Episode:1 ディオスクロイ




 西暦2147年。


 外敵宇宙怪獣FESMフェスムの地球への侵攻を阻止するため、太陽系に展開された『絶対防衛宙域』。


 この橋頭堡を死守するために誕生した、人型機動兵器AGアークギアが誕生して、おおよそ二年が経過していた。


 AGアークギアを開発した超大手軍需産業ヘルメス社の恩恵を直に受け、第四艦隊ことゼピュロス艦隊では、最新鋭気の試作機や新たな量産機など導入し、強力なFESMフェスムに対しても確実な戦果を上げている。


 一方で他の艦隊は未だ旧式と言える量産機“エクシア”での戦いを余儀なくされていた。

 それでも数年前は霊粒子エーテルすら存在しておらず、宇宙用の戦闘機で特攻当然の戦法で奮闘していた時代だ。

 AGアークギアを与えられているだけ、まだマシな方だと思わなければならない。


 そして最近ではヘルメス社以外の企業もAGアークギア用の武装やパーツなど精力的に開発をしており、中でもガルシア財閥が経営する「グノーシス社」は存在感を増していた。


 特に我ら第三艦隊エウロス艦隊のAGアークギアパイロット達は、エクシア機を限界までカスタマイズすることで、たとえ最高位とされる爵位FESM級ロイヤルだろうと臆することなく戦っていた。



『ルドガー大尉、“ディオスクロイ”の出撃準備完了です! いつでも出せます!』


 俺はコックピットのシートに座り、コンソールパネルを操作しながら機体状態をチェックする。


 メインモニターのウィンドウからオペレーターが顔を覗かせた。

 彼女はヨナ・ティエン。綺麗な顔立ちをした東洋人の女性だ。


「――了解した。ヨナ軍曹、敵は本当に“ベリアル”なのか?」


『はい、間違いありません。あのノトス艦隊を殲滅まで追い込んだ、深紅の堕天使グレゴリルです。ゼピュロス艦隊の“サンダルフォン”がようやく勝てた相手ですのでどうか気を付けてください』


「……俺の同期である、ロート・オーフェンを殺した敵か……別モノだが、憂さ晴らしには丁度いいかもな」


『は、はい?』


「なんでもない――“エクシア・ディオスクロイ”、ルドガー・ヴィンセル出る! ガーゴイル隊、遅れるな!」


 俺が言葉に、部下達が「了解ッ!」と無線越しで威勢の良い返答が聞かれる。


 同時に出撃ランプがゼロを示し、俺が駆る機体がカタパルトから射出された。


 ――それは人型機動兵器という概念から逸脱したAGだ。


 “エクシア”2機分の霊粒子動力炉エーテルリアクター霊粒子推進機関エーテルエンジンを強引に組み合わせた長く大きな胴体であり、おかげで頭部が小さく見える。


 両腕部に巨大な重装盾シールドを取り付け、長砲身型のライフル二丁を携えていた。背部にはミサイルランチャーやギミック式のバズーカ砲など、ありとあらゆる武装を限界まで装備され、長い棒状の増加燃料プロペラントタンクが背面側各所に突き刺さっている。

 もっとも歪で異形と言えるのは脚部を排除し、代わりに組み込まれ2基の大型推力噴射装置スラスターだろう。


 完全に“エクシア”機の原形を留めておらず、AGの枠組みすら外れている。

 低スペックの量産機を限界以上にカスタマイズし、重武装かつ高速機動を実現したモンスターマシン。


 それが俺の駆る機体、型式番号:HUM-W00C


 “エクシア・ディオスクロイ”である。

 

『ガーゴイル隊、間もなく攻撃ポイントに入ります。敵“ベリアル”、他のFESMフェスムと同様にAG部隊と交戦中。データ通り、その異常な速さで僚機を撹乱しつつ撃破され、被害が拡大しております。ルドガー大尉、くれぐれも気をつけてください!』


 オペレーターのヨナからの状況報告。


 FESMフェスムの中でもエース級の『堕天使グレゴリル』として登録された、“ベリアル”。

 圧倒的な超機動戦闘によるヒット&アウェイ戦法と得意とし、たった1体でノトス艦隊を壊滅寸前まで陥れ、ゼピュロス艦隊すら大打撃を受けたと言う。


 あのヘルメス社の黒騎士“サンダルフォン”ですら、二度に渡り苦戦しながらようやく勝てた強敵である。


「了解した! 各機、これより『漁』に入るぞ! “ディオスクロイ”で敵を目標ポイントまで誘い込む! 貴官は《ステルス・コーティング》を施し漁網を仕掛けてくれ! いいか、絶対に戦闘に参加するなよ!」


『はい! あのぅ、隊長……』


「なんだ、エルザ少尉?」


『いえ、どうか気を付けてください!』


「無論だ。リック少尉とユイバン中尉もぬかるなよ!」


『うぃ~す、隊長!』


『問題ありません。戦線復帰早々の大物で心躍りますぞ!』


 部下達から威勢の良い言葉が飛び交う。

 どれも武装から推力噴射装置スラスターに至るまで各部位を補強し、カスタマイズされた“エクシア”機だ。

 さらに機体の装甲には、グノーシス社の試作装備ステルス・コーティングが施されている。

 これは光学迷彩により、一定時間に機体を周囲の景色と同化させ、敵の目を欺くための技術で隠密性に特化したシステムだ。


 AGアークギア同士ならレーダーで互いを認識できるが、FESMフェスムにはその機能がない。

 連中はもっぱら視覚、あるいは触手による触覚で相手を認識する習性がある。

 

 俺達、ガーゴイル隊はそこを突く――。



 間もなくして、メインモニターから赤い光輝を発した線状の残像が映し出された。

 あまりにも高速で鋭角な鮮やかな動き。まるで宇宙というキャンバスで何かを描いているような芸術性すら感じてしまう。


 細く人型っぽい翼の生えた深紅のFESMフェスム

 間違いない、“ベリアル”だ。


「こいつはロートを殺した“ベリアル”じゃない……だが同タイプのFESMフェスムである以上、同じと見立ててやる!」


 同期であるロート・オーフェンは俺にとって数少ない親友の一人だった。

 その温厚で紳士的な性格とパイロットとしても確か腕前から、『赤き聖騎士レッド・パラディン』と異名を持ち、周囲からも慕われ敬われている男だ。


 訓練生時代も孤立する俺に真っ先に声を掛け、もう一人の親友とよく三人でつるんでいた。

 腫れ物扱いされていた俺が、こうして真っ当なパイロットをしているのもロートが導いてくれたと言っても過言ではない。


 そのロートが“ベリアル”の凶刃で撃ち墜されてしまった。

 しかも最初に撃破されたらしい。

 エウロス艦隊のパイロット達の間でも、その話題で持ち切りとなり衝撃が走った。


 だが一方で、


「ゼピュロス艦隊のエースと謳われていたが、その程度か?」


「しかも新型機を与えられた上だよな? 『赤き聖騎士レッド・パラディン』が聞いて呆れるぜ」


「結局はヘルメス社の“サンダルフォン”1機で墜としたらしい。黒騎士に依存しずぎてゼピュロス艦隊のパイロットの質が低すぎるだけだろ? 恵まれた環境だけに」


 などと冷ややかな声が聞かれている。


 確かに、ロートも油断があった。

 当時の“ベリアル”も未知のFESMフェスムだけにそれは事実だろう。


 だが後々に調べたところ、原因はそれだけじゃなかったようだ。

 

 ――ロートは他のAGアークギア機を庇い、自ら“ベリアル”を受けて撃墜された。


 そのAGアークギアに乗っていたのは、以前からロートが付き合っていた恋人の女性パイロットだったようだ。

 恋人を守るために咄嗟に身を挺するとは、如何にもロートらしいが死んでしまったらナンセンスだ。

 結局、恋人パイロットは無事に生還することはできたが、ショックのあまり軍を辞め地球に降りてしまったらしい。



「は、速い!」


「これが“ベリアル”――うぐわぁぁぁ!」


「来るなァ! 来るんじゃねぇぇぇ!!!」


 無線越しでパイロット達の悲鳴が木霊している。


 “ベリアル”は得意のヒット&アウェイ戦法で僚機の“エクシア”を翻弄し撃破していた。


「――これ以上は好きにやらせんぞ!」


 今こそ友の仇を討つ時だ。




───────────────────



〇エクシア・ディオスクロイ


 型式番号:HUM-W00C


 平均全高:28,3m(両脚部のスラスターを含む)

 平均重量:本体重量24,5t

 全備重量:47t~(追加外装、装備により異なる)


 ルドガー大尉専用のカスタム機。

 通常のエクシア2機分の霊粒子動力炉エーテルリアクター霊粒子推進機関エーテルエンジンを強引に組み合わせた異形の胴体に、下半身はグノーシス社製のスラスターを搭載させた、ほぼ人型の形を成していない高機動型の魔改造仕様となっている。


※型式番号の意味:W=2機分のAG 00=製造順番不明 C=カスタム機


※ディオスクロイとは、ギリシア神話に登場する双子の兄弟カストールとポリュデウケースを意味する。


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