第100話 魔眼SASシステム
『これより約300km先、既にホワイトホールが展開され、
「了解した」
ホタルが今回に限り“カマエルヴァイス”のOSとして、パイロットのレクシーに情報を伝えている。
いつも俺が間近でやり取りしているだけに、なんだか複雑な気分だ。
まるでホタルを取られちゃったようで、どこか寂しく感じてしまう。
けどまぁ、今の俺に焼餅を焼く資格すらないのだが……。
「ねぇカムイ、昔のように頭も撫でてよぉ。ん、ん……気持ちいい」
「こっちもよ、カムイ君。もっと強く手を握ってくれないと、お姉さん。その可愛い耳朶を噛んじゃうぞぉ」
イリーナとシズ先生の二人が、やたら俺に甘えてくる。
このまま彼女達のリミッターが外れてしまい、俺の身が危ないような気がしてきた。
みんなが頑張って戦う時にと気が引けるも、自己保身のため従うしか術はない。
特に
「……うん。カムイ君、大分落ち着いたみたいよ、イリーナちゃん」
ふとシズ先生が俺から離れて行く。
「え?」
「まったく、世話の掛かるエースパイロット様だわ……」
イリーナも起き上がり身形を整え始めた。
なんだ一体……突然、どうしたんだ?
俺は急変した彼女達の様子に戸惑いつつ、二人を見比べる。
すると、シズ先生が自分の携帯端末を手にし、パネルから何かの波形グラフを表示させていた。
「シズ先生……それは?」
「カムイ君の脳波の波形よ。最近、多忙もあってか乱れが異常に酷かったからね。少し前は落ち着くのも早かったけど、疲労とストレスが蓄積されるうちに間に合わなくなったと分析しているわ」
「まぁ、色々とあったからね……それで?」
「ホタルちゃんのデータから、カムイ君の脳を落ち着かせるには、『セロトニン』が最も有効だと判明したのよ。つまり幸せホルモンね」
あ、ああ……心と身体を安定させる働きを持つアレか。
けど“ベリアル”との再戦前、桜夢に背中から抱きしめられたら、セロトニンが異常分泌すぎて生体リズムの活性に支障が見られると、ホタルに言われていた。
あの時は、脳内が異常活性化しているからだと思っていたけど……。
「勿論、物事には程度ってものがあるわ。カムイの場合、過剰すぎるとかえって体に影響しちゃうから、シズに計測してもらったのよ。落ち着くのを見計らい行為をやめれば、毒薬も良薬になるって寸法よ」
イリーナの説明でなんとなく、彼女達の思惑がわかってきた。
「……つまりだ。今までの密着行為は治療の一環か? 俺の脳を落ち着かせるための?」
「そういうことよ、カムイ君。半分は私の願望もあったけどね……久しぶりに胸がキュンキュンしちゃったわ」
「ホタルが得た過去のメディカルデータを照らし合わせ、カムイが何に最も幸せを感じるか考察した結論よ。鈍感の癖にこのムッツリスケベ……」
イリーナが頬を染めて、こちらをチラ見しながら形の良い唇を尖らせている。
そう言う割には、お前も要求やら催促して、思いっきり俺に甘えてきたじゃないのか?
と言ってやりたいけど脳波がグラフ化されている以上、ぐぅの音も出ない。
どうやら俺って、これまでも女の子とイチャコラすることに、最も幸せを感じていたようだ。
う、うむ。思い当たる節が多すぎて否定できないんですけど……。
言われてみれば、頭の痛みと違和感が消失している。
気が抜けたからか、何か全身がすっきりした賢者タイムだ。
シズ先生が考案した、「イチャコラ・アップダウン療法」が功を奏したのか……けど、そんなんで頭痛が治まるなんて認めたくねぇ。
ようやく解放されたのに、とても複雑な余韻を残した俺は、せめて真面目を装いモニターを眺める。
ここからは純粋な気持ちで、レクシーと桜夢の戦いを応援することにした。
他のAG部隊より、遥か前方を高速で移動する“カマエルヴァイス”と“アナーヒターSP”の2機。
どうやら先陣を務める役割のようだ。
その後方には、“デュナミス”機を乗せたエアバイク型の“ガルガリン”10機が編成を組んで移動している。
『――レクシー教官』
『星月、レクシーでいい。今の私は一パイロットだ』
『では、レクシー少尉。先制攻撃はわたしに任せて頂いてよろしいでしょうか?』
『例のシステムを使うのか……わかった、任せよう! 星月、遠慮なくやってくれ!』
『了解ッ!』
気迫が込められた桜夢の返事と共に、“アナーヒターSP”は
そんな彼女達の会話を、俺は管理モニターを眺めつつ首を傾げた。
「イリーナ、例のシステムってなんだ?」
「――《SASシステム》。“アナーヒターSP”に搭載された特殊システムよ」
おいおい、またヤバそうなのが出てきたぞ。
「それも、俺の脳を模した怪しいシステムなのか?」
「ん? 《
「そうね。けど、サクラちゃん……そっちの練習はまだしてない筈だから、まだ『六つの眼』と連動ができないと思うわ」
「シズ先生……六つの眼って何?」
「サリエルの魔眼よ、カムイ――」
イリーナは言い切ると「まぁ、黙って見てなさい」と付け加えた。
前線を疾走する“アナーヒターSP”。
まだ敵は遥か遠く、メインモニターに映されていない。
『――《SASシステム》発動ッ! 《サリエル・スポッター》射出ッ!』
桜夢の音声入力とタッチパネルのコマンド入力により、特殊システムは作動する。
“アナーヒターSP”の背部上段に装備された2基のコンテナから、計6機の小型端末機が発射された。
その形状は、“サンダルフォンMk-Ⅱ”の《ミラージュ・エフェクト》、あるいは“プリンシパリティ”の《ナイトゴースト》に似た小型兵器だ。
《サリエル・スポッター》は俊敏な動きで飛び交い、高速に前方へと突進した。
“アナーヒターSP”はその場で停止し、装備された
――瞬間、桜夢は瞳を閉じた。
が、
「う……ぐぅ」
ヘルメットのバイザー越しで眉間に皺を寄せ、何やら苦しそうに顔を顰めている。
その光景を観ていた、シズ先生は「いけないわ!」と叫んだ。
「サクラちゃん! まだ六つも同時に見るのは無理よ! まず視覚情報を一つか二つに集中しなさい! いいわね!」
『は、はい!』
シズ先生の指示で、桜夢は深く深呼吸をする。
次第に彼女の表情が和らぎ落ち着きを見せ始めた。
「一体、桜夢に何が起こっているんだ?」
「同時に6機の《サリエル・スポッター》を操ろうとした反動でパニックを起こしかけたのよ。流石に訓練しないと、一度には不可能だわ」
イリーナが答える。
「《サリエル・スポッター》? あの小型の攻撃兵器のことか? あれは一体なんなんだ?」
「正確には攻撃兵器じゃないわ。高精度を誇る索敵用のガンカメラよ――《SASシステム》とは、あの《サリエル・スポッター》が狙いを定めた
「それも新型のナノマシンか? シズ先生が考案した……」
「そうよ、カムイ君。けどサクラちゃんにも言ったけど、相当練習しないと一遍に六つのガンカメラを標的に捉えるのは難しいわ。今の彼女のような不具合が発生し、脳がパニックを起こすこともあるのよ。特に戦闘中だと致命的になりかねないでしょうね」
シズ先生の言う通りだ。
あのまま実行していたら、桜夢は戦えない状態になっていたかもしれない。
そうなれば逆に的になるのは彼女の方だったってわけか。
やっぱりシズ先生は優秀な医師だ。見極めが的確だと思う。
「“アナーヒターSP”自体、急ピッチで仕上げた機体だから仕方ないわ。けどサクラの操縦センスなら、すぐに馴染むでしょうね。今のままでも十分に戦える筈よ――」
イリーナは断言する。
俺も頷き、桜夢の力を信じることにした。
ドォォォォォン! ドォォォォォン!! ドォォォォォ――ン!!!
“アナーヒターSP”の狙撃による遠距離攻撃が放たれる。
それは通常の
戦艦の主砲を想起させる
しかも連続して3発も発射させるとは……。
俺達が眺めるモニターに戦果が表示された。
───────────────────
《設定資料》
〇SASシステム(サリエル・スポッター:Sariel Spotterの略)
“アナーヒターSP”に搭載されたインターフェイスの特殊システム。
背部に装備された2基のコンテナから、合計6機の高精度ガンカメラを搭載した
一度でも照準に捉えた標的は完全
そして狙撃する際はパイロットの意志に機体の自動型補助駆動システムが反応し、0.01刻みでチューニングを行うため、如何なる高機動を誇る
これら機能も相俟って遥か遠距離にいる敵から何かしらの手段で身を隠す敵など、斥候や索敵・追跡など偵察任務にも適している。
また《ミラージュ・エフェクト》と同様に
※サリエル=邪視(魔眼)を持ち、霊魂を監視する役目を持つ大天使。名は「神の命令」という意味がある。スポッターは補助者役を意味する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます