Episode:14 疑念と蟠り




 目覚めると、俺はベッドで寝ていた。

 見慣れぬ天井であったが病院でないことだけはわかる。


 ここは戦艦“ウリエル”の医務室か?

 いや、それよりも……。


「……生きているのか、俺は?」


 身を起こそうとした瞬間、全身に鋭い痛みが襲ってくる。

 激痛により、俺は顔を歪めた。


「ルドガー隊長ッ! まだ休んでいてください!」


 すぐ傍にはエルザが付き添っていた。

 彼女の背後でリックとユイバンが佇んでいる。

 三人共アストロスーツを着用したままの状態であり、とりあえず無事のようだ。


「……エルザ少尉、少尉達が俺を拾ってくれたのか?」


「はい。なんとか機体が動けるまで復旧したので……あのままだったら隊長が、うっうう」


 ポロポロと涙を流し出す、エルザ。

 爆発に巻き込まれ吹き飛ばされるまでは覚えているが、それ以降の記憶がない。

 全身の痛みから察すると、相当強い衝撃を受けたのは理解できる。


「ガチで危なかったっすよ、隊長……オレなんて死んじまったと思ったんすから、生きていて良かったす」


「エルザに感謝ですぞ。彼女がずっと自機のレーダーで隊長をマーキングしていたおかげで、早期に発見することができたのですからなぁ」


 そうなのか。なんかストーカーっぽいけどな。

 だがもし発見が遅れていたら、アストロスーツの酸素が切れて窒息していただろう。

 皆が辛うじて動けるようになったAGアークギアで、漂流しそうになる俺を必死で救助してくれたから大事に至らなかったようだ。


「どうやら貴官らのおかげで命拾いしたようだ、感謝する。特にエルザ少尉、ありがとう」


「いえ、あたしは当然のことを……えへへ、隊長がご無事で良かった、本当に」


 エルザは涙を堪え、柔らかい微笑を浮かべている。

 この子の献身的な振る舞いに、俺はガラにもなく優しい気持ちになり胸が疼く。

 今度は俺から食事でも誘ってみるか……そう思った。


「――ルドガー大尉、無事ですか!?」


 オペレーターのヨナが慌てた様子で医務室へと入ってくる。


「ヨナ軍曹……わざわざ心配してくれてすまない。持ち場はいいのか?」


「はい、艦長の許可は得ていますので……良かった、ご無事そうで……大尉にもしものことがあったら、私……私」


 ヨナまで人目をはばからず涙を流してしまう。

 心配してくれて嬉しいが……俺はどうも女性の涙に弱いようだ。


「ありがとう、軍曹。部下達のおかげで、俺は大丈夫だ。全身に痛みは生じるが、骨が折れているとかではなさそうだ」


「軍医からしばらく安静って言われているっすよ。けど隊長はモテモテで羨ましいっす」


「別にそんなことは……リック少尉も基はそう悪くないぞ。すまないが、俺のロッカーから予備のサングラスを持ってきてくれないか?」


「うぃす、了解っす!」


 リックは敬礼して見せ医務室を出る。

 軍人にしてはチャラく軽い性格だな。あそこを治せば……だと思う。


「……ルドガー隊長は光が苦手ですかな?」


 ユイバンは探るように聞いてくる。

 俺を観察するような、あの眼差しでだ。


「まぁな……前にも説明していると思うが、生まれながら目に障害がある。それにこの瞳は人に晒さないようにしているんだ。学生時代のトラウマもあってな……」


「あたしは隊長の瞳、凄く素敵だと思うけどな~」


「エルザ少尉ばかりズルいです! 私だって神秘的で素敵だと思っているんですからね!」


「もうヨナ軍曹、早く持ち場に戻ったら!? これからあたしが二人っきりで隊長の看病をするんですからね!」


「まぁ、この子ったら! させるかっての! 今から休暇を取って、この私が大尉の看病をいたします! 雑そうな少尉にはお任せできません!」


「なんですって!」


 何故か言い争いになる、二人。

 怪我人の前で勘弁してほしいんだが……。


「ユイバン……すまんが病院まで付き添ってくれ」


「御意ですなぁ」


 少し胡散臭い部分のある爺さんだが、いちいちキャンキャン吠え合う女性陣よりは遥かにマシだろう。


「隊長~、グラサン持ってきたっす~。おっ、何んすか、二人共? また隊長を取り合ってるんっすね? もうお家芸で草生えるっす~、ギャハハハ!」


「「誰がお家芸よ! この糞チャラ男ッ!!!」」


 エルザとヨナの罵声で、リックは「酷ぇ、あんまりだ……」膝を崩しショックを受ける。

 やれやれ、どいつもこいつも……。



 それから無事にコロニー船へ帰還し、俺は担架に運ばれる形で軍医病院へと搬送された。


 すぐさま精密検査を受ける。全身の打撲がある以外は特に外傷もなく、丸一日寝ていれば直ぐに回復するらしい。

 現代の発展した医療の中では軽傷程度だ。

 だがユイバンが手配したのか、入院中は集中治療室にて面会謝絶となっていた。

 おかげでゆっくり休むことができたわけだ。





 そして翌日。


 俺は退院することになった。

 本来ならユイバンが迎えに来るという話だったのだが……


「――やぁ、ルドガー大尉。退院おめでとうございます」


 何故かグノーシス社のレディオ・ガルシアが訪れた。

 まさか、いちパイロットの退院に宇宙屈指を誇る軍需企業の社長自らが赴くとは……。

 

 いや、それよりも。


「部下のユイバンはどうしたんです? 予定では彼が迎えに来るって話ですが?」


「ええ、彼には待機するよう命じていますよ。グノーシス社の支部でね」


「グノーシス社の支部? どうして軍人であるユイバンが?」


「まぁ、立ち話もなんです……大尉、僕が用意したリムジンに乗りましょう。峯風艦長もお待ちだ」


 艦長まで? 

 なんだ、この男……何かキナ臭い。


 俺はそう思いながらも、「まぁ、いいでしょう」と受け入れる。

 別に敵対する理由もないし、グノーシス社ではAGアークギアのカスタムで世話になっているからな。


 それからレディオに進められるまま、俺はド派手な黄金色で車体の長いリムジンに乗せられる。

 マジかよ……やたら目立つし、センスがもうアレだ。

 そう思いながら、車内を覗き込むと奥側に峯風艦長が座っていた。

 いつもの上士官が着る軍服姿である。


「峯風艦長まで……どうしてここに?」


「僕が招いたんです。ルドガー大尉は、その後の戦況など聞かされてないまま入院されてしまったようなので……まぁ座ってお話しましょう」


 レディオに促され、峯風艦長の近くに腰を降ろした。


 そういや生還してから、あの戦いがどうなったのか聞いてなかったぞ。

 エルザとヨナが言い争いしてそれどころじゃなかったし、コロニー船へ帰還後はそのまま集中治療室で休んでいたからな。


「ルドガー大尉、調子はどうかね? よくぞ生きて戻ってくれた」


 峯風艦長が俺の安否を気遣ってくれる。


「はい、もう大丈夫です。“ディオスクロイ”を失いましたが……」


AGアークギアならなんとでもなる。大尉を失う方が、我がエウロス艦隊としての損失が大きい」


「艦長の仰る通りですね。それにしても、ルドガー大尉はパイロットとしての実力だけでなく運もある……益々気に入りました」


 峯風艦長に同調し、レディオはこちらを見つめながら微笑んで見せる。

 以前から俺に対してフレンドリーなのは結構だが。


「レディオ社長、ありがとうございます。早速ですが私、いやの部下であるユイバンの件など色々とお伺いしたいのですが?」


「そうですね。まずは順序立てて、戦況がどうなったのか説明いたしましょう。峯風艦長、お願いできますか?」


 レディオに頼まれ峯風艦長は頷き、俺に向けて説明してきた。



 ――ガーゴイル隊の奮闘もあり、絶対防衛宙域はなんとか死守できたものの、殲滅には至らなかったようだ。


 あの戦いから突如巨大なホワイトホールが発現され、“シンギュラリティ”を含む100体のFESMフェスムが一斉に撤退したらしい。


「大尉も知っていると思うが、群体タイプのFESMフェスムは殲滅してしまえば当分の間は現れることはない。しかし、三分の一に逃げられてしまった以上、おそらく直ぐにでも体制を立て直して出現するだろうと踏んでいる」


「艦長、その根拠は?」


「ノトス艦隊の実例からだ。“ベリアル”という堕天使グレゴリルFESMフェスムに苦戦を強いられながらも、ゼピュロス艦隊の応援で追い返すことができたが、それから三日後にはより多くの仲間を引き連れて襲い掛かってきた」


「以前からFESMフェスムは何かしらの法則やルールに基づいて、絶対防衛宙域に出現するのはわかっていますからね。今回もほぼ確実だと思っています。それらに対応するべく、我がグノーシス社はより全面的にエウロス艦隊と共同する一存です。その為にはルドガー大尉の協力が不可欠だと思っています」


「無論、協力はいたしますが……俺にどうしろと?」


「――“ツルギ・ムラマサ”3号機をルドガー大尉に託したい。テストパイロットとしてではなく、正式なパイロットとしてです。その為に換装パーツと共に既に組み上げていますが……」


「以前言っていた、実戦データが無いままだと?」


「……はい、残念ながら。明日にでもゼピュロス艦隊の協力で2号機の模擬戦闘を実施する予定ですが、どこまで得られるか。万が一は不完全な1号機のデータで設定し、実戦で調整するしかないのですが……」


 “ツルギ・ムラマサ”1号機。

 確か司法取引で雇った死刑囚をパイロットとして搭乗させ、試験中に大破してしまった機体だっけな。

 なんでも搭載された特殊システムこと、《キシン・システム》の指示に逆らえず自爆したって話だ。


 それで2号機の方は地球で雇った正式なパイロットを用いて社長代理のチェルシーとコバタケ博士が、ヘルメス社の“サンダルフォン”7号機と模擬戦闘を行う手筈だとか。


「そうですか……それとユイバンですが。彼は一体何者なんです?」


「グノーシス社の特殊工作員スパイです。以前よりガルシア家に仕えていた執事であり、若い頃は戦闘機のパイロットで多くの武勲を立てていたのは本当です。現に妹のレクシーが彼の影響を受けてAGアークギアパイロットの道を歩んでいますからね……」


 そういや退役して再び服役したんだっけな。

 すっかり忘れていた。



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