第三章

第95話 プロローグ - 不意のお食事会と急変




 イリーナに抱擁されてから間もなくして――。

 実はあの後、こんなやり取りもあった。


 気持ちを切り替えたイリーナから「じゃあ、サクラを誘ってごはんでも食べに行きましょう。約束していたんでしょ?」と言われ、桜夢に連絡する。


 どうやら格納庫ハンガーでの会話を聞かれていたらしい。


 間もなく、桜夢が来て何故か三人で高級レストランにて食事をすることになる。


 俺としては彼女との約束も守れ、食費も浮くしコンビニ弁当よりマシなので万々歳だと思ったが、桜夢がどこか複雑な表情を浮かべていた。


「どうした、桜夢?」


「え? ううん、なんでもないよ。行き慣れないお店だから緊張しちゃって……ごめんね(本当はカムイくんと二人っきりの方が良かったなんて言えない……)」


 まぁ、どう見ても上流階級向けのレストランだからな。

 俺もスターリナ家に養われていたから、そこそこ場慣れしている程度で、どちらかと言えばB級グルメ嗜好だ。

 

「そちらに店を合わせるべきだったわね。悪かったわ……サクラ」


 珍しく相手側の気持ちを汲み謝罪する、イリーナ。


「いえ、そんなつもりじゃないんです。わたしもテーブルマナーは父から教わりわきまえているので大丈夫ですよ、社長」


 桜夢の父親は嘗てのゼピュロス艦隊で艦長を務めていた人だ。

 彼女も両親が離婚するまでは、そこそこのお嬢様だったらしい。


「そう、ならいいわ。本当は今回の働きを慰労したくて、貢献してくれたレクシーとハヤタも呼ぼうと思ったんだけど、二人とも今は他のグノーシス社のガルシア家と一緒にいるようだからね……」


「グノーシス社? 中等部のチェルシーのことか……まぁ、レクシー先輩は身内だからわかるけど、どうしてハヤタまで?」


「彼、すっかりコバタケに気に入られたようね。そのまま『マッド博士』を利用してグノーシス社に取り入りなさいと指示を送ったのよ……思いの外、ハヤタはいい仕事してくれるわ」


「なぁ、しばらくグノーシス社とは関わらないんじゃなかったのか?」


 てっきり、長男で社長のレディオと和解したっぽい感じになってたとばかり思ったが。


「あれはレディオが私にちょっかいかけないって言うだけでしょ? 企業戦争までやめたつもりはないわ。あの“ツルギ・ムラマサ”は中々の驚異よ……エウロス艦隊のルドガー大尉に渡ったら、カムイ並みのポテンシャルを発揮するでしょうね……ったく、忌々しいわ!」


 イリーナはこの中で唯一の上級国民なのに、テーブルマナーそっちのけでイライラしながらステーキを頬張る。

 実は一番ネチっこく狡猾な女子じゃねーのか?


 確かに他社のAGアークギアが評価されるってことは、その一線で繁栄していたヘルメス社にとって痛手しかない。


 しかも、ルドガー・ヴィンセル大尉はエウロス艦隊を代表するエースパイロットとして名が知られているからな。

 “サンダルフォン”並みのスペックを持つ、最新鋭のAGを得ることで多大な戦果が期待できるだろう。


 そのルドガー大尉も四年間まで、ゼピュロス艦隊方面のコクマー学園出身でAGアークギア開発のテストパイロットとしてヘルメス社に雇われていたと聞いたことがある。

 丁度、俺と入れ変わる形らしい。

 したがって、イリーナとは面識があるとか。


「だけど、ヘルメス社だって密かに“プリンシパリティ”や“カマエルヴァイス”を造っていたじゃないか? 十分に負けてないと思うけどな……そういや、あの“カマエルヴァイス機体”のパイロットはどうするんだ?」


「検討中よ。あのままレクシーに任せてもいいけど……彼女は正規の軍人だし、それにガルシア家だからね。まぁ今じゃ、ガルシア家から離れてグノーシス社とも関係ないから害はないようだけど、それでも抵抗を感じるわ」


「レクシー先輩の妹、チェルシーも同じこと言ってたな。どうして、先輩はガルシア家から離れてAGアークギアパイロットになったんだ?」


「……ガルシア財閥の総帥、つまりレクシーの父親にあたる『ドレイク・ガルシア』は結構な高齢だからね。跡取りは長男のレディオで決まっているけど、その背景にはレクシーの後押しがあったわ。一時は彼女も最有力候補として名が上がっていたからね」


「そうなのか?」


 考えてみればレクシーって普段は脳筋で天然っぽいのに、時折妙に交渉や駆け引きの上手さを見せていたよな……特に傭兵隊と模擬戦をした時なんか。


 俺の問いに、イリーナは頷いて見せる。


「ええ……ドレイク総帥も若い頃から、やんちゃしていたみたいでね。妾の庶子が多く、しかも本妻の嫡子達よりも年上で結構な大人ばかりなのよ。その庶子全員がガルシア財閥の側近として身を置き、正統な継承権があるレディオとレクシーに加担して派閥を作ろうとしていたのよ。けどレクシーの性格上、兄妹同士の争いを良しとせず、自らガルシア家を離れたってわけ」


「そうだったのか……真っすぐなレクシー先輩らしいな。けどハヤタの話だと、今でも家の名がついて回り、周囲から距離を置かれ難儀しているようだな」


「それが上流階級としての定めよ。だからこそ家の名に絶対の矜持を持たなければならない……お父様もそう言ってたわ。けど、あの兄妹自体の仲は悪くないようね。次男を除いてだけど」


「次男? もう一人兄がいるのか?」


「ええ、副社長の『クラルド・ガルシア』……表向きは兄レディオの腰巾着だけど、裏では庶子達と結託する曲者よ。グノーシス社の黒い噂の大部分の元凶は彼が手引きしているって話ね」


「その次男には継承権がないのか?」


「無いわ。だってクラルドも庶子ですもの……その中で最も優秀だって理由で一族入りしたと聞くわ。実年齢も兄のレディオよりかなり上よ。次男っていうのは肩書きで、戸籍上は義理兄になっている筈ね。クラルドはレディオの才能を恐れ、決して表舞台には立たないわ。ひたすらサポート役として裏方に徹しているのよ」


「……なるほど。つまりそいつが影で派閥を作るように仕向けたと? それが嫌で、レクシー先輩は自ら家を出たってことか?」


「流石ね、カムイ。その通りよ……まぁ、所詮は他人の家。私達には関係ないわ。レクシー自体は嫌いじゃないから、もし路頭に迷うくらいなら、私が彼女を引き取ってもいいんだけどね」


 関係ないと言いながら、やたらガルシア家の事情に詳しい、イリーナ。

 一応、親族らしいからな。生前ヴィクトルさんにでも聞いたのだろうか。

 あるいは既にグノーシス社に潜入している工作員とやらか?


 けどなんだか、レクシーが不憫でならない。


 もし、イリーナが彼女を引き取ってくれるなら、それも悪くないと思えた。





 それから翌朝。


 俺は起きた途端、いきなり酷い頭痛に襲われてしまう。


「いっ、痛てぇ……あ、頭が……おまけに吐き気まで……ホタルやばくね、これ?」


『脳血管、動脈瘤ともに損傷ナシ。腫瘍、ウイルスも確認されマセン。但し血管が拡張していることから、片頭痛の確率90%デス』


「へ、片頭痛? 心身の疲労とストレスか……昨日の出撃が影響か?」


 なんだかんだ連続して出撃したからな。

 しかし、昨日はなんともなかった筈なのに……どうして突然?


『おそらくナノマシンの効果が消失した影響だと予想されマス。それに最近のマスターは以前よりも脳が活性化している分、反動も大きく影響してしまっているようデス』


 以前にシズ先生から、「異常に活性化している分、鎮まるのも早い」って言われたけど……その言葉に頼りすぎて自己メンテナンスを怠ってしまったか。


 いや最近、出撃が多くて無茶が祟ったのかもしれない。


 だからイリーナは俺のために急ピッチで“サンダルフォン”用の支援機を造っていたのか……。


 俺は頭を押さえ起き上がろうとするが、頭痛と吐き気が襲い気分が悪くなる。

 こりゃいかん……学園どころじゃない。

 逆に授業中じゃなくて良かったな……。


「ホ、ホタルさん……シズ先生に連絡してもらっていい?」


『COPY。マスターのメディカルデータを至急転送シマス――Dr長門より「だから童貞捨てなさいって言ったじゃないのよ!」と怒ってイマス』


「よ、余計、頭痛を悪化させるようなこと言わないでくれるぅ!? 関係ないじゃん! クソォ、前に貰った内服薬で痛みが治まるのか?」


『Dr長門より、「ナノマシンを注入した方が早いわ。緊急用で渡しているでしょ?」っと言ってイマス』


「緊急用ね……うあぁ、棚に仕舞ったままだ。ベッドから遠いな……」


 今の状況じゃ余計だな。


『仕方ありまセン……エマージェンシー。至急、応答セヨ』


 ホタルは誰かに連絡し始めた。


 すると、


「弐織ッ! ピンチだって本当か!? おい、大丈夫かよ!?」


 ハヤタが来てくれた。

 扉のロックはホタルか開錠したようだ。


 寝込んでいる俺を見て、ハヤタは驚愕の表情を浮かべている。

 彼は俺の症状を知らないから無理もない。


「わ、悪い……ハヤタ、棚の中にあるナノマシン注射を持ってきてくれないか?」


「お、おう……これだな?」


 ハヤタにナノマシン注射を受け取り、体内に注入することでなんとか痛みを抑える。

 しばらくぶりに酷い目に遭った……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る