Episode:5 乾いた思い出
ティア・ローレライ。
当時は18歳のフランス人で地球上がりの少女だと聞く。
俺と同じコクマー学園で操縦訓練科を専攻している。
セミロングのブラウン髪に、ぱっちりと大きな碧色の瞳が印象的だった。
華奢でスタイルも良く、とても可憐な容姿をした美少女であり、外見だけでなく内面も優しくて周囲の誰もが憧れている存在だ。
ティアはパイロットとしても優秀で上位成績でコクマー学園を卒業したが、国連宇宙軍には所属せず、何を思ったのかヘルメス社に就職して軍属となった(一般人ではあるが軍に属することで支援金など返納しないで済むことになる)。
後で聞いた話によると、地球に暮らしている家族への仕送り目的だったらしい。
確かに超一流企業ヘルメス社は下手な軍人よりも遥かに収入がいいからな。
当時のヘルメス社は
俺は支援してくれたヴィクトル氏への恩返しにと、“サンダルフォン”1号機から5号機までの稼働実験と調整を担当する傍ら、ティアは正式なテストパイロットとして実戦試験用にコピーされたレプリカである6号機こと“メタトロン”に搭乗することになった。
途中までは順調だった。
次第に兵装が増えていき、今の7号機とほぼ同一の
そして最終段階である宇宙区域での実戦試験で事件が起こった。
機体の運動性を人体機能に近づけるため、“メタトロン”の各部に内蔵されていた「生体機能」である人工筋肉が暴走し、搭乗したパイロットごと忽如として宙域から姿を消したのだ。
後々の調査で判明したことだが、高度な武装と機能をてんこ盛りにしたことで搭載されたOSのストレージ容量が超過され動作不良を引き起こしたらしい。
またそれが起因して人工筋肉の制御が保てず暴走を引き起こしてしまったか。
ちなみにその後の7号機からは、電脳AIホタルを導入することで完璧に制御されたと言う。
その行方を晦ませていた6号機“メタトロン”が、再び目の前に現れるとは……。
しかもFESMとしてだと?
艦長達に自分から断言したものの、内心では信じられないでいる。
だとしたら当時、テストパイロットとして搭乗していた……ティア・ローレライはどうなっているのだろう。
まさか放置されたまま、ずっと生きているのか?
あるいは既に死んでしまった状態なのだろうか?
「……ティア」
4年ぶりにその名を口にする。
コクマー学園に在籍していた頃は殆ど喋ったことはない。
別に避けていたわけじゃない。ただ単に話す機会がなかっただけだ。
彼女も親友だったロートと同様、いつも周りの連中に囲まれていた。
あの頃の俺は、幼少期の影響からクラスに馴染めず大抵一人でいることが多かった。
それでも仲間と呼べる存在が、二人もいただけマシだと思う。
一人は既に戦死してしまった、ロート・オーフェン。
もう一人は俺より変わり者の『アラン・フリングス』という男だ。
アランはゼピュロス艦隊に在籍する、今も現役のAGパイロットで大尉の筈だ。
なんでも「影のエース」とか「回避王」と呼ばれているらしい。
反面、性格はネガティブで誰よりも孤独を愛するという残念野郎である。
見た目は猫背で顔色が悪いが、顔立ち自体は相当な色男なのにな……まぁ、こいつのことはいいだろう。
そんな俺がティアのような子と接点があるわけもなく、クラスメイトの知り合い程度の間柄と言える。
しかし卒業後のヘルメス社で彼女と再会をした。
互いに
「――ルドガー・ヴィンセルくん。久しぶりだね」
「ああ、ローレライさんだっけ? まさかキミのような優秀なパイロットが軍人じゃなく、ヘルメス社に入社するとはな……」
「ルドガーくんは国連宇宙軍の正規パイロットなんだよね?」
「ああ、少尉で戦闘機乗りだ。ヘルメス社には特別な恩義があって最新型
「……うん、ルドガーくんに負けないように頑張るよ」
そう言いながら、ティアは頬を染めて身体をもじもじさせている。
「どうした、ローレライさん?」
「……あのね、ルドガーくん。わ、私のこと、ティアって呼んでほしいの。内心、独りでここにいるのが心細くて不安だったから……顔馴染のキミがいて凄くホッとしているというか」
「ああ、わかったよ、ティア。だが学園じゃ俺と話したことは、あまりなかったろ?」
「う、うん……でも、ずっと気になっていたよ。ルドガーくんって仲良しだったアランくんとは違って……誰かに遠慮して独りでいることが多かったから」
「他人との接し方がわからないんだ。よく『感情のない奴だ』と言われていたし、自分でもそうだと自覚している」
「そんなことないと思うよ。ルドガーくんは優しんだと思う。きっと誰も傷つけたくないから……ごめんなさい。勝手なことばかり言って……でも、私は学生の頃からずっとそう思っていたから」
「……いや、いいよ。そういう風に言われたのは初めてだけどな」
俺は素っ気ない口調ながらも、この時ティアの言葉が何気に嬉しかった。
あれからテストパイロットをティアに引き継いだ。
もう俺はお役目御免と思ったがそうではなかった。
ヴィクトルさん直々に6号機“メタトロン”の実戦テストが終わるまで、彼女を支えるように頼まれたからだ。
なんでもティア本人がそれを望んでいるらしい。
恩のある人からの依頼と不安がっていた彼女の意向を汲み取り、俺は引き受けることにする。
そしてティアに
俺にとって高嶺の花のような子と交流。
決して表面に出すことはなかったが、当時はガラにもなく心躍らせていたのかもしれない。
そして最終試験前。
6号機のコックピット内で俺はティアに指南をしていた。
「――普通に操作する分には問題ないだろう。だが色々と詰め込んだせいで、OSの容量が不足しているという問題もある。各兵装は一つずつ使うんだ。コバタケ博士の指示通りにやればいい」
「……うん、実験機だということを忘れないことだね」
「そうだ。どうした、怖いのか?」
妙に暗い表情を浮かべるティアが気になり聞いてみた。
彼女は首を横に振って見せる。
「ううん、違うよ……ルドガーくんって付き合っている子とかいないのかなって……」
まるで関係のないことを聞いてきた。
軍隊なら指摘もするだろうが、人員不足の保険代わりで軍属に籍を入れてこそいるが、ティアは一般人と変わらない。
俺は素直に答えることにした。
「いや、いない。たまに声を掛けられるが断っている。こういう淡泊な性格だからな。一緒にいてもつまらないだろ?」
「そんなこと……だったらね。この最終テストが終わったら……そのぅ、私と付き合ってほしいの」
「付き合う? 交際って意味か? 俺がティアと?」
俺と問いにティアは顔を伏せ無言で頷く。
耳元まで真っ赤に染めながら。
「いいよ。こんな俺でよければ……だ」
そう単調な口調で答えた。
普通なら胸を高鳴らせ緊張しながら返答するのだろうが、俺にはそれはない。
たとえ仲間が戦死しても
つねに割り切り冷めた気持ちでいる……それが俺という人間だ。
そんな俺が何故この時彼女を受け入れたのか、正直今もわかっていない。
ただ、ティアといれば俺の何かが変わるかもしれないし変わってみたい……この時はそう思えたからだ。
俺の返答に、ティアは大きな碧い瞳に涙をいっぱいに溜め潤ませる。
つぅと大きな粒が柔肌の頬に伝って零れ落ちた。
「嬉しい……ありがとう、ルドガーくん」
プシュ
不意にコックピットのハッチが閉まる。
ティアが操作したようだ。
「ティア、何故ハッチを閉めるんだ?」
「ルドガーくん……ちょっとだけ顔を近づけてもらっていい?」
「ん?」
ティアの言われた通り、顔を近づけてみる。
すると彼女は飛びつくようにしがみつき、俺の唇に向けてその形の良い唇を押し当ててきた。
初めて交わす口づけに、俺は胸の中心に温かい疼きを感じる。
心の奥で何かが芽生え始めている……そう実感した。
「……ティア?」
「ごめんなさい……でもこれで勇気を貰えたから。ルドガーくん、ありがとう……大好きだよ」
ティアの素敵な笑顔が、俺の視界に広がっている。
優しくて綺麗な子だ……心からそう思えた。
ティアと共に歩めば、俺は変われるかもしれない……人並みの感情が芽生え、彼女を愛するようになるだろう。
この時まで、そう夢を見ていた。
しかし――6号機“メタトロン”が暴走し、
当時、実験に携わっていた俺は愕然とショックを受けた。
しかし涙が出ることはなかった。
心の中でスイッチが入り割り切ったからだ。
これは事故だ。だから仕方ない――と。
一時にせよ、恋人になろうとしていた女性が忽如いなくなったってのに……俺って男は。
やはり俺は変われない。
一生、心が乾いたまま独りで過ごしていくのだろう。
それならそれで構わない。
自分の与えられた役割を果たすまでだ。
――
その為に
ヘルメス社も6号機の実験は失敗に終わったが、すぐに立て直し7号機の改装と新たな制作に着手したと聞く。
その頃、同期であるロートとアランがパイロットとして頭角を現す中、同じく戦果を上げていた俺はエウロス艦隊に引き抜かれる形で移動となり現在に至っている。
ゼピュロス艦隊から離れる際、ヴィクトル氏から俺に対してこれまでの礼と謝罪の言葉があったが、「ティアの件であれば気にしないでください。どうか地球にいる彼女の家族を支えてあげてください」と言葉を告げて、父親のような恩人と別れを告げた。
あれから現在。
“サンダルフォン”6号機、“メタトロン”は再び俺の前に現れた。
俺とティアの因縁めいた、何かを感じさせながら――。
───────────────────
〇サンダルフォンの開発経過
本編の第12話でイリーナが言った通り、“サンダルフォン”は今の7号機しか存在しない。
したがって1号機から5号機までは、AG(アークギア)としてパイロットが搭乗できるようにし、霊粒子動力炉(エーテルリアクター)や推力噴射装置(スラスター)の搭載など、成功と失敗を繰り返しながら実験段階として完成に近づけるため区分された意味合いが込められていた。
但し6号機だけは事情が異なっており、上記の記載通り“サンダルフォン”の生体機能部分を培養しコピーしたレプリカ(偽物)である。
より実戦データを獲得するために本機に近づけた試験機だった。
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