Episode:9 暴走の原因




 俺の報告に、その場に居合わせた全員が「まさか……」と声を漏らす。

 そういえば、ガーゴイル隊のメンバーにも教えてなかったな。


 特に“シンギュラリティ”に嘗てのテストパイロットこと、ティア・ローレライらしき女性の声が聞かれたという点だ。


 しかも二人同時に……。


 誰もが唖然として聞いている中、レディオが最初に口を開いた。


「――アダム、いえ“イヴFESM”ですね」


「イヴだと?」


 謎の単語に俺は眉を顰める。


「ええ……非公式であり詳しくは言えませんが、あるFESMフェスムは人間の脳を乗っ取り同化することができます。乗っ取られた人間が男性の場合“アダムFESM”、女性は“イヴFESM”となるわけです」


「人間を乗っ取るFESMフェスムだと? せいぜいAGアークギアのOSくらいだと思っていたが……」


「非公式って言ったでしょ? 実例はありますよ、約100年以上前にね。その者は幸い人類側に味方しましたが必ずそうなるとは限らない。乗っ取った際の自我で味方にも敵にもなる、そういった存在です」


 まるで自分の身近に存在していたかのような言い方をする。

 しかし今は言及している場合じゃない。


「ではレディオ社長、4年前に“サンダルフォン”6号機ごと失踪したテストパイロットのティア・ローレライが“イヴFESM”として我らの前に現れたというのかね?」


「どのような経緯かは不明ですがが、おそらく……」


 峯風艦長の問いに、レディオは頷いて見せる。


「では、もう一人の声は? あの助けを求めた幼女のような声はなんだと言うのです?」


「……ルドガー大尉、それは僕もわかりません。コバタケ博士は何か思い当たるところはありませんか?」


 レディオに振られ、コバタケは薄い笑みを浮かべ頷いた。


「はい。ボクが調べたところ、個体にもよりますがFESMフェスムは増殖あるいは繁殖機能を兼ね備えておりますねぇ。また『複製』という能力も有しておりますねぇ、ハイ」


「複製? つまりコピーか? その能力が人間にも適応するというのか?」


「ええ、現に当時の“サンダルフォン”6号機も、それらの能力を用いて造られシステムとして統制したAGアークギアですからねぇ、ハイ」


「本当なのか、博士!?」


「はい、提案者はムカつくヴィクトル氏ですよ。あの糞爺もワタシより遥かに優秀で先々を見据えた科学者でしたからねぇ、ハイ」


 解雇された身とはいえ、口の悪い男だ。

 とはいえ。


「俺の前でヴィクトルさんを悪く言うなよ、コバタケ博士。クビにされたあんたにとっては悪魔でも、俺にとっては拾ってくれた大恩人なんだからな」


「そうでしたねぇ、忘れてましたよ。すみませんねぇ、ハイ。して、話を戻しますが“サンダルフォン”は約100年前に人類が鹵獲した、あるFESMフェスムの生体部分を『人工筋肉』として特殊加工しパーツとして使用されています。目的は無重力下における高い運動性の確保と、超武装でも高機動力を保持するためです。量産機である“エクシア”にも導入されている技術ですが、“サンダルフォン”7号機と比較すれば質量は少なく暴走する可能性はゼロに等しいですねぇ、ハイ」


「俺もテストパイロットの頃、あんた達から聞かされたことだな。今の7号機には電脳AIを導入したことで抑制化が図れているとか? 当時はその技術がなかったから、制御プログラムがクラッシュして6号機が暴走したんだろ?」


「はい……しかし今更ですが、6号機が暴走するのは目に見えていました。あの糞爺……失礼、ヴィクトル・スターリナが強引に稼働実験を推し進めなければねぇ、ハイ」


「それはどういう意味だ、コバタケ博士?」


 俺の問いに、コバタケは素直に頷いて見せる。

 自分が知る全てを話してきた。



 ――今から4年前に遡る。


 “サンダルフォン”6号機の開発中、コバタケは開発主任として機体の人工筋肉に関する複製と培養による調整作業を行っていたらしい。

 特に人工筋肉は機械部分やOSシステムとは異なり未知なるオーパーツ的な要素が強く、当時の技術者達は考案したヴィクトル氏の指示通りに複製し組み立てるしかなかったようだ。


 そんな中、ある作業で部下の一人が重大なミスを犯した。

 培養液のカプセルに収納された加工される前の『人工筋肉』を搬送中に引っ繰り返したのだ。

 カプセルは割れてしまい培養液は散乱して、人工筋肉が露出した形で床に落ちてしまう。


 コバタケもこのままではヴィクトル氏に酷く叱責されると恐れ戦き、慌てて駆け寄よってうっかり素手で人工筋肉に触れてしまった。


 その時だ。


「――人工筋肉が増殖し粘土細工のように形成され、もう一人のボクが複製されたんですねぇ、ハイ」


「な……なんだって?」


 俺だけでなく、その場に居合わせる事情を知らない誰もが驚愕した。

 あまりにも衝撃的で逸脱した内容だけに沈黙が流れる。


 そして最初に俺が重々しく口を開いた。


「もう一人のコバタケ博士だと……一人でもウザいのにキツイな、それ」


「いや、ルドガー大尉。驚くとこ、そこですか? ディスってますかねぇ、ハイ?」


「あたしもルドガー隊長と同じ意見です。どうせ複製されるのなら、隊長のような素敵な男性に限るでしょう」


「変質者が増えてもなぁ、キモイだけしょ~?」


「最早、人類の害悪でしかあるまいなぁ……」


「どいつも糞軍人ばっかですねぇ! この隊長にして隊員共でしょう、ハァァァイ!!」 


 俺を含むガーゴイル隊のメンバーから散々言われ、ついにコバタケはキレ出した。


「……上官として艦長の私が謝罪しよう、コバタケ博士。すまないが続きを話してくれないかね?」


 人格者である峯風艦長に促され、コバタケは咳払いをする。


「……いいでしょう、艦長に免じて説明いたしますねぇ。複製されたボクは身体だけでなく、眼鏡や服装までも完全に再現されていました。まぁ、培養液に浸かっていたのでぬるぬるのべちゃくちゃの状態ですがねぇ。しかし大きく異なっていた部分もありましたよ、ハイ」


「異なる点だと?」


「ええ、真っ白だったんですよ。皮膚から髪の毛など、ありとあらゆる部分がね。おそらくアルビノの方々より白色だったでしょう。辛うじて唇の色素が薄い淡いピンクなくらいでした……だが何故か瞳孔だけが白ウサギのように真っ赤に染められていた。それが何を意味するのか、ルドガー大尉ならご察しでしょ?」


「……ヴィクトル氏やイリーナ嬢と同じ体質だと言いたいのか?」


「ここではノーコメントですね。下手にぶちゃけるとボクの命が危ないので……その白い存在は声も喋り方も癖も、色彩以外はボクを完全にコピーしていると思っていました。ですが人格がまるで違っていました」


「人格だと?」


「ええ、知性の欠片もない敵意剥き出しの狂獣でしたねぇ、ハイ」


 なんだ。

 普段のコバタケと変わらないんじゃないのか? 

 と言いたいが、また激昂されても厄介なので「そうなのか……」と頷いて見せる。


 博士の話はさらに続く。


 その真っ白なコピー人間は、コバタケを見るなり突如襲い掛かってきたそうだ。

 唸り声を発し物凄い握力で首を絞められ、身体ごと持ち上げられてしまう。

 明らかに人間離れした力だった。

 

 他の技術者達は動揺してパニックを起こしている中、コバタケは首を絞められながらも腰に忍ばせていた拳銃で、そのコピー人間を射殺したそうだ。



「自分の身を守るためとはいえ、ボクは初めて人を殺しました。自分自身ですがね……無論、なんら罪には問われませんが。しかし今でもトラウマで精神が病んでいますねぇ、ハイ」


 その後、コバタケが殺したコピー人間は内密で処分されたらしい。

 また予め博士や技術者達に拳銃を持たせるよう指示したのは、ヴィクトル氏だったそうだ。

 つまり最初から想定された事故トラブルでありリスクであったことを意味する。



「なるほど……博士、だからあんたは途中からマッド化が進み、自暴自棄になっていたのか。最後は6号機の暴走と失踪で追い打ちをかけたってわけだな?」


「流石、ルドガー大尉。その通りですねぇ……あの頃は仕事とはいえ、AGアークギア開発に疑問を抱いていましたから。あんな危険なモノに人類の命運を握るくらいなら、いっそ滅んだ方がマシだとね……そうぶっちゃけたら見事にヴィクトル氏の怒りを買い今に至っていますねぇ、ハイ」


 その後、グノーシス社に拾われ見事に返り咲いたってところか。

 まぁ優秀な博士には違いないからな……。


「おおよその話は理解した。つまり、あの幼女っぽい声の主は“シンギュラリティ”によって複製された、ティアである可能性が高いってことだな?」


「はい。何故、幼児っぽくなっているのかはわかりません……ルドガー大尉の機体から音声データを採取いたしましたが、間違いなくティアさんの声で一致しました。ボクも彼女とは面識がありますからねぇ、ハイ」


 コバタケの言う通りか……だとすれば、


 本物のティアは身体が乗っ取られ、“イヴFESM”と化してしまったようだ。

 そして“シンギュラリティ”が暴走するに原因に至った生体機能こと人工筋肉から、別のティアが何かしらの形で複製させられた可能性が高い。


 正直、信じられない話だが……レディオ社長とコバタケの話は真実味があり辻褄が合っている。

 何より信憑性があった。


「ティア……」


 俺は彼女の名を呟く。


 何か奇妙な運命に導かれている。

 そう思わざるを得ない。



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