第96話 不調後の心境と変化
「……助かったよ、ハヤタ」
あれから頭痛が消失した俺は、ハヤタと共に学園に登校するため歩いている。
本当は休みたいけど、出席日数がギリギリなところもあり登校することにした。
イリーナに頼めば理事長を脅してなんとかなるのだけど、極力は避けたい裏技でもある。
それに余計な心配を掛けさせてしまうだろうし……。
「いいってことよ。AIのホタルちゃんだっけ? あの子から物凄い
ハヤタは俺の隣を歩きながら、白い歯を見せて笑っている。
けど、ホタルの奴。淡々としていた傍らで、相当俺の事を心配してくれたようだ。
「にしても……弐織って、そいう障害があったんだな。それで一人でいることが多かったのか?」
「ああ……世の中、都合が良いことばかりじゃないってことさ。けど、ここまで酷く悪化したのは、正直子供の頃以来だったな……本当サンキュな」
あれだけの醜態を晒しておいて、助けてくれたハヤタに説明しないわけにもいかず、俺が抱える脳の症状について話した。
今のハヤタなら信用できるし、問題ないだろうという思いもある。
ハヤタは俺の秘密について驚きもしたが、これまでの経緯を踏まえて納得した部分もあったみたいだ。
「――疲労とストレスでそうなっちまうならよぉ、リフレッシュとか必要なんじゃね?」
「リフレッシュ? なんだよ、それ?」
「そうだな……定番なのは、クラスのみんなを誘ってどっかで遊びに行くとかかな。
「BBQ? 婆さん達とクエッション大会か……別に見知らぬお婆さんと問答し合ってもな……」
「いや、ちげーし。バーベキューだし。弐織って誰かとそういうことしたことないのか?」
「ないよ、ずっと陰キャぼっちだったからな。上流階級のスターリナ家がすることでもないし……特にイリーナとヴィクトル前社長は直射日光に弱かったんだ。あの白肌だからね」
「……なるほど。なぁ、オレがセッテングするから、みんな誘って行かね?」
「みんなってクラスの?」
「ああ、あれから弐織も大分クラスに馴染んでいるだろ? より親睦を深める意味でもいいんじゃね? なんなら、レクシー姐さんや社長にも声を掛けてもいいし」
海水浴にBBQか……如何にも陽キャっぽいイベントだな。
やさぐれていた以前なら、行くだけストレスだと思っていたけど……こんな俺でも人並みに、青春っぽいことを経験してもいいかもしれない。
何かが変わる気もしてくるし……。
それに、親睦という意味で少し閃いたこともある。
「わかったよ、ハヤタ。それじゃあ、セッテングの方はお願いできるかい?」
「おう、任せてくれ。今度の休日でいいか?」
「ああ。それと、もう一つお願いがあるんだけど……」
「なんだよ?」
「――アルドとユッケも声を掛けて欲しいんだ」
俺のお願いに、ハヤタは立ち止まり顔を顰める。
「はぁ? なんであいつらまで誘うんだよぉ? あんな連中、弐織のリフレッシュにならねぇだろ?」
「ん~っ、深い意味はないけどね……強いて言えば、ぼっちの気持ちもわかるからかな……」
俺の返答に、ハヤタは溜息を吐いて肩を竦める。
「わかったよ。一応声を掛けてみる……けど、弐織。お前ってガチで優しいよな。こうして一緒につるめるようになって、改めてそう思うよ。レクシー姐さん達が気に入るわけだ……」
「そんなことは……」
ハヤタに言われ、俺は気恥ずかしくなる。
同級生の男子に初めて言われたこともあるけど、自分でも何を考えて言っているのかよくわかっていない。
今までは機械のように淡々とした冷めた男だと自分で卑下していただけに……。
きっとそういう心境にさせてくれているのも、こんな俺を支えてくれるみんなのおかげかもしれない。
学園に登校した途端、俺はシズ先生に呼び出され保健室に向かった。
「……う~ん、入院かしらね」
「え!? 先生、マジで!?」
寝台に寝かせられ、俺専用の医療機材を頭に当てられ検査を受けている。
シズ先生は頷き、豊満な胸を寄せて腕を組む。
「今回は蓄積された疲労とストレスから発症しているのは確かだからね。しばらく静養が一番かしら。カムイ君、独りになれるから入院大好きでしょ?」
先生、もう少し言い方はないだろうか?
そりゃ、少し前までそうだったのは否定しないけどさ……。
「シズ先生、可能なら今の生活を続けていきたいんだけど……」
「どうして? 私を差し置いて狙っている子がいるの?」
「そ、そうじゃないよ。つーか、俺のストレスの原因、先生にも要因があるんじゃないの? 最近、クラスのみんなといい感じなんだ……今回の症状は、あくまで連戦が原因だと思うし。俺もパイロットとしてだけじゃなく、学生として過ごしてみたいというか……」
「……そぅ。カムイ君がそういう考えならいいんじゃない? 今の症状に合わせた内服薬を処方しておくわ。あとナノマシンもね」
「ありがとう、シズ先生……」
「それと童貞捨てたいと思うなら、まず私に相談すること、いい?」
「いや真顔でいう台詞じゃないよ。てか俺の話、聞いてた?」
シズ先生は「冗談よ、フフフ」と優しく微笑みながら、デスクの端末に向けて処方する薬を打ちこみ始めた。
後で軍事病院から俺の下に支給されるらしい。
それともう一つ、気になっていることがある。
「――シズ先生、イリーナから聞いたけどヨハン中尉……いや、あのアダム
「そうよ。軍事病院に設置されている地下の特殊病室でね……24時間の厳重監視体制で独房の囚人と変わらない扱いよ……ってカムイ君、やっぱり
「まぁね……奴の意識が戻り次第、俺も関わるよう言われているからね」
「私も裏事情を知っている立場だけど、あのアダム
「どうして言えるの?」
「本当に気を失っているか医学的に検査しているからよ。勿論、良心的な範囲でね……けど何しても微動だにしないわ。仮死状態に近いかもしれない。心臓は動いているし呼吸もしているけどね」
「アダム
「何かしらの進化をしているかもしれないわね。どっちにしても希少種だから解明しようがないわ……それより、カムイ君。何か不調を感じたら、また直ぐに連絡するのよ。童貞捨てる件も含めてね!」
「わかったけど、童貞は関係なくね?」
こうして俺は一抹の不安を抱え、教室に戻った。
「よぉ、弐織。朝から体調悪いんだって? 大丈夫か?」
マックが俺の心配をしてくれる。
彼だけでなく、モコリトや他のみんなも「大丈夫?」と声を掛けてくれた。
すっかりクラスのみんなと打ち解けて……なんか嬉しい。
少なくても、このクラスでストレスを抱えることはなさそうだ。
アルドとユッケだけは、相変わらず隅っこに潜む形で孤立しているというか、なんか蚊帳の外っぽいけどな。
ある意味、立場が逆転してしまったと思えてしまう。
これまでのことを振り返れば本人達の自業自得だけど、何か複雑な気持ちもある。
はっきり言うと、こういう雰囲気が好きじゃないと感じていた。
しかしハヤタじゃないけど、これまで小馬鹿にされていた俺が奴らに声を掛けるのも可笑しいし……より状況を悪化してしまいそうだ。
今度の休日、婆さん達とのクエッショ……じゃないや、BBQでなんとかしてみるか。
それから放課後、芸能科にて。
練習が終わった途端、イリーナは俺達を含むメンバー全員を集め始めた。
「みんなよく聞くのよ。ハヤタが良い話を持ってきてくれたわ。今週末に
「だから社長、バーベキュー大会だって言ってるだろ!? 弐織と同じボケかまさないでくれよ!」
「そぉ? でも人が大勢集まるんでしょ?」
「え、まぁ……第102期生やレクシー姐さんくらいだぜ。後、チェルシーやコバタケ博士も来るてよぉ」
げぇ、あのおっさんも来るのか!? おまけにグノーシス社のノチェルシーまで……つーか何故、奴らにまで声を掛けた!?
しかし、コバタケのおっさん! モデラー仲間とはいえ、どんだけハヤタのこと大好きなんだよ!
「どっちでもいいわ。海水浴と言えばアイドルよ。確か100年以上前の動画で、水着姿のアイドルが運動会をしている光景を見たことがあるわ。ポロリってのが視聴率を獲得するという逸話もあるらしいわ」
「イリーナさま、ん。それは別路線で、宇宙アイドル活動とは関係ないと思います」
「そうヨ。エッチィのはNGネ」
リズとシャオが指摘し難色を示している。
「それと社長、結構人数が増えてしまったんで、当日やるのはBBQ大会だけになっちまったよ。海水浴だと他の客もいるから、せめて一ヶ月前までに予約しないと駄目だって許可を貰いに行った
「……そう、なら水着は断念ね。また次の機会にするわ。まぁ、デビューから水着姿ってのも抵抗ある子もいるだろうしね」
ハヤタの説明に、イリーナは「仕方ないわ」と納得している。
男として少し残念な気持ちもあるが、突発イベントだし仕方ないだろう。
「社長……デビューってことはBBQ大会に合わせて、わたし達『
「そうよ、サクラ! ここでファンを多く獲得し、あのマッケン提督の鼻を明かしてやろうって算段よ!」
いや、別に「マッケン・カーニバルⅢ」が相手なら普通に勝てるんじゃね?
よくわからないけど……さ。
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