第93話 ヴィクトルの正体




 ヨハンの変わり果てた姿に、その場に居合わせた誰もが驚愕する。


 彼女以外は――。


「やはり、“アダムFESM”ね……彼をこの場で拘束して監禁するのよ! 猿ぐつわも忘れないで! “セフィロト”に着いたら、そのまま軍事病院に搬送させるわ! 妙な真似をする仕草を見せたら、その場で射殺しても構わないわ! 国連軍からも許可が降りているからね!」


 イリーナが怒号に近い指示を各部下達に浴びせている。

 かなり物騒なことを平然と言っていた。


 しかし、このヨハン……イリーナ、いや父親であるヴィクトルさんだろうか。

 真っ白な髪と肌といい、とても良く似ている。


 俺の脳裏に以前の禁止区域である、ダアト区域エリアの出来事が浮かぶ。


 “パンドラ・システム”によって、イリーナの身体を憑代にして、記憶媒体として一時的に復活したヴィクトルさんと交した会話。


 ――気づけば、あの身体を得ていたからな。


 どうしても、目の前で拘束されているヨハンの状態と重なってしまう。


 そして出撃前にイリーナが教えてくれたこと。


 ――100年以上前、地球に降りて来た時から“アダムFESM”の存在は確認されている。


 今思うと、ひょっとしてヴィクトルさんのことを言っているんじゃないか?


 ……てことは、ヴィクトルさんの正体は“アダムFESM”?



 そう考えれば、これまで謎だったピースがほぼ埋められていく――。


 100年前、寄生型のFESMフェスム“メフィストフェレス”が研究者だったヴィクトルさんの肉体を乗っ取り人格が形成され、運良く人間の味方をする側の“アダムFESM”こと俺の知るヴィクトル・スターリナとなった。


 間もなくして彼はFESMフェスムとしての知識と研究者としての知恵を活かし、『太陽系境界宙域防衛計画』を立案し、霊粒子エーテルAGアークギアの制作に携わっていく。

 当時、人類の技術はそこまで進歩してなかったこともあり、今の形になるまで約100年という歳月を費やすことなった。


 ――俺にはそう思えて仕方ない。



「……ヨハン中尉」


 レクシーが彼の名を呟いている。

 少し前まで、共に教官を務め親交のあるだけに切なく寂しそうな声に聞こえた。


 再び、ヨハンに目線を向けると既に拘束が終了している。

 イリーナの指示通り、彼の両腕と両足にはAGアークギアに使用される特殊ワイヤーで縛られ、口には猿ぐつわをされていた。

 おまけに目隠しまでされている徹底ぶりだ。


 さっきまでの“ツルギ・ムラマサ”の暴走ぶりを体験しているだけに仕方ないかもしれないが……。


 それは既に、ヨハン・ファウストという人間が別の存在になったことを意味する。

 即ち本物の彼は取り込まれたことで、死んでしまったという事実だ。


 とてもいい副教官であり先輩であり、優秀なパイロットだったのに……。


 俺はやるせない気持ちで一杯となり、ぐっと拳を強く握りしめた。


『……とりあえず事件は解決しましたね。“ツルギ・ムラマサ”も胴体部分のコックピットが無事なおかげで、より正確に戦闘データが得られるでしょう……これで、エウロス艦隊で調整中の“3号機”を無事にルドガー大尉に引き渡すことができます。黒騎士さんには本当に感謝です』


 立体映像ホログラムのレディオは複雑な表情を浮かべながら安堵と感謝の言葉を述べている。

 なんでも“ツルギ・ムラマサ3号機”は調整後に、対“サンダルフォン6号機”用として実戦投入されるらしい。

 向こうは向こうで厄介な事情を抱えている様子が垣間見える。


「何度も言うけど、ヘルメス社ウチはやれることは精一杯やってあげたんだからね! 後は第三艦隊そちらでなんとかするのよ! いい!?」


『……イリーナ嬢、貴女も本当にしつこいですね。わかってますよ……ガルシア家の家訓は「受けた恩を仇で返すな。仇なす者には徹底した粛清を」ですからね。しばらく、貴女には嫌がらせしませんから安心してください』


 嫌がらせって……もろフェデリック元准将に、イリーナの個人情報をバラして暗殺するきっかけを与えた件じゃね?

 さらりと言いやがって、嫌がらせにも度を超えてんじゃねーか。

 立体映像ホログラムじゃなかったら、ブン殴っているぞ!


「そっ。今の発言、全て録画したからね。取り消し不可能よ。それと、黒騎士……後で話があるわ……“セフィロト”に戻ったらね」


 イリーナは背を向けたまま、アストロスーツ姿の俺と桜夢に言葉を投げかけてくる。

 特に俺に言っているのだと理解した。

 



 かくして粗方に事が収まり、“ミカエル”艦はコロニー船“セフィロト”へと帰還した。

 一緒に頑張った桜夢とレクシーとで互いの健闘を労いたかったが、ヨハンの件もありそんな心境は抱けない。

 最後は妙な損失感が覚えた形で終わってしまう。



 “セフィロト”戻った後。

 ヨハンの身体を乗っ取った“アダムFESM”は、拘束された状態のまま厳重警戒でケセド慈悲地区の軍事病院へ搬送されて行った。


 《キシン・システム》の影響か、まだ意識不明のままである。

 しかしタヌキ寝入りしている可能性もあるので、下手な真似をするようなら、その場で射殺しても辞さない姿勢であった。



「――“アダムFESM”は国連宇宙軍で身柄を拘束されることになったわ。意識が戻り次第、尋問を開始する予定よ。その際はカムイ、貴方も一緒について来てね」


 マルクト王国地区のヘルメス社支部の社長室。

 イリーナに呼ばれた俺は、部屋に入った早々に命じられた。


「尋問? 軍に任せればいいんじゃないか? いちいちヘルメス社が関わることなのか?」


「……一応、形式上は軍で対応するって形だけど正確には違うわ。『賢者会議』の場に連れ出すのよ。どっち側・ ・ ・ ・なのか、はっきりさせるためにね……」


「賢者会議って?」


「『賢者会』という、国連宇宙軍から政界に至るまで選ばれし有力者トップのみで開催される秘密会議よ。事実上、地球を含む太陽系を管理し支配する者達で創設された秘密結社ってところかしら。私もお父様から受け継いで会員に入っているのよ」


 あっさりとした口調で結構重要機密っぽいことを暴露し始める。

 もう口振りからして、裏で暗躍しまくっている連中じゃね?


「なんかヤバそうな組織だな……俺なんかが出席していいのか?」


「問題ないわ。賢者達はカムイのこと知っているからね。顔バレもしているから素のままでいいわよ」


 嫌だなぁ、そんな連中に知られているなんて……俺ってどんなポジよ?

 まぁ、イリーナが関わっている組織なら問題ないんだろうけど。


「それで俺に何をしろと?」


「……さっきも言ったけどヨハン中尉の身体を奪った“アダムFESM”が人間側なのか、FESMフェスム側なのか、私とカムイで見定めてほしいってわけ。敵なら、その場で処分されるでしょうけどね」


 どうやら俺の「リーディング(読む力)」能力を期待してのご招待らしい。

 てことは、俺の判断次第で“アダムFESM”の命運も分かれるかもしれないってことか?


「わかった、乗り掛かった舟だ。了解したよ……イリーナも見定めるってことは、あの容姿からして、あの“アダムFESM”って、やっぱり……」


「そっ、お父様と同じ存在よ。カムイなら薄々気づくだろうと思ったわ。だから、二人っきりで話す場を作ったのよ」


 イリーナの口から初めて父親の正体や経緯などが語られる。


 やはり俺の仮説通りの内容だった。

 ヴィクトルさんは100年以上前に出現した“アダムFESM”だったんだ。

 それで知性と人格を得て人類側について存亡を賭けて貢献したってわけだ。


「お父様は人間の無限なる可能性に感銘を受けて、その全てを愛したわ。業の深さも含めてね。だから才能主義者であり、敵対するガルシア家の長男ことレディオも気に入っていたようね……まぁ、才能って点だけは私も認めているけど」


「なるほどね……ヴィクトルさんらしいや。じゃあ、俺が乗る“サンダルフォン”って……」


「そうよ――お父様が“メフィストフェレス”の頃に寄生した、人型のFESMフェスムを鹵獲して機械的に改造を施したモノよ。今の霊粒子エーテル系技術も、そこから流用しているわ。名前は……確か“ルシファー”とお父様が呼んでいたわ」


「“ルシファー”? 悪魔王サタンの名か? けど聞いたことのないFESMフェスムだ。『堕天使グレゴリル』か?」


「さぁ……超極秘事項だからね。『賢者会』の意向で全ての記録が抹消されているわ。そういえば、お父様から約100年前、地球上で人類の殆どを消したFESMフェスムだと言っていたわね」


 イリーナの説明があまりにも軽いので感覚が麻痺しそうだが、どうやら地球の人口を半分近く減らした元凶のFESMフェスムらしい。


 どうりで“サンダルフォン”は1機だけと豪語するわけだ。


 そんなヤバ系の機体に俺は愛機として乗っているのか……。

 少し複雑だけど、別に拒絶感は微塵も湧かなかった。


 何せヴィクトルさんが人類側につかなければ、今の俺達は存在しない。


 また近い未来で、今度こそ確実にFESMフェスムによって、人類は滅ぼされていたのだから……。



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