Episode:15 ドラグーン・ユニット




「どうしてユイバンが俺の部下として配属されたんです?」


「ルドガー大尉を監視させて頂くためです」


「俺を何故です?」


「我がグノーシス社で極秘裏に開発していたAGアークギア、“ツルギ・ムラマサ”を受け継ぐ者として相応しいか、それを見極めるのがユイバンの役目でした。貴方は失礼ながらヘルメス社と縁のある方ですからね。峯風艦長にも無理を言って協力して頂きました」


「第三艦隊ことエウロス艦隊はグノーシス社とは切っても切れない間柄だ。特にレディオ社長がいなければ、今頃はノトス艦隊のように全滅寸前に追い込まれていても可笑しくないだろう。それに私個人もルドガー大尉がどこまでの可能性を秘めているのか知りたいという気持ちもあった。貴官を欺く形で黙っていたことは詫びよう、すまない」


 てことはグノーシス社だけじゃなく第三エウロス艦隊ですら、俺をヘルメス社の工作員スパイだと思ったのか……。

 まぁ、あの会社だ。無理もない。


「いえ、峯風艦長が謝罪する必要はありません。我ら人類の敵は、あくまでFESMフェスムです。私の恩人である今は亡きヘルメス社の先代社長であるヴィクトル氏からもそのようによく言い聞かされ、今では私とって信念の糧としている次第です」


 元々俺には守るべき存在はいない。

 何故戦うのかと問われると、必ずヴィクトル氏の言葉が脳裏へと蘇ってくる。

 だから俺は彼の意志を継ぎ、確固たる信念として戦場に赴くのだ。


「その『侍』の如き気高き精神と覚悟。ルドガー大尉こそ、我が“ツルギ・ムラマサ”を信託するに相応しいパイロットです。このレディオ・ガルシアにとって、貴方に会えたことは最高の幸運と言えましょう」


 レディオは手を差し出し握手を求めてくる。

 俺は「こちらこそ」と建前上応じて見せる。


(随分と気に入られてしまったな……エルザ少尉じゃないが、まさかソッチ系じゃないだろうな?)


 などと密かに思い浮かべながら。



 間もなくして、グノーシス社用の船渠ドックへと到着する。

 俺と峯風艦長はリムジンから降りて、レディオの案内でとある格納庫へと誘導された。


「――ルドガー大尉。これこそが貴方に託すべく型式番号GXP-03、“ツルギ・ムラマサ”の姿です」


 視界一杯に聳えるように佇む、グレーで塗装された巨大なAGアークギアがそこにあった。

 しかし以前、映像で見せてもらった機体とは明らかに別物のように思える。


 あまりの大きさで実際にどのような形状をしているかは説明しにくいが、少なくても人型ではないことがけはわかった。


「……レディオ社長、これがAGアークギアだと言うのかね? 形といい、大きさからして駆逐艦ほどあるように見えるのだが?」


 峯風艦長が疑念を抱く。俺も同じ疑問を抱いた。

 

「外殻ユニット、“ドラグーン《龍騎兵》”とドッキングしているからそう見えるのでしょう」


「“ドラグーン”?」


「“ツルギ・ムラマサ”をコアユニットとしたライディング式FA(フルアーマー)のことです。つまりAGアークギアを覆う増強ユニットというところでしょうか」


 レディオは説明しながら、俺達にタブレット端末から浮かび上がった立体映像で機体の全体像を見せてくる。


 峯風艦長が言った通り、まるでAGアークギアをコアに戦艦と融合させたような姿だ。

 頭部と胸元部分だけ辛うじて“ツルギ・ムラマサ”が露出されており、あとは大量の重武装と推力噴射装置スラスター機を備えたユニット仕様となっている。


「多数の敵を想定した絶対防衛宙域制圧用の決戦兵器ですね?」


「ええ、流石はルドガー大尉だ。その通りです。さらに戦況に応じて自在に分離を可能とし、通常のAGアークギアとしても高性能を発揮します。ちなみに例の《キシン・システム》も分離した状態でないと使用できません。その上……」


「戦闘データ不足で、本来のパフォーマンスは発揮されないと?」


「はい。こうして機体は完成していますが……しかし、ガルシア家の名に懸けて明日までにはなんとかしてみせますよ」


 レディオはそう言い切る。

 なんでも明日はゼピュロス艦隊で2号機の模擬戦闘を実施するらしい。


 さらにより高い戦闘データを得るため、ヘルメス社のイリーナ嬢を煽り、あの“サンダルフォン”7号機とパイロットである『黒騎士』を引き出そうと目論んでいるようだ。


「しかし、この機体……AGアークギアと呼ぶべきなのか? これほど巨躯だと“ウリエル”をもってしても収納は不可能だな……」


 峯風艦長は「ふぅむ」と考えながら呟く。

 確かにな。全長100mは優に超えている。バラさなければ戦艦の格納庫に収納はできないだろう。


「専用の特殊ワイヤーを用意しています。運搬の際は、戦艦“ウリエル”に直接固定させる形となるでしょう。さっきも説明した通り、“ツルギ・ムラマサ”自体は分離可能なので通常のハンガーで収納が可能ですよ」


 つまり“ドラグーン”という外殻ユニットだけは、ワイヤーで括りつけて運ぶ必要があるということだ。


「なるほど理解しました、レディオ社長。それで俺を招いたのは、お披露目だけじゃないですよね?」


「ええ勿論、ルドガー大尉には予めチュートリアルを通して機体の確認をして頂きたくて……特に“ドラグーン”の方は操作が特殊すぎますので、退院後のお疲れのところ申し訳ありませんが」


「俺は問題ないです。それこそさっきの話じゃないですが、あまり時間もなさそうに思えますし……あの“イヴFESM”はきっと俺を標的に襲ってくるでしょう」


「大尉は、敵のFESMフェスムと接触したのかね?」


 峯風艦長が首を傾げて聞いてくる。

 そういえば報告がまだだったな。


「はい、艦長。報告が遅れて申し訳ありません……接触と言っても、向こうから一方的な言語を発したくらいですが……あの姿形、声は紛れもなく4年前のテストパイロットであった、ティア・ローレライでした。但し人格は別モノ、人類に対して敵意剥き出しでした。また私の名を呼んでいたことから、ある程度の記憶は継承されているようです。それと……」


「それと?」


「もう一人の存在も確認しています。幼い声だけですが、以前コバタケ博士が話していた『複製』かと思われます……その者は私を庇うような言動が聞かれ、寧ろ“イヴFESM”と険悪である印象さえ受けました」


 不幸にも“エクシア・ディオスクロイ”が大破してしまったので、その時やり取りした記録は残されてないだろう。

 あくまで俺の記憶と抱いた印象であり、実際はどうなのかわからない。


「……うむ、さっぱり見当がつかないな。FESMフェスム自体が謎の存在だけにな」


「はい、艦長の仰る通りです。そう言えば“イヴFESM”から『偉大なる主』という存在と、俺の身体に『星幽魂アストラル』があるようなことを示唆する言動も聞かれていました」


「なるほど……その“イヴFESM”を尋問すれば面白いことが色々聞けそうですね」


 傍で傾聴していたレディオはニヤッと口角を吊り上げている。

 王子様のような優男風にしては随分と狡猾な微笑だ。

 

「レディオ社長は、そいつを生け捕れと?」


「いえ、興味本位で呟いただけです。大尉は“シンギュラリティ”を斃すことに集中してください。その方が合理的でしょう」


「はい、わかりました。では早速、チュートリアルの指導をお願いします――」


 俺の要望に、レディオは「わかりました」と頷き、担当の整備員達を呼んだ。

 整備から実際にコックピットに誘導され、彼らから操縦方法や手順の教授を受ける。



 が、


「……これを俺一人で操作しろってのか?」


 思わず愚痴を零してしまった。

 例えるなら戦艦を一人で動かし管制して戦えと言っているようなものだからだ。

 おまけに武装も相当種類が多い、それこそ主力戦艦並みの火力はあると思っていいだろう。


「“ツルギ・ムラマサ”に搭載された管制支援OSが戦況に応じて使用可能な各ウェポンをコントロールパネルに表示させます。ルドガー大尉は自己判断でタッチするだけで各ウェポンが作動するシステムです。ですから予め武装のタイプなど覚える必要があります。後、通常のAGを操縦するよりも相当な空間認識能力も必要で求められるでしょう」


「……了解した」


 こりゃ、かなりの集中力と神経を使うぞ。肉体疲労も懸念される。

 いっそ複座式にできないだろうか?

 あるいは“サンダルフォン”7号機のように電脳AI:ホタルのような存在が独立してサポートしてくれるかだ。


 などと不満ばかりも言っていられない。

 新型機を託された以上、乗りこなせてみせるのがプロのパイロットだ。


 それに圧倒的な戦力を用いれば、それだけ敵の捕獲が容易となるもの。


 正直、“イヴFESM”は不可能だ。

 奴こそ斃さなければならない敵と判断している。


 問題は複製コピーと思われる幼い声のティア。

 彼女からは敵意を一切感じられない。

 それに当初は助けを請う言動も聞かれていた。


 叶うことなら、あの子だけでも助けてあげられないだろうか……。


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