Episode:4 サンダルフォン襲来




 緊急の呼び出しにより俺はエルザと合流し、バイクで主力戦艦“ウリエル”と連結されている船渠ドックへ向かう。

 既にリックとユイバンが到着している。


「隊長、ちぃーす。あれ? エルザとデート中じゃなかったんすか?」


 リックがチャライ言葉使いで妙な勘繰りを入れてくる。

 風の噂によると以前からエルザのことが気になっているらしい。


「いや、起きた途端にエマージェンシーだ。それどころじゃない」


「マジ、FESMフェスムムカつく。ブッ殺してやるんだから! (まぁ、一緒にバイクに乗せてもらって、ルドガー隊長の背中に密着できたからいいけどね~、ウフフフ)」


「しかし隊長、今回は妙ですなぁ。普通、群体タイプのFESMフェスムは一度出現してから、次に現れるまで数週間から一ヶ月くらいは間が置かれる筈……“ベリアル”を斃してから、まだ一週間も経っていませんぞ」


 ユイバンの見解に、俺も同調し頷いた。


「言えてるな。ゼピュロス艦隊の方でも最近じゃ、それで振り回されている傾向があるらしい。大抵、周期を無視して現れるFESMフェスムは野良が多いらしい」


「野良っすか? んじゃ俺らの出番なくねっすか?」


「いやリック少尉、今の野良の大抵は爵位FESM級ロイヤルが主だ。しかも中にはエース級の堕天使グレゴリルも混じっている」


 前回の堕天使グレゴリルである“ベルアル”も一艦隊を殲滅に追い込むほどの戦闘力を秘めている。

 野良とて決して軽視できない。


「ガーゴイル隊のパイロット達は直ちに乗船して下さい!」


 戦艦の乗務員に声を掛けられ、俺達は“ウリエル”艦に乗り込んだ。



 間もなくしてエウロス艦隊はコロニー船との連結を解除する。

 宇宙という海原へ航行した。



 アストロスーツに着替えた俺は、峯風艦長に呼ばれて艦橋ブリッジに訪れる。

 広々とした前方側には精密機械に囲まれた操艦らの乗組員と左右には通信士が座っており、中央にはレーダー席と後方側には艦長席が配置されていた。

 緊張感が漂う重々しい雰囲気を感じる。


 作戦行動中に、AGパイロットで気軽に入れるのは俺くらいなものだろう。


「ルドガーです。失礼します」


「大尉、呼び出してすまない。貴官の見解が聞きたくてな。ヨナ軍曹、例の映像を彼に見せてやってくれ」


「了解しました、艦長。ルドガー大尉、レーダー席のモニターを観てください」


 俺は促されるまま、モニターを確認した。


 これから向かう宙域に、真っ白な渦が発生し少しずつ大きくなっている。

 監視船が捉えたFESMフェスムが侵入するホワイトホールか?


 白い渦はある程度の範囲で拡張が止まる。

 表示された数値上は小規模だ。


「群体規模にしては小さすぎる。野良ですか?」


「そうだ。たった1体だが未確認のFESMフェスムらしい……」


「新種ですね。1体ってことは堕天使グレゴリルの可能性が高いですね」


「そうなのだが問題はここからだ。ヨナ軍曹、映像を早めてくれ」


「了解しました」


 映像が進められ、FESMフェスムと思われる物体が出現する。

 話通り、1体のようだが妙だった。

 敵影の背部から青白い閃光を放射させている。


 あれは霊粒子エーテル

 まるでAGアークギアが放つ推力噴射装置スラスターのようだ。


「ここから通常の速度に戻します。巡視船が最後に捉えた映像となります」


「最後だと?」


 オペレーターであるヨナからの報告に、俺はサングラス越しで目を細める。


「このFESMフェスムが確認されたと同時に、巡視船が襲われ破壊されたのだ。乗組員は全滅したよ……」


 峯風艦長が説明したと途端、そのFESMフェスム霊粒子刀剣セイバーブレードを握りしめ、巡視船に近づき急速に迫ってきた。


「!?」


 俺はくっきりと最新型の光学航法カメラに映し出された敵の形貌に驚愕した。

 明らかに見覚えがあったからだ。


 その姿は六枚の翼を広げる漆黒の人型機動兵器AG


「――サ、“サンダルフォン”!?」


 声を震わせながら、その名を叫ぶ。

 身を震わし戦慄していることを自覚しながら……。


 だがしかし……間違いない。


 あれは“サンダルフォン”だ。


 しかし、あの機体はゼピュロス艦隊で活躍している筈だ。

 ヘルメス社が極秘で用意した「黒騎士」という謎のパイロットによって……。

 俺は直接会ったことはないが生前のヴィクトル氏から、愛娘のイリーナが身近に置くほど気に入られている少年だと聞く。


 何故、“サンダルフォン”がこの宙域にいるんだ?

 いや、そもそもだ。

 ホワイトホールを潜り抜け、巡視船を襲う時点で可笑しい。

 レーダー反応といい、やっていること全てFESMフェスムそのものだ。


 俺が考察しながら見入っている中、急接近した“サンダルフォン”の頭部で画角がいっぱいになる。

 赤く染まったデュアルアイが不気味に発光した直後、モニターの映像が大きく揺さぶられた。激しいノイズでいっぱいになり、プッと途切れた。


 オペレーターのヨナがこちらを振り向く。


「巡視船が撮った映像はここまでです」


「どう思う、大尉? 私はこれが『本物』だとは到底思えないのだが……」


「もう一度、見せてもらっていいですか?」


 俺の要望に、ヨナは頷き再度映像が流れる。


「ん? 軍曹、一端止めてくれ」


 俺はサングラス越しである事に気づく。

 ヨナは「はい」と返事して映像は一時停止ポーズされた。


「どうした、大尉?」


「はい、艦長。この機体は本物の“サンダルフォン”ではありません。おそらくレプリカかと」


「レプリカ? つまり偽物だと言うのかね? 誰かが意図的に造ったとでも?」


「はい。私が知る限り、“サンダルフォン”は2機存在します。現在、ゼピュロス艦隊で話題となっているAGアークギアは『7号機』、つまり本物・ ・です。映像の機体は実験機としてコピーされた偽物である『6号機』です。開発者の間では双子の意味で“メタトロン”と名付けられていましたが……」


「なるほど……確か貴官は学徒兵時代、ゼピュロス艦隊方面でヘルメス社の要請でAGアークギア試作機のテストパイロットを担っていたと聞くが?」


「ええ、昔ヘルメス社には世話になったくちで……AG開発の協力を少々」


 俺は言葉を選び、少しばかりはぐらかした言い方をする。

 峯風艦長が、わざわざ俺をブリッジに招いた理由がわかってきた。


 “サンダルフォン”はヘルメス社の超重要機密事項だ。


 ここ第三艦隊であるエウロス艦隊はライバル企業であるグノーシス社の息が掛かっている。

 忖度すればヘルメス社に直接問い合わせるより、まずは関与していた俺に聞いた方が無難なのだろう。

 しかも、“サンダルフォン”絡みとなれば尚の事だ。


 本来なら艦隊にとって俺は腫れ物扱いなのかもしれない。


 だが俺がAGパイロットとして築き上げてきた実績は、エウロス艦隊にとって都合の良いプロパガンダであり、ヘルメス社の恩恵を直に受けているゼピュロス艦隊が戦果を上げている以上、ヒーローとして祭り上げる必要があった。


 この厚遇もただ気に入られているだけでなく、道化を演じさせる上で都合の良い手駒なのかもしれない。


 別にそれならそれで構わない。軍に属している以上、兵士高揚が目的なら当然のことだ。

 誰が何を意図し目論もうと俺には関係ない。やるべきことはただ一つ。


 ――人類の敵であるFESMフェスムの殲滅。


 ただそれだけだ。

 その為に、俺は戦場にいるのだからな。



「大尉の言う通りなら、このAGアークギアは“サンダルフォン6号機”、“メタトロン”なのか?」


「はい艦長、おそらく……6号機は4年前の稼働実験で機能が暴走し、そのまま消息を絶っております。当時、もう一人のテストパイロットを乗せたまま……」


「4年前だと!? それが今になって現れたというのか!? FESMフェスムのようにホワイトホールを使って!?」


 峯風艦長が驚くのも無理はない。


 そもそもFESMフェスムが出現するホワイトホールも見た感じからからそう呼ばれているだけで、実際に提唱されているモノとは別だと思われるからだ。


 だが、それよりも――


「6号機のテストパイロット……ティア・ローレライ」


 彼女が生きているかもしれない。


 俺はそのことに一番驚愕している。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る