爆発なら、十分に敵を巻き添えにするだけの距離に達していることまでもが計算されていた。


 ――つまり《キシン・システム》は“シンギュラリティ”諸共、俺に死ねと指示している。


 ……別に構わないさ。


 もう、あれはティア・ローレライではない。

 取り込んだ完全なる敵、“イヴFESM”だ。


 でも身体はティア本人のまま……。

 いくら真っ白に色染められようと、それは紛れもない現実だ。


 俺はそんな彼女の身体を傷つけてまで、自分が生き残りたいとは思わない。

 たとえ彼女の意志はなくても、共に朽ちるならそれもいいだろう。


 それがティア……キミが好きだと言ってくれた、俺からの返事だ。


 一緒に生きることはできなかったけど、一緒に死ぬことはできる。


 ティア、俺も……キミに惹かれ、ずっと好きだった。


 今更だが……いや、今だからこそはっきりとそう言えるんだ。

 

 もう遅すぎるけど――俺もキミのことを愛している。



 愛してるよ、ティア――。




「があぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


『ルドガァァァァァァ!!!』


 ついに“ツルギ・ムラマサ”と“シンギュラリティ”が対峙する。

 互いのコックピットを貫かんと刃剣ブレイドの切っ先を向けて突撃した。


 ようやく、これで全て終わる。


 そう思った、刹那。


『――駄目ぇ! ルドガーは生きてぇ!』


 突如、幼女の声が脳内に駆け巡る。


 幻聴? いや違う!

 “シンギュラリティ”に宿る、もう一人のティアだ!



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