第97話 心配する社長




 イリーナの怒りは収まらない。

 どうやらマッケン提督と何かあった様子だ。


 何故か宇宙アイドル『Angelusアンジェラス』と、お祭り男で知られるマッケン提督率いる上層部が、来月の「セフィロト文化祭」で催し物対決をすることになったらしい。


 俺が知る範囲だと例の『賢者会議』とやらで、顔を合わせる度にそのことで衝突し合っているようだ。

 つーか、人類のトップ達が結集する超極秘裏会議の場で何をしてやがるんだよ?



「あのジジィ(マッケン提督)……あれからも度々、私を挑発してんのよぉ! 頭に来たから、工作員スパイを送り込んで探ってやったわ! そこで過剰なまでの自信がよくわかったわ!」


「イリーナ、自信ってなんだよ?」


 同時に、いちいちスパイを送り込むなよと思った。


「例の『マッケン・カーニバルⅢ』の全貌よ! 見なさい、これを!」


 イリーナは半ギレしながら指を鳴らした。

 すると、教室の黒板にある映像が立体的に映し出されていく。


 派手な曲に合わせて着物姿の男女が軽快に躍っている。

 どうやらバックダンサー達であり、ひたすら「アレ~、アレ~、アレだよ~♪」と合唱していた。

 よく見ると、副艦長のオリバー中佐が紛れているじゃないか。

 表情が真剣すぎて何か憐みを感じてしまう。


 そのダンサー達のセンターポジションには、より派手な着物を纏った男女が歌っている。


 男性の方はマッケン提督だとすぐにわかった。

 ゼピュロス艦隊の最高司令官だからな。

 年齢相応の白毛交じりの黒髪をオールバックにした、大柄で恰幅のいい60代半ばの提督だ。

 普段の威厳のある渋めの表情が嘘のように消失しており、やたらニコやかで愛嬌が良い。


 そして相方である女性、いや少女の方は明らかに見覚えがある――。


「……セシリア?」


「そう、古鷹艦長よ! あのジジィの自信は彼女にあるわ! 今回の『マッケン・カーニバルⅢ』はデュエットだったってわけ! つまり古鷹艦長こそが切り札であり秘密兵器だったのよ!」


「秘密兵器って……言いすぎだろ? それに見ろよ。セシリア、涙目で歌わされているぞ?」


 如何にもマッケン提督の嗜好に沿った強制参加的なパワハラ感が否めない。

 きっと、バックダンサー達も同じ事情を抱えているのだろう。


「関係ないわ! それにカムイ、知らないの? 古鷹艦長はゼピュロス艦隊でも男女問わず抜群の人気を誇っているのよ!」


「そ、そうなのか?」


「ええ、あの若さで総指揮を担うほどの才女に加え、ゆるかわ系の美少女ときたものでしょ? おかけに、あの忌々しい豊乳……艦隊内じゃ密かにファンクラブが結成されているという情報もあるわ!」


 マジかよ……けど、わかる気もする。

 俺には性癖全開で謎の癒しを求めてくれるマニアックな子だけど、確かに黙っていたらハイレベルな美少女艦長だ。

 寧ろ人気があって当然か……。


「だからこそ、今度の休日は大事なのよ! ぽっと出の私達じゃ歯が立たないわ! 今からでも、ある程度のファンを獲得しないと……アイドル活動は選挙戦と同様、より多く民の指示と票を集めた方が勝ちなんだからね!」


「イリーナの言いたいことはわかるけど……俺的には勝ち負けより、どれだけ『Angelus』のみんなが頑張ったかでいいと思うけどな……」


 俺の言葉に、桜夢とシャオは笑顔で頷いてくれる。


 けど現実主義のヘルメス社の社長は違っていた。


「ぬるっ! 弐織くんってば鈍い上に生ぬるいわ! もう半熟にすらならない理想主義よ! いいこと、より多く人気を獲得するにはブーストが必要なのよ! つまり出だしよ! 出だしから躓いて、後から人気を得ようなんてそう上手くいかないわ! はっきり言ってアニメの世界だけだと思ってよね!」


 酷くムカつく言い方だが、企業戦争を勝ち抜いてきた彼女が言うならそうなのだろう。

 周囲をチラ見すると、リズとハヤタは頷いて同調している。


 ハヤタもカーストトップをキープするのに頑張っている奴だから理解できるけど、リズは意外な反応だ。

 普段から大人しい子だから、てっきり人と争うとか向かないと思っていたけど。


「そういや社長、そのBBQ会に古鷹艦長も参加しますよ。弐織が参加するって言ったら、『意地でも行くぅ~!』って豪語していたからさぁ。ちなみに誘ったお礼にって、ようやくオレの名前を憶えてもらったっす」


「……へ~え。彼女、来るのね。フフフ、ハヤタ……貴方って本当に使えるわ。時給アップよ」


 突然、イリーナは狡猾な笑みを浮かべ始める。絶対に何か企んでいる顔だ。

 俺のリフレッシュ目的のBBQ会なんだから、変なことはやめてくれよ。


 ハヤタは働きを評価され、時給アップされたことに喜んでいる。

 なんでも「HG版の“サンダルフォン”が買える!」と浮かれていた。

 へ~え、“サンダルフォン”ってキット化されていたのか……知らなかったわ。 


 かくして様々な思惑が交差する中で、週末のBBQ会が行われることになった。



 活動終了後、俺はイリーナに呼び出され、リムジンに乗せられた。

 運転手席はカーテンで仕切られており、広々とした車内に二人きりの状態だ。


「わざわざ呼び出してどうした?」


「……どうしたじゃないわよ。ホタルとシズから聞いたわ……また症状が悪化したって」


 先程とは打って変わって神妙な表情で訊いてくる、イリーナ。

 やっぱり心配を掛けてしまったようだ。

 だからこそ、学園に来る必要があった。自分は大丈夫だとアピールするためにも……。


 俺は包み隠さず、素直に頷いて見せる。


「ああ、最近は鎮まっていたのにな……きっと出撃続きによる疲労だと思っている」


「そう、原因がはっきりしているなら話が早いわ。当分、出撃は禁止よ。古鷹艦長には私から言っておくわ……」


「いや、大丈夫だって……みんなが戦っているのに俺だけ指を咥えていたら、かえってストレスになる。ナノマシンを打てば、こうして学園に行けるわけだし……」


「そう言って無理して何かあってからじゃ遅いって言っているのよ! 本当、鈍い癖に頑固なんだから! 生真面目日本人!」


 悪かったな、生真面目な日本人で……祖国じゃ、それが美徳だと言われているんだよ。


「今のゼピュロス艦隊じゃ仕方ないだろ? とにかくパイロット不足なんだ……下手に地球から引っ張っても、そこに付け入り『反政府勢力』組織から『加賀キリヤ』のような暗殺者アサシンが送り込まれてしまう……唯一マシなのは犯罪歴のある『傭兵』隊くらいだろ?」


「以前の戦いで全滅しかけた第二艦隊のノトス艦隊は、その傭兵隊のおかげで立て直しているわ。ヘルメス社も大いに貢献した上でね。だからカムイも休める時に静養した方がいいわ……」


「そうしたいが、最近FESMフェスムの動きが気になる……あの“アダムFESM《フェスム》”といい、俺にはこれから何かが起こりそうな気がしてならない……」


恩寵ギフトの勘ね。信じるわ……そう思って“Mk-Ⅱ”の支援機を急ピッチで仕上げているわ」


「支援機? “カマエルヴァイス”以外にもか?」


「そうよ。さっき言ったノトス艦隊に試作実験機を提供しているわ。そこの『傭兵の子』が思いの外、いい働きをするのよ。おかげで戦闘データ獲得もより早く、AGアークギア完成に近づけたってわけ」


 嬉しそうに語る、イリーナ。

 彼女にしては珍しく、その『傭兵の子』というパイロットを気に入ったらしい。

 口振りからして、女性っぽい感じだな……まぁ、今は言及しても仕方ない。


「とにかく、いつでも戦えるように体調を整えておくよ。最近、プライベートは充実しているから治まるのも早いだろう」


「本当、言うことを聞かない男ね……いいわ。私にも考えがあるんだからね!」


 イリーナはまた頬を膨らませ、そっぽを向く。

 すっかり不機嫌になってしまったようだ。


 まぁ、聞き入れない俺も悪いんだけどな……。


 けど理由は言った通り、きっと近いうちに何かが起こる筈だ。


 おそらく、今は意識を失い昏睡中の“アダムFESM《フェスム》”。

 奴が目覚めた時が引き金になるに違いない。





 三日後。

 夕方頃、俺の下に出撃要請が下される。

 今回は群体規模が予想されるらしく、至急戦艦“ミカエル”に乗船を余儀なくされた。

 

 にもかかわらず、


「どうしてヘルメス社は迎えに来ないんだ?」


『イエス、オーナーから「今回は不要よ。寮で寝てなさい」と指示を受けています』


 はぁ? イリーナの奴……考えがあるってそういう意味か!

 つーか要請が来ているのに無視するわけにはいかんだろうが!?

 この弐織カムイをナメるなよ!



 俺は自転車チャリに乗り、駐屯基地のあるケテル王冠まで必死に漕いで出航のギリギリで間に合った。


 自転車を乗り捨てた後、ヘルメス社専用の格納庫ハンガーへと向かう。


「……はぁ、はぁ、はぁ。ったくイリーナの奴、しょーもないことしやがって……って、あれ? 俺の“サンダルフォンMk-Ⅱ”は?」


「あっ、特務大尉。“Mk-Ⅱ”はメンテナンス中で船渠ドックに置いたままですよ」


 ゴーグルとマスクで顔を覆った担当整備員こと、リムがしれっと説明してくる。


「マジかよぉぉぉぉぉぉ!!!?」


 俺の咆哮が格納庫ハンガー中に響き渡った。




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