第98話 女子達の覚悟と決意




「ちょっと、そこの特務大尉さん。うるさいんですけどぉ! 整備員の迷惑になるからやめてもらえるかしら?」


 イリーナが何食わぬ顔で現れた。

 俺は伊達眼鏡を外し、キッと彼女をひと睨みする。


「社長さん、お言葉ですけど……アンタにはやって良い事と悪いことの分別がつかないようっすねぇ!?」


「何よ……怒っちゃって。カムイを放置したこと? それとも“Mk-Ⅱ”を置いてきたこと?」


「両方だっつーの! 俺が出撃しないで誰が出撃するんだよ! 一体何を考えているんだ!?」


「色々と考えているわ。だからこそヘルメス社代表取締役として、我が社のAGアークギア開発と発展のため、あえて“Mk-Ⅱ”を使用しないよう入念の体制で準備してきたのよ!」


「入念の体制だって?」


 イリーナの言葉に俺は眉を顰める。

 不意に彼女は指をパチンと鳴らした。

 

 すると背後の入り口から、三人の女性が入ってくる。

 その姿に俺は唖然と見入ってしまう。みんな顔見知りなのに、今の状況だと逆に違和感しかない面子ばかりだったからだ。


「……さ、桜夢? それにレクシー先輩にシズ先生まで……どうしてここに?」


 彼女達に問いながら、何気に桜夢とレクシーの姿に疑念を抱く。

 二人ともヘルメス社用のアストロスーツを着用している。デザインは俺が使用するスーツとほぼ変わらない色違いだ。

 桜夢は薄ピンク色ことベビーピンク、レクシーは純白色である。


 唯一シズ先生は普段通りの恰好で、胸元がぱっくりと開いた服に白衣を羽織っている。


「桜夢はヘルメス社の社員だから問題ないでしょ? レクシーさんは臨時でお願いしてバイト扱いで雇ったのよ。テストパイロットとしてね……古鷹艦長には了承済みよ」


「てことは、例の“カマエルヴァイス”か? 桜夢はまさかの“プリンシパリティ”?」


 しかし“プリンシパリティあれ”は複座型だ。もう一人パイロットが必要の筈だけど……。

 俺の問いに、イリーナは首を横に振るう。


「違うわ、新型の試作機よ。以前、話したわよね? “Mk-Ⅱ”の支援機を急ピッチで仕上げているって。完成したから、サクラに乗せるのよ」


「随分軽く言うな……どんなAGアークギアなんだよ?」


「あとで見せてあげるわ。安心しなさい……サクラのために造られたような機体よ。戦況によっては、“Mk-Ⅱ”よりも脅威の性能だわ」


 はっきりと言い切る、イリーナ。ただの新型じゃないってのか?


「まぁ、イリーナが断言するのなら信じるけど……んで、シズ先生は?」


 彼女は国連宇宙軍の軍医だけど、あくまで校医であり病院務めの医師だ。

 正体はヘルメス社の工作員とはいえ、戦艦に乗船していることに違和感を覚える。


「私はレクシーちゃんのメディカルサポートで呼ばれたのよ」


 シズ先生は艶やかに微笑み、レクシーの背後から抱きついて顔を寄せている。

 ついドキっとしてしまったが、一方のレクシーは「う、うむ……」と複雑な表情だ。


「レクシー先輩のメディカルサポート?」


「そうよ、カムイ。今回の戦闘に限り《KABRAカブラシステム》の使用を許可しているからね。前回そこの『リム』から聞いているわよね? まだ人間で試したことがないシステムだから、初の実戦投入を兼ねて専門医であるシズを呼んだのよ。システム専用のナノマシンを考案したのも彼女だからね」


「シズ先生が?」


 イリーナの返答に、俺は首を傾げる。


「あくまで医師としてよ。でも、ある意味で倫理に反しているのは確かね。悲しいけど人類を守るための戦いだから……綺麗ごとばかりじゃ勝てないってことよ、カムイ君」


「それはわかるけど……シズ先生、そもそも《KABRAカブラシステム》って何なの?」


「KAMUI・BRAINの略称よ。簡潔に言えば、AGアークギアのリミッター解除と連動して体内の『特殊ナノマシン』が作動し、パイロットを一時的にカムイ君と同じエースパイロットにしちゃう強化システムよ」


「お、俺と!?」


 マジかよ! なんか思いっきりヤバイじゃん!?

 つーかKAMUI・BRAINって、もろ『カムイ脳』ってことだろ?


「理論上、《ヴァイロン・システム》と同じ能力を発揮するわ。並みのパイロットじゃ、あんな動きは不可能でしょ? レクシーさんも優秀だけど、普通じゃ乗りこなせないわ……だから苦肉の策で造ってみたのよ。彼女がカムイの代わりに戦ってもらうために……AIのサポートとして、今回はホタルを借りるからね」


 イリーナの説明で、俺はようやく理解した

 加えて強力な新型機による桜夢のフォローと、万一に備えてシズ先生のメディカルサポート……確かに万全を期していると思う。


 少なくても自爆すら余儀なくしてしまう、グノーシス社の《キシン・システム》より大分マシだ。


「……けど、レクシー先輩はいいんですか? はっきり言えば人体実験ですよ、これ?」


 俺の言葉に、レクシーは優しく微笑んで見せる。


「うむ、長門先生から初めてカムイの強さの秘密というか……キミの症状について聞かせもらった。これまでのことを振り返り、ようやく理解したよ。だからこそだ……今回の戦いでは、キミは出撃しない方がいい。私については、その為の代役だと思ってくれ」


「いや、でも……」


「だからカムイを置いて行きたかったのよ……貴方、優しいからね。状況を理解しつつも煮え切れず、そうやってグチグチ言い出すでしょ? 言っとくけど、今回に関して私は話を通しただけで何一つ強制してないからね! レクシーさんもサクラもシズも、みんな全て承知した上で乗船しているのよ!」


 イリーナは強く断言しながら、彼女達をチラ見する。

 レクシーと桜夢、それにシズ先生も同調し力強く頷いた。


「そうだぞ、カムイ。私は大丈夫だ。こうして多くのスタッフがサポートしてくれる。それにもう一度、“カマエルヴァイス”に乗れて心が高揚しているくらいだ」


「わたしもできる限りフォローはするよ。その為に新型の支援機だからね。さっきまでチュートリアルを受けたけど、本当に凄いAGアークギアだよ」


「カムイ君、医師としてレクシーちゃんには無理をさせないようにするわ。ホタルちゃんもいれば遠隔で彼女に指示も送れるからね」


『とはいえ“ツルギ・ムラマサ”の例もありマス。万一、機体が暴走するようなら、強制的に霊粒子動力炉エーテルリアクターをシャットダウンさせ、可動停止させる機能も“カマエルヴァイス”には組み込まれてイマス』


「事前にホタルにはセキュリティコードを教えてあるわ。私とシズの任意で機動停止させることもできるから。あくまで最終手段だけどね」


 彼女達の説明を聞き、俺は「そうか……」と理解を示す。

 どうやら、ここにいる全員が強い覚悟を持っていることがわかった。

 だとしたら、今の俺がどうこう反対する立場じゃない。


 唯一伝えたい言葉といえば……。


「……わかったよ。ありがとう、みんな……俺を休ませるために色々配慮してくれて。今回は甘えさせて頂くよ」


 彼女達への感謝の気持ちだけだ。


「ああ、カムイ、どうか任せてくれ。これは人類の存亡を懸けた皆の戦いだ……キミだけが背負い犠牲にしていいことは決してない」


「はい、レクシー先輩……けど、無茶だけは絶対にしないでください。そこだけは約束ですよ……桜夢もな」


「わかった、心に留めておくよ」


「うん、ありがとう、カムイくん。行ってくるね」


 それからレクシーと桜夢の二人は、整備員の案内で各自が搭乗するAGアークギアへと向かった。


 何故か桜夢が乗る機体は見つからないと思ったが、どうやら他のAGアークギアより特殊な形をしているため、専用のスタンドがないと重力下では立位が保てない仕様らしい。

 一体どんな新型AGアークギアなんだ?



「――じゃ、カムイ。そろそろ私達も行くわよ」


「イリーナ、行くってどこにだ?」


「私専用の待機室よ。そこで戦況の観戦ができるわ。二人が搭乗するAGアークギアの状況もホタルを介して、リアルタイムで全てわかるわよ。シズも医師として一緒に同行するからね」


 なるほど……至れり尽くせりか。

 流石だな。グノーシス社より、ちゃんと緊急体制が整えられている。

 案外、ライバル社の失敗を教訓にしているのかもしれない。


 こうして俺達は格納庫ハンガーから離れていく。


 ぽつんと、整備班のリムだけを残して。

 顔を隠していてよくわからないが、彼女は何か深く溜息をついているように感じた。


(はぁ……イリーナ様ったら、やれやれですね。素直にカムイ様の負担になるから出撃させないよう必死で手配したと言えばいいのに……最近、嬉しそうに進展があったと話されていた割には、相変わらずのツンデレぶりです。まぁ、そこが愛しく可愛いんですけど♡)



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