Episode:11 カスタマイズAG




「やめないか、エルザ少尉」


 俺は前に乗り出そうとする彼女を引き止めた。


「隊長はいいんですか!? この人達は隊長をモルモットにしようとしているんですよ!?」


「誰もそこまで言ってないだろ? それにまだ3号機は使用できない状態らしい。きっと意図があって筈だ。そうでしょ、レディオ社長?」


「はい。説明した通り、《キシン・システム》は不安定要素が多く実装できない状態です。しかしシステムとしては理にかなっている部分もあり、今後の対FESMフェスム戦を考慮すれば必要不可欠となりましょう。問題はパイロットの素養次第と合理的に判断しています」


「コバタケ博士、《キシン・システム》だけを取り除くことは?」


「2号機までは可能ですねぇ。しかし3号機はシステムありきで設計されておりますので不可能です。その分、機体性能は現存するAGアークギアの中では最強だとお約束します。あの“サンダルフォン”7号機よりもねぇ……ハイ」


「3号機が完成するのに何が足りないんだ?」


「実戦データです。その理由もあって、2号機をゼピュロス艦隊に搬送するんですよ……あそこは『黒騎士』もいますし、他にも『回避王』と異名を持つ『影のエース』もいるとか? 何かと有能なパイロットが多いですからねぇ、ハイ」


 影のエース……アランか。

 あいつは孤独を愛する変人だからな。その手の話は乗らない奴だ。


「つまりグノーシス社は2号機の戦闘データを持って3号機を完成させようとしている。レディオ社長風に言えば、合理的にパイロットの安全を可能な限り考慮した上でということか?」


 俺の推測に、名を出したレディオが柔らかい笑みを零した。


「その通りですよ、ルドガー大尉。戦闘スタイルは豪快なのに実に冷静かつ聡明な方だ。益々大尉のことが好きになりましたよ……しかし実験には事故は付き物です。無論、“サンダルフォン”6号機の暴走という事故ありきで実戦テストを行った当時のヘルメス社は論外ですが、我らグノーシス社は違います。風評として世間から色々と言われていますが、細心の注意を払うつもりです。その上で、テストパイロットとしてルドガー大尉にお願いしているのです」


「……だそうだ。エルザ少尉、理解したか?」


「はい、隊長……すみませんでした。それと、レディオ社長に一言いわせて頂いていいですか?」


「ええ、なんなりと」


 すると、エルザはすっと息を吸い込む。


「――ルドガー隊長は渡しませんからね!」


「はぁ?」


 いきなり訳のわからないことを言ってくる彼女に、流石のレディオも難色を示す。


「ちょっと、貴女。お兄様はそっち系じゃありませんわ! 変な誤解しないでくださる!?」


「チェルシーまで何を言っているんだ……僕は男女問わず気に入った相手には敬意を持って尽くすタイプだよ。そもそも恋愛という非合理的なジャンルには興味ないがね。今の時代、子孫を残せる方法はいくらでもあるからね」


「そ、そうですか……申し訳ございません(でもこの人、超美形だけどなんか変人の臭いがする。気を付けよっと……)」


 エルザの真意は不明だが、素直に謝罪することでなんとか場が治められた。

 やれやれ……いきなり何を言い出すんだ。ひやひやしたぞ。


「では今後は双方でやり取りしてほしい。私も協力できることがあれば人類の未来のために尽力しよう」


 最後に峯風艦長が綺麗にまとめて報告と面談は終了した。



 グノーシス社のガルシア家か……。

 かなり癖のある連中だが、彼らのおかげで色々なことが判明した。


 特に“シンギュラリティ”のことについての収穫は大きい。

 あくまで可能性の段階だが、ティア・ローレライはFESMフェスムに身体を乗っ取られ、“イヴFESM”という敵として成り果ててしまったこと。

 さらに暴走した人工筋肉の生体機能から、もう一人のティアが何かしらの形で複製されたかもしれないこと。


 まだ信じられないという気持ちもあるが、感傷に浸る場合ではないと割り切る。

 AGパイロットである以上、やるべきことは決まっているからだ。


「――人類の敵である以上、“シンギュラリティ”を斃さなければならない。たとえティアが相手でもだ」


 その為にも例の“ツルギ・ムラマサ”が必要となる時がいずれ来るかもしれない。






 あれから一週間が経過した。


 俺の“エクシア・ディオスクロイ”は修復が完了したと報告が入る。

 なんでもグノーシス社の配慮で『特殊強化軽装素材』という新開発された代物が全装甲に使用されているらしい。

 これは特殊チタニウム合金と霊粒子エーテルを融合させたことで更なる強度と軽量化がなされており、機動性も以前より約30%の向上に成功したそうだ。


 そのグノーシス社では先日、社長代行であるチェルシーとコバタケ博士の二人がゼピュロス艦隊に向かったと知らされた。

 目的は、あの“ツルギ・ムラマサ”2号機の実戦テストであり、既に目星を付けたテストパイロットと合流するためだとか。


 2号機のデータを獲得後に、俺がテストを依頼された3号機を組み立てるそうだ。


 ここだけの話、レディオ社長から――


「あわよくば《キシン・システム》も試していければと思っています。2号機のテストパイロットも中々優秀な方なので、死刑囚とは異なりそう簡単にシステムに取り込まれないかと……勿論、危険と判断した際は即停止させるよう、コバタケ博士には指示しています」


 と俺に話していた。


 蛇足だが『特殊強化軽装素材』も、グノーシス社が独自で開発した物ではなく、とあるルートで流れてきた情報を元に完成させたらしい。

 これから“ツルギ・ムラマサ”3号機にも導入させるとか。




 遡ること一日前。

 まだコバタケがゼピュロス艦隊に向かう前日となる。


 俺達ガーゴイル隊はレディオに招かれ、宇宙船コロニーに設置されたグノーシス社用のドックに訪れていた。

 普段、戦艦のパーツやAGアークギアの兵装類などはここで製造されている。


 案内された格納庫ハンガーに3機の“エクシア”が並んでいた。

 明らかに通常機よりも重厚で異質な形状を成している。


「――“エクシアFAT(フルアーマータイプ)”ですねぇ、ハイ」


 コバタケが説明してきた。


 胸部から両肩、腕部や脚部と簡易増加装甲が追加されており、武装面も大幅に増強されている。

 特に両腕部には長砲型の霊粒子小銃エーテルライフルが固定される形で装備され、背部も自走砲型の霊粒子大砲エーテルカノンを始めミサイルランチャーが搭載されていた。

 まるで“エクシア・ディオスクロイ”に足が生えた感じだろうか。


「……“エクシアFAT”か。見た目からして重そうだな。盛り過ぎて機動性がかなり落ちたんじゃないか?」


「ノープロブレムですよ、ルドガー大尉。追加装甲には例の『特殊強化軽装素材』を取り入れています。さらに通常機と比べジェネレーター改良して霊粒子動力炉エーテルリアクターの伝導率を高めることでより多くの武装の使用が可能となり、増設した補助推進ブースター増加燃料プロペラントタンクにより機動性を損なわず稼働時間も問題ない感じとなっていますねぇ、ハイ」


 流石はマッド博士。

 まさにグノーシス社が誇る技術力の粋を集めたようなカスタマイズぶりだな。


 これら3機の“エクシアFAT”はガーゴイル隊の部下達に配備されることになった。


 エルザやリックやユイバンはドックスタンドに昇り、コックピットのハッチを開ける。各々に割り当てられた機体を入念にチェックし始めた。


 いつ出撃してもいいように今からスタンバイする。

 普段はおちゃらけているが、流石はプロのパイロット達だ。


「うっひょーっ! コンソールパネルもFA使用っすわ~! カッコいい~! 隊長、これでオレもモテるっすかね~?」


 知らんぞ、リック。第一コックピット内が一新しただけだからな。

 異性は関係ないだろ?


「さ、最近、益々老眼が進んでのぅ……それに新しい機能が覚えられなくて大変だわい。隊長、なんとかなりませんか?」


 それを老化と言うんだ、ユイバン。

 すまないが俺じゃどうにもできない。


「あのぅ、マッド博士! この機体に『ルドガー隊長命♡』ってマーキングしていいですかぁ!?」


「んなの駄目に決まってますねぇ、ハイ! なんなんですか、アナタ達は!?」


 好き勝手言ってくるエルザに、ついにコバタケがブチキレた。


 前言撤回。

 やはりおちゃらけた部下達のようだ。




 そして現在。

 俺のウェアラブル端末に緊急事態警報エマージェンシーが入る。


 ――FESMフェスムだ。



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