第94話 エピローグ - イチャコラと賢者会議
イリーナの話を聞き、俺は「そうだったのか」と理解を示す。
「つまり『賢者達』は、ヨハン中尉の肉体を奪った“アダムFESM”とコンタクトを取りたいってわけだな? ヴィクトルさんみたいに味方なら人類として取り込み、敵なら排除するか……」
「そうよ。特に最近の
「ヴィクトルさんはどうだったんだ? 取り込む前の記憶はなかった口振りだけど……そういや、あの“アダムFESM”も
「その通りよ。元の宿主と同調して人格を得たからって、全て奪い継承できるわけではないわ。それまでの記憶や経験など著しく何かが欠落しているようね。お父様の場合は研究者としての知識はあっても、過去の記憶がほとんど無かったみたいよ」
「なるほど……今まで不思議に思っていた部分が繋がってきたよ。ところで、イリーナはどうして俺にここまで説明してくれるんだ? ヤバイ内容ばかりだろ?」
「ええ勿論、御法度よ。でも私には関係ないわ」
「関係ない?」
「私はお父様とは違う。全ての人間に対して慈悲はないわ。邪魔な存在は消してやりたいと思っているし、排除するのも厭わない。そう思っているんだからね」
うん、知ってるよ。
基本、勝つためには手段は選ばないからな。
イリーナは強気で言い放った途端、赤い瞳を潤ませ顔を背け始める。
「イリーナ?」
「……けどね。こんな私でも守りたいモノはあるのよ。特に、カムイ……貴方はね」
「……イリーナ」
「だ、だって……ずっと、私の傍にいてくれるのでしょ? 黒きナイト様?」
「ああ勿論だ。俺はイリーナを守る。世界、いや宇宙を敵に回してもな……ヴィクトルさんとの約束だけじゃない。俺が、弐織カムイとして決めたことだ」
「ありがと……カムイ」
ふわっと、イリーナは俺の胸に飛び込んでくる。
細い両腕を背中に回し、華奢な身体全体を俺に預けてきた。
鼻孔をくすぐる優しい髪の香りに、吐息が胸に当たって……かなりやばい。
「イ、イリーナ!?」
「いいでしょ? たまには……妹みたいなものだし」
「妹? いや、妹が普通、こんなことしないし……」
俺は胸を高鳴らせながら、イリーナの背中に手を置き、その真っ白な絹髪を優しく撫でてみる。
昔一緒に暮らしていた時や、ヴィクトルさんが亡くなった時の頃を思い浮かべながら……。
しかし顔が火照り、脳が燃えているみたいに熱くボーッとしてくる。
バクバクと心臓の鼓動が耳鳴りのように響く。
やばい……絶対、イリーナに聞かれている。
心の中で「鳴り止め!」と、いくら念じても一向に静まることはない。
胸がぎゅっと絞られ、何かが疼いてしまう。
頭がくらくらしてくるも、決して痛みではなく、ふわふわと気持ちいい感覚。
これって……「妹」に感じる気持ちじゃないよな?
お、俺は……俺はイリーナのこと、実はどう思っているんだ?
なんだろう? 気づけそうで、何かを恐れている自分がいる。
この関係性が崩れるのが怖い――そう思っているのか?
それから間もなくして、イリーナは俺から離れた。
彼女の温もりと余韻が残る。
どこか切なくて、どこか気まずい雰囲気。
「ありがとう、カムイ……少し落ち着いたわ。つい気持ちが溢れちゃってね、ごめんなさい」
「いや、いいよ……イリーナが一人で頑張っているのは知っているからな。俺でよければ、いつでも頼っていいからな」
「うん。今度からそうするわ……カムイも遠慮なく、私を頼ってね」
イリーナは瞳を細め綺麗な笑顔を向ける。
涙を溜めて頬をピンク色に染めた、とても優しい表情だった。
きっと彼女とって、俺しか甘えられる者はいないのだろう。
いつも気丈に振舞っているだけに、そう簡単に弱味を見せるような子じゃない。
兄妹のように一緒にいた俺だから、信頼して寄り添ってくれただけで……。
ましてや異性としての好意なんて……まさか。
そう決めつけ、無理矢理に自分の気持ちを抑えこむ。
俺も自分の立場がある。そう舞い上がってばかりもいられない。
白きお姫様に忠誠を誓う黒騎士として自重をすべきだ。
自分に言い聞かせ、深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせた。
**********
その夜、『賢者会議』が行われた。
太陽系を極秘裏に支配する選ばれし有力者達の集まりである。
電脳空間のカンファレンスルームにて、多くのアバター達が浮遊している。
本人の姿であったり、コミカルな着ぐるみのような姿であったり、またモノリスのような謎の物体であったりと様々だ。
『……“アダムFESM”か。第三艦隊が交戦中である “イヴFESM”といい……どう捉えるべきか』
『とても
『ハズレだとしても使い道があるかもしれん。案外、「神の領域」が判明するかも……そうすれば、我ら人類は「神」の呪縛から解放される』
『攻め時とでも? 些か早計ではないか? まだ我らの力が「神」に届くとは思えん……まずは情報収集だ。データがなければ、《知恵の実》の恩恵も受けられん。違うか?』
「その通りですね。その為に、“アダムFESM”ヨハンを捕縛したと言ってもいいでしょう」
イリーナが姿を見せる。
普段は自分の姿をそのままアバターとして使っているが、今回は何故か可愛らしい「白ウサギ」だった。
賢者達は揃って「???」と脳内で交差させている。
『……スターリナ嬢、いつもと感じが違うな? どういう風の吹き回しかね?』
「今日はすこぶる機嫌がいいんです。色々良いことがありまして――話を戻しますが、軍事病院に搬送されたヨハンは依然として意識を失ったまま、厳重体制にて監視されています。担当医の長門Drより『自分からの意志で意識を断っている』可能性が高いとのことです」
『やはりハズレだな。先の敵対行動といい、明らかに
「同感ですね。意識が戻りこの会議に参加させる際は、念のため行動抑制用のナノマシンを注入させる所存です。長門Drが開発した自白作用のある新型です」
『――流石はイリーナ嬢、相変わらずぬかりありませんねぇ』
不意に若い男の声が響く。
アバターの彼女が振り向くと、そこに一匹の『黄金色のウサギ』が立っている。
イリーナは声に聞き覚えがあり様子で、モニター越しで顔を顰めた。
「チッ……レディオ・ガルシア。どしてここに?」
『招かれたんですよ、ゲストとしてね……ようやく、僕も貴女と同じ土俵に立てたというわけです。父、ドレイクですら到達できなかった人類至高の舞台……ガルシア家始まって以来の快挙と言えましょう。いやぁ気分がいい~』
「こっちは最悪の気分になったわ……てかその姿、キャラ被っているからやめてくれない? ここは挑発し合う場所じゃないからね!」
『……失礼、つい調子に乗り過ぎました。どうかお許しを』
レディオは素直に非を認め、ウサギの姿から本来の紳士風の姿へと移り変わった。
同時にモノリス型のアバターが赤く点滅する。発言する合図であった。
『ガルシア氏を招いたのは他でもない。スターリナ嬢、キミも第三艦隊でのグノーシス社の活躍は知っているだろ? その功績を称え、彼を『賢者』として会員になってもらうことを視野に入れている……無論、キミが「ノー」と言えば、すぐさま訂正することもできるがどうするかね?』
「新しく『賢者』になるには、全会員による満場一致が不可欠でしたね……私は構いません。企業以外なら、彼を拒む理由はございませんので」
『流石はイリーナ嬢。実に聡明で合理的な判断だ……ご安心を、決して貴女の期待は裏切りません。共に人類のために戦いましょう』
「そう願いたいわ。言っとくけど、ここでの会話は勿論、私達との関係は他言禁止よ。貴方の身内にもバレないようにしてよね。特に次男の『クラルド』は気に入らないわ!」
『毒を食らわば皿まで……最愛の妹達を含め、僕以外のガルシア家はお人好しが多い。多少、灰汁が強い者がいた方が組織は引き締まり潤うものです。正攻法ばかりが合理的ではありません。この会議に参加する「賢者」なら、おわかりの筈です。イリーナ嬢、貴女も含めてね……』
「一緒にしないでよ。まぁ、いいわ……ヨハンが目覚め次第、ここに連れて来ます。『黒騎士』を同行させた上で。彼の超人的な直観力を持ってすれば、ヨハンがどっち側のアダム
『黒騎士……弐織 カムイ君でしたね。妹のレクシーがぞっこんの……彼は障害故に不安定だが非常にいいパイロットだ。カムイ君ならレクシーとの交際を認めてもいいね』
「ふざけないで! カムイは誰にも渡さないわ! もう頭にきたぁ! 貴方なんか今すぐ除名よ! とっとと出て行きなさい!」
『もう決まったことですぅ、取り消せませ~ん♪ 残念でした~、ハハハッ!』
「ムカァァァッ! 議長、こいつをなんとかしなさいよぉぉぉ!」
『こ、これにて「賢者会議」を閉会します! 皆さん、今日もお疲れ様でしたぁぁぁ!』
議長と呼ばれたモノリスが焦りながら場を仕切り、人類の命運を握る『賢者会議』はグダグダで終わった。
第二章 (完)
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ここまでお読み頂きありがとうございます。
次回より近況ノートの方で限定SS(ほぼ長期連載)で投稿していた、
『Side Story:サンダルフォン・シンギュラリティ』
を投稿いたします。
(四年前に失踪した「サンダルフォン6号機」にまつわるお話です)
全23話の予定で「第二章 」の後半頃とリンクしたお話であり、「第三章」に繋がるサイドストーリーとなります。
これからも応援のほど宜しくお願い致します<(_ _)>
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