Episode:17 光輝なる巨大天使




 戦艦“ウリエル”を含む各戦艦が主砲を用いて援護射撃をする中、AGアークギア隊が数条の閃光群を掻い潜り華麗に飛び交っている。


 霊粒子破壊砲エーテルブラストによる蒼白い弾幕が各機の視界を覆い、撃ち漏らしたと思われる小型FESMインプ中型FESMサタネルが出現した。


 艦隊からの援護射撃が止み、前線は混戦となる。

 ちなみに援護射撃により、敵側は大型FESMマラークを含む100体の消滅が確認されたとか。


「峯風艦長の采配で敵の出鼻を挫くことには成功している……しかし数が多い割には爵位FESMロイヤル堕天使グレゴリルが、『奴』1体ってのが気になるが……」


 俺はコンソールパネルのモニターを操作しながら、1体のFESMフェスムにポイントを当て拡大させる。


 六枚の翼を掲げ縦横無尽に飛燕する、漆黒の装甲を持つAGアークギアもどき。


 ――“シンギュラリティ”。


 やはり、この宙域に現れていた。

 この俺と決着をつけるために……。


 にしても前回斬り落とした筈の両腕が既に復元されている。

 と言っても、赤黒く筋張った部分が煌々と光を宿す異形の塊だがな。

 以前と同様に人工筋肉を増殖させ、両腕替わりとしているのだろう。


 あれはもうAGアークギアではない。

 辛うじて人型の形を模した完全なるFESMアークギアだ。


 “シンギュラリティ”は背部ユニットの推力噴射装置スラスターを吹かし疾走している。

 両腕を鋭い刃ブレード状に変化させて“エクシア”機に斬り掛かり、ライフル状の銃身形態に変えては銃口からエーテル弾を発射して攻撃を繰り出している。


 一見、好き勝手に暴れているように見えるが、思いの外僚機のAGアークギアは撃破されていない。

 それは各隊の“エクシア”機は“シンギュラリティ”と戦おうとせず、遭遇した際は牽制しながら回避行動に徹していることにあった。


 作戦上“シンギュラリティ”の相手は俺が務めることになっている。


 斃すのではなく逃げるだけであれば、熟練されたエウロス艦隊のAGアークギアパイロット達なら十分に対応できていた。


 したがって“シンギュラリティ”は孤立状態となり、もっぱら他FESMフェスムの援護に徹しているように見える。

 峯風艦長の指示通り、少しは時間稼ぎになっているようだ。

 

 一方で、“デュナミスGカスタム”を駆るガーゴイル隊は小型と中型のFESMフェスムを蹴散らしながら、大型FESMマラークの駆除に当たっていた。

 3機はフォーメーションを組み、高機動と高火力を活かした見事な連携戦術を用いて、確実に敵の『星幽魂アストラル』を貫通させ撃破している。


 それからもガーゴイル隊は次々と大型FESMマラークを撃ち斃してスコアを稼いでいた。


 まだ混戦状態ではあるが、戦局は徐々に人類側に傾きつつある。

 俺にはそう見えていた。


 ――しかし、状況は一変する。


 次第にFESMフェスム達は一ヶ所に集まろうと動きを見せた。

 小型FESMインプ中型FESMサタネル、さらに大型FESMマラークに至るまでだ。


 それらの中心に、あの“シンギュラリティ”がいる。

 露出された人工筋肉部分が不気味に深紅色に発光し、背部ユニットの推力噴射装置スラスターと各部の補助噴射装置バーニアからも同色の霊粒子エーテルが放出されている。

 頭部のデュアルアイも深紅の輝きを発し、機体の霊粒子動力炉エーテルリアクターが暴走し臨界点に達しているように見えた。


 さらに100体を超えるFESMフェスムらは、一斉に“シンギュラリティ”に飛びつく。

 機体を覆うように交わり、積み重ねては一つの形へと融合し変貌を遂げていく。


 それは醜塊であり歪ではあるが、明らかに人型の形を成している。

 煌々と紅く光る巨体。背後には真っ白な両翼が高々と広げられていた。


 ――醜悪なる巨大天使。


 その場に居合わせた誰もがそう思ったに違いない。


 また取り込まれた筈の“シンギュラリティ”は巨体の頭部として上半身を露出した状態で、触手と肉の塊に収納された形で埋もれている。


 あまりにも禍々しい姿に、思わず戦慄してしまう。


「な、なんだ、あれは……ん? 最新版のデータベースにあるだと?」


 俺はコンソールパネルのキーボードを打ち込み検索する。


 ――“奇態FESM”。


 それが奴の正体らしい。

 ゼピュロス艦隊で確認された変種体だとか。


 どうやら“シンギュラリティ”がFESM達を融合させ、あのようなおぞましい形態に進化させたようだ。

 大方、奴が頭部ユニットの役割を担っているのだろう。


『――浅ましい人間共よ! 偉大なる「主」の名の下に裁きを受けよぉ!』


 無線からティア、いや“イヴFESM”の声が響き渡る。



 “シンギュラリティ”が取り込ませ造り上げた、まるで外殻ユニットのような“奇態FESM”。

 データベース上は同一の存在ながら、人型の形態や主力戦艦“ウリエル”を超える大きさといい、明らかに質が異なる存在だと思えた。


『汝らの罪を持って贖罪せよ! その「星幽魂アストラル」を持って償うがいい!』


 さらにパイロットである“イヴFESM”が何やら喚き散らしている。

 相変わらず言っている内容は謎めいてさっぱりわからないが、人類に対して絶対的に拒絶し敵意を抱いているのは間違いないようだ。



「おい! “ツルギ・ムラマサ”はまだ出せないのか!?」


『申し訳ありません、ルドガー大尉! たった今、データの調整が終わりました! これより機体を“ドラグーン”へ換装いたします! どうか、しばらくお待ちください!』


 俺の催促に、メインモニターのウィンドウが開かれグノーシス社の整備員が頭を下げて詫びている。

 急ピッチの作業であり仕方ないこととはいえ、俺自身も焦り苛立っているようだ。


 無理もない。あんなおぞましい存在は、ただ不吉でしかない。


 突如、“シンギュラリティ”が“奇態FESM”と化したことで、残りのFESMフェスムは200体もいなくなった。

 戦力差から言えば、エウロス艦隊のAG部隊は300機が健在なので、数的には人類側が圧倒している。

 つまり“シンギュラリティ”さえ斃してしまえば勝利確定は間違いないのだが……。


『お、おい……FESMフェスムが喋っているぞ!? 奴らには意志がない筈だ!』


『それになんてデカいんだ! あんなのどう戦えっていうんだよぉ!?』


『ああ、神よ……』


 優勢だったにもかかわらず、各AGアークギア隊の動きを鈍らせている。

 まさに巨神の如き“奇態FESM”の出現と、初めて聞く“イヴFESM”という未知の存在を前に驚愕し戦慄を強いられてしまったようだ。


『怯むな! 人の言葉を話そうとFESMフェスムには変わらない! 各AGアークギア隊は共同して、あの巨大FESMフェスムを掃滅するぞ!』


 “エクシアFAT”に搭乗する隊長機が各隊へ向けて檄を飛ばしている。

 各AGアークギアパイロット達は「了解ッ!」と勇気を振り絞り士気を高めた。


 各隊の“エクシア”機が高機動を活かし、“シンギュラリティ”を四方から囲む形で総攻撃を仕掛ける。

 その数は約200機に及び、ガーゴイル隊も加わっていた。

 後の100機は、残り200体のFESMに向けて戦闘を繰り広げている。


 しかしいくら霊粒子エーテル弾を浴びせようとも、超巨大化した“シンギュラリティ”はびくともしない。

 ある程度の損傷を与えて肉塊を破壊するも、すぐさま再生され元の状態に修復されてしまう。


『クソッ! あの巨体の前では豆鉄砲だと言うのか!? 各機、露出している“シンギュラリティ”に向けて集中砲火を浴びせろ!』


 隊長機である“エクシアFAT”の的確な指示で攻撃の軌道修正を行われる。

 各機は“奇態FESM”の頭部と言える、“シンギュラリティ”本体に向けて無数のエーテル弾が放たれた。


 直後、“奇態FESM”の背部で広げられた真っ白な双翼が幾つも分離し、まるで千手観音の如く大きな輪を描き展開されていく。

 すると巨躯を覆い尽くすような波動フィールドが発生し、“シンギュラリティ”に届く寸前で全てのエーテル攻撃が偏向し拡散されて飛び散った。


「対エーテル兵器用のバリアなのか!?」


 モニター越しで、俺はそう察した。

 あの複数に分かれた白い翼はただの飾りじゃなく、波動フィールドを巨体の全周囲に展開させ堅牢な防御としているのだ。


『愚かな人間よ! そのような紛いモノで、この“光輝体クラウ”が滅せられるものか! 我が奏でる破壊の旋律を浅はかで罪深き愚行と共に、その身をもって刻み悔い改めろ!』


 “イヴFESM”の怒号と共に“シンギュラリティ”は両腕を前方へと翳している。

さらに両肩の前面部分が開かれ、巨大な砲台らしき物体が出現した。


 刹那。



 ドオォォォォォォ、ドオォォォォォ……――!!!



 両手十本の指先と両肩二基の砲台から、戦艦の主砲クラスの霊粒子破壊砲エーテルブラストが発射される。


 前方側から突進する、AGアークギア隊を蹴散らしていった。



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