Episode:10 いわくつきのAG




 コバタケからの説明が終え、周囲は沈黙した。

 あまりにも常識が逸脱した衝撃すぎる内容だけに仕方ないことだろう。


「この度の6号機こと“シンギュラリティ”が出現し、エウロス艦隊に多大な損害を与えている件は、副社長のクラルドより既にヘルメス社のイリーナ社長に伝えていますわ」


 しばしの沈黙後、チェルシーというグノーシス社の秘書兼社長代行である美少女が補足の説明をしてきた。


「それで、イリーナ嬢はなんて言っているんだい?」


 レディオは双眸を細めて聞いている。


「『過去の話じゃない。今のヘルメス社に関係ないわ。軍だってお給料貰っているんだから、自分達でやりなさいよ』だそうですわ」


「……へ~え。そちら不始末で25名も貴重なパイロットを失わせておいてですか。ふ~ん、なるほどねぇ……」


 爽やかな笑みこそ浮かべているも沸々と煮え滾るオーラを纏わせている、レディオ。

 ただの優男だと思っていたが異様なプレッシャーを放っている。


「――いいでしょう。ヘルメス社には、ガルシアの家訓に乗っ取り対処します。即ち『受けた恩を仇で返すな。仇なす者には徹底した粛清を――』です! チェルシー、クラルドにそう伝えるように!」


「わかりましたわ、お兄様。いえ社長、直ちに」


 何やら堂々とヤバイやりとりをしているぞ、こいつら。

 まさかイリーナ嬢を始末する算段なのか?


 あの子とは面識程度しかないが、恩人であるヴィクトル氏の愛娘だ。

 ここは制止した方がいいだろう。


「レディオ社長。お気持ちはありがたいが、これはあくまで事故による災害だ。誰かが意図したわけじゃない。どうか怒りを鞘に収めてくれませんか?」


「ルドガー大尉は相当な人格者ですね。益々、貴方を好きに入りました……しかし、これはこれ。我ら上流階級は莫大な利益を得ると同時に、それだけ責任を問われる存在です。それを放棄する者に由緒ある家名を名乗る資格はないと思っているだけですよ。まぁ、スターリナ家とは親戚でもありますからね……イリーナ嬢への合理的な苦情と教育の一環だと思ってください」


 合理的な苦情と教育って何だよ?

 ヤバすぎて言葉にならない。敵に回すと厄介で面倒なタイプと見た。

 別に危険なことでなければ放置するべきか?


「……まぁ、ほどほどに。それより、グノーシス社のトップである貴方達がわざわざ我らガーゴイル隊に会いに来た目的は?」


「ええ、実は現在我が社では『試作型AGアークギア』の開発が進められていまして、是非ルドガー大尉に協力して頂きたいと、こうしてお願いに伺わせて頂いた次第です」


「峯風艦長には既に許可を得ておりますわ。ガーゴイル隊の皆様には新たな武装の実戦テストもお願いしたい所存ですの」


「試作型AGアークギア? グノーシス社独自の機体ですか?」


「ええ、勿論。その為に有能な開発者である、コバタケ博士を招いたのです。それと技術提携で日本のキリシマ重工と共同しています。不安定な“サンダルフォン”より信頼度は遥かに上でしょう」


 確かに日本の技術力は常に最先端であり随一だからな。

 おまけにきめ細かい仕事をする。


「わかりました。我らでよければ……それでどのようなAGアークギアですか?」


「はい、コバタケ博士。大尉達に例の映像を」


「御意、ポチっとな」


 レディオの指示で、コバタケは緊張感の欠片もない口調と共に脇に抱えていたタブレット端末を操作した。


 目の前で立体映像が浮かび上がり、ゆっくりと回転しながら全貌を露わにする。


 グレーをメインとしたパーソナルカラーで、すらりとした細身の機体であった。

 装甲の背面や裏面側の装甲が無くフレームが剥き出されており軽量化がなされている。

 耐弾性能は低そうな反面、推力噴射装置スラスターと姿勢制御用の補助噴射装置バーニアが各部位に多く取り付けられ、通常のAGアークギアより運動性と機動性の高さが伺える。


 また腰元には日本刀を模した鞘に収められる実体刀剣リアル・ブレードを携帯していた。

 兜を模した頭部のU字型のツインアンテナといい、まるで『武者』または『侍』のようなAGアークギアである。


「――型式番号:GXP-03“ツルギ・ムラマサ”ですねぇ、ハイ」


 “ツルギ・ムラマサ”。

 それがヘルメス社以外で初となる、グノーシス社製のAGアークギアか。

 名前が和名っぽいのは、共同開発した日本企業のキリシマ重工に配慮したかはわからない。


「――装甲を最低限に軽装化しているのは運動性を高める意味もありますが、戦況や作戦あるいは屠るべくFESMフェスムによって、あらゆる武装を換装させる意味もありますねぇ、ハイ」


「なるほど、兵装の種類が充実しているグノーシス社製ならではか……戦局に応じて多様性を求めた上というわけだな?」


「左様です、ルドガー大尉。おまけに日本のキリシマ重工が携わっているだけあり、OS設定もミリ単位まで調整が可能です。近距離戦闘から長距離狙撃まで装備ユニットとパイロットの技量次第で如何なる状況でも対応できる万能AGアークギアとなるでしょうねぇ、ハイ」


「表示されている数値を見るだけでも、とにかく汎用性が高い機体のようだ。この“ツルギ・ムラマサ”が量産化されれば、エウロス艦隊も安泰だろうな」


 俺の感想に、レディオは首を横に振るう。


「いいえ、大尉。残念ながら現時点で量産化の目処が立っておりません。ハイスペックが故に高コストですからね。我が社としては初のAGアークギア導入として、まずは実戦投入させるのを目標としております。今後の量産機開発とヘルメス社との生産競争を見据えた上で……そのために『灰色のベルセルク』と異名を持つエースパイロット、ルドガー大尉の協力が不可欠なのです」


「それは学生時代にやんちゃしていたころの仇名ですよ、レディオ社長。パーソナルカラーを灰色グレーにしているのも、私に合わせてですか?」


「ええ、1号機は白色で2号機は赤色です。エウロス艦隊に持ってきたのは3号機となります」


 てことは、“ツルギ・ムラマサ”は3機あるのか。


「他の機体はどこに?」


「1号機は可動実験中の故障で破棄し、現在は予備パーツとして本社で保管しています。2号機は実戦テストのため、ゼピュロス艦隊に搬送する予定です」


「ゼピュロス艦隊? あちらこそ、もろヘルメス社の息が掛かっている筈では?」


「企業宣伝するのに場所は問いません。あわよくばヘルメス社ご自慢の“サンダルフォン”との模擬戦闘を試みていますが……イリーナ嬢次第でしょうか?」


 なるほど。わざとライバル社を挑発して効率よく実戦データを得ようしているのか。

 涼しそうな顔してとんだ策士だ。


「理解しました。明日にでも早速……」


「いえ、3号機はまだ起動できる状態ではありません。クリアしなければならないテスト・フェイズが残っておりまして」


「テスト・フェイズ?」


「――《キシン・システム》ですねぇ、ハイ」


 コバタケが答えた。


「キシン、なんだそれは?」


「“ツルギ・ムラマサ”3号機に搭載された特殊機能です。簡潔に言えば、戦術的に機体の性能を限界まで高め底上げする強化システムですねぇ。但し些か厄介な部分もありまして、ハイ」


「厄介な部分だと?」


「OSシステムが予め登録したミッションを演算し、任務遂行への最適解を予めパイロットに打ち込んでいるナノマシンを経由し戦術マニュアルとして脳内で受け渡しする代物です、ハイ」


「つまりパイロットが要望する目的をAGアークギア本体が最も合理的かつ能率的な手段をパイロットに指示し、任務完遂へとナビゲートする画期的なシステムなんですが……戦況や内容によっては特攻させ自爆戦法も戦術マニュアルとして提示し導き出してしまうようで、それで1号機は大破してしまいました」


「システムのリミッターは実際に操縦するパイロットの資質、つまり強靭な精神力によるところですねぇ……。1号機のパイロットはレディオ社長が地球の死刑囚を司法取引で雇って起用していたので、まだ良心が痛まなかったですが……非人道的なシステムには変わりありませんねぇ、ハイ」


「僕としては合理的な犠牲だと判断していますが、世間はそう捉えないのも存じています。やれ倫理観が問われ規範を犯すとか……まぁ愚痴を言っても仕方ありません。ルドガー大尉なら《キシン・システム》に取り込まれることなく順応できると期待しているのですが……」


「私に期待?」


「ええ、ルドガー君は常に物事を客観的に見ていますからね……さっきの“シンギュラリティ”との戦闘でも、『発作』が起こしながらも見事な操縦技術を披露していましたねぇ、ハイ」


 コバタケはヘルメス社にいた頃から、俺の狂暴化バーサークを『発作』と例えている。


「――ちょっと待ってください! そんな危険なシステム搭載したAGアークギアに、ルドガー隊長を乗せようとしているんですか!?」


 ずっと黙っていた、エルザが声を荒げ口を挟んできた。



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