Episode:3 ルドガーの過去
「ルドガー大尉、星10おめでとうございます!」
艦長室から出ると、オペレーターであるヨナが立っていた。
両腕で大事そうにタブレット端末を抱えているところを見ると、何やら艦長への報告があるらしい。
彼女が言う「星10」とは、
「軍曹、別に大したことはしていないさ。このチームがあっての勝利だ。俺一人では斃すのが困難な相手ばかりだろう」
「大尉は相変わらず謙虚ですね。そこがいいんですけど……フフフ」
ヨナは柔らかく微笑む。東洋人らしい丸みのある端正な美貌。
スタイルも良く、当然ながら彼女に憧れるファンも多い。エウロス艦隊のAGパイロット達の間でもマドンナ的存在であった。
「ちょっと、ヨナ軍曹ッ! あたしの隊長にちょっかいかけるのやめてくれます!?」
エルザが俺の前に出て睨みを利かせてきた。
彼女は他の女性が俺に近づいてくると、決まって噛みつこうとする。
地味に「あたしの隊長」って言っているのが気になるけどな。
「エルザ少尉こそ、いちいち大尉を独占しようとするのはどうかと思いますが!?」
ヨナも負けずに言い返した。
彼女の方が年上だが、階級はエルザの方が上なので普段から敬語を使っている。
「独占じゃありません! 敬愛です! あたしは誰よりもルドガー隊長を上官として心から信頼し敬っているんですぅ! 下心見え見えの大人なんかに負けないわ!」
「誰が下心見え見えですか!? こっちこそ、貴女のような跳ねっ返り娘になんかに負けないんだから!」
マズいな……エスカレートし始めたぞ。
この二人はどうも相性が悪い(他人事)。
「やめないか、二人共。艦長室の前だぞ!」
てか絶対に、艦長には聞こえていると思うけどな。
俺が叱責すると、エルザとヨナは「はい、すみません……」と反省する。
「……それじゃ、大尉。失礼します」
ヨナは艦長室へと入って行った。
俺の背後で、エルザが「べーっ」と舌を出して見せている。
「いい加減にしろ、エルザ少尉……やれやれだな」
「モテる男は辛いですな~、隊長ぉ」
黙って見ていた、リックが揶揄してくる。
ニマァといやらしい笑みを浮かべていた。
「別に辛くはない。いちいち疲れるがな」
俺はきっぱり言い切ると、エルザは「ガーン!」とショックを受けていた。
そしてすかさずリックの腹にグーパンを叩き込み、「隊長に余計なこと言うな、このチャラ男!」と怒声を浴びせていた。
ちなみにこの子は俺以外の若い男には暴力的である。AGパイロットだから気が強いのは仕方ないだろう(他人事)。
「大丈夫か、リック少尉?」
俺は蹲るリックの背中を擦ってやる。
「ぐほっ、はい……この女、いつか泣かしてやる!」
「まったく、いちいち騒ぎを起こすな。隊長も若いパイロットには厳しく指導しなければいけませんぞ」
老兵パイロットのユイバンが俺を窘めてくる。
「すまない中尉。善処しよう……」
俺は反省の色を見せ、指先でサングラスの位置を直した。
老兵から目を背ける。
ユイバンの言うことはいつも的確だ。人生経験が豊富なだけに、彼の言葉には重みがある。
したがって、エルザとリックも彼には一目置いているようだ。
事実上、ガーゴイル隊の副隊長と言ってもいいだろう。
俺もユイバンを信頼し背中を預ける一方で、内心では密かに苦手意識を持っていた。
別に嫌とかではない。寧ろ人柄も良く気さくでいい奴だと思っている。
ただ時折、ユイバンが俺を見る「眼差し」が気になって仕方なかった。
記憶の底にしまい込んでいる「奴ら」に似ていたからだ。
断片的に過る白衣姿の男達……。
何故か幼い俺を牢獄のような狭い部屋に閉じ込め、ずっと監視していた連中……。
――俺は12歳以前の記憶がほとんど消されていた。
この俺、ルドガー・ヴィンセルには12歳頃まで過去の記憶がほとんどない。
ごく稀に思い出しても、夢などで見る断片的な部分としてだ。
だが生まれた場所はわかる。
――地球
その青き大地で、幼い俺はある組織に保護された。
宇宙最大の軍需企業である「ヘルメス社」。
代表取締役にて社長である、ヴィクトル・スターリナ氏によってだ。
髪の毛から皮膚に至るまで全身が真っ白であり、当時はまだ歩いていたがいつも杖を使用しており枯れ木のような老人であった。
ヴィクトル氏が言うには、俺は地球に潜伏する『とある反政府勢力の組織』に拉致され、研究施設のような場所で他の子供達と共に非人道的な実験を受けていたらしい。
保護された俺はヘルメス社が提携する教育機関に預けられ、そのままコクマー学園の中等部へと進むことができた。
俺の生活面や学費面など全てヴィクトル氏が工面してもらい、現在に至っている。
したがって、スターリナ家は俺にとって大恩人だと言えた。
俺はヴィクトル氏に恩を返すため、高等部に入ってから間もなくしてヘルメス社の事業を手伝うようになった。
――
当時開発中だった、“サンダルフォン”のテストパイロットとして携わり、もう一人のテストパイロットと共にデータ収集に貢献した。
あのまま順調なら、今の「7号機」のパイロットは案外、俺に抜擢されたのかもしれない。
4年前、あんな事故さえなければな……。
しかし何故、ヴィクトル氏は俺に対してそこまでしてくれたのか。
以前から彼は俺に興味を抱いていたからだ。
お互いある共通点があったから――
ジリリリリ。
目覚ましのアラーム音。
あれから数日後。
前回の戦いで活躍した俺は艦長の計らいで休日を貰っていた。
しかし逆に暇を持て余してしまう。
世間では遊び盛りとする22歳とはいえ、独り身。特にすることもないので自宅では寝ているか、読書をしているかの二択だ。
まぁ寝ても、昔の記憶に基づいた因果な夢しか見ないのだけどな。
俺はベッドから起き上がり、洗面所で顔を洗う。
ふと鏡に映る自分の顔を見つめた。
「……今日も目が赤いな。いっそカラコンでも入れるか?」
常にサングラスをしている理由がここにある。
俺はヴィクトル氏と娘であるイリーナ嬢、彼らスターリナ家と同じ瞳の色を持つ。
鮮血に染められたような双眸――赤い瞳。
どうやら俺は遺伝子を操作された節があるようだ。
おそらく、この黒色と白色が混じった灰色の髪もそれが影響しているのだろう。
果たして、それが何を意味しているのかわからないが……。
ヴィクトル氏の助言もあり、普段からこの瞳を隠すようにした。
軍には「先天性による目の異常」という理由で特別に認めてもらっている。まぁ、ヘルメス社の後ろ盾もあったようだが。
ヴヴヴヴヴっと携帯端末が鳴った。
部下のエルザからの着信だ。
「俺だ。どうした少尉?」
『お、おはようございます、ルドガー隊長。今日はお暇ですか? であれば、是非あたしと映画なんかを……ごにょごにょ』
最後、口籠り何を言っているのかわからない。
この子は何かと俺を誘ってくれる。面倒な時は理由をつけて断っているが……まぁ暇には違いない。
「ああ、たまにはいいかもな――ん?」
俺は携帯端末に別の着信が入っていることに気づく。
「……残念だ、エルザ少尉。また次の機会になる。
『ええええーーーっ!!!』
エルザは不満気に声を荒げる。
ええ、じゃないつーの(笑)
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