第91話 キシン・システム




 狙われた「監視船」を守る形で、“デュナミス”と“エクシア”の僚機が戦っている。


 おそらくセシリアの指示もあったのか、各機は“ツルギ・ムラマサ”に近づかないよう、離れた距離から霊粒子小銃エーテルライフルを撃ち互いを連携していた。


 仕留めるのではなく、威嚇と牽制で時間を稼ぐような陣形を保っている。

きっと俺達が来るのを見越しての戦術だろう。


 “ツルギ・ムラマサ”も俊敏な動きで回避行動を取りながら、手持ちの霊粒子小銃エーテルライフルで応戦するも、何分数はAGアークギア部隊の方が多い。

 すぐさま弾切れを起こしては、回避と防御を繰り返し攻めあぐねていた。


 おかげで機体の破損しているAGアークギアは見られるも、戦死者は一人も出ていないようだ。


「流石はセシリア、大した名艦長だ。尚更、失敗は許されないな――GO!」


 俺はアクセルペダルを強く踏み、“ツルギ・ムラマサ”に向けて突進する。


 太く長い銃身の霊粒子小銃エーテルライフルを「3点バースト」モードに切り替え、一斉に放った。


 “ツルギ・ムラマサ”は機敏に反応し、飛蝗バッタが跳躍するような動きで、三条の光弾を全て避けきり飛び上がる。


 全弾躱されてしまったが、これは狙い通りだ。

 最初から、AGアークギア部隊と監視船から切り離すために撃ったのだ。


 その成果もあり、監視船はゼピュロス艦隊が防衛線を引いている、安全宙域まで撤退していった。


「レクシー先輩、桜夢! まずは“Mk-Ⅱ”が単機で“ツルギ・ムラマサ”と交戦する! 打ち合わせ通り支援を頼む!」


 俺は推力噴射装置スラスターを全開まで吹かし、武装を霊粒子刀剣セイバーブレードに切り替え斬り掛かって行く。

 いくら強力な実体刀剣リアル・ブレードを持ち、白兵戦に優れた“ツルギ・ムラマサ”だろうと、この“サンダルフォンMk-Ⅱ”なら十分に打ち合えると確信した上だ。


「――さっきとは違うぞ、コラァ!」



 ガキィィィィン!



 眩く蒼白い閃光を放ち、交じり合う刃。


 霊粒子エーテルエネルギーの効力もあり、真空の世界だというのに音に似た波長のような何かが、直接脳へと突き刺さる。

 同時に激しい衝撃がコックピット内を襲い、全身を大きく揺らした。


 俺は顔を顰めるも怯むことなく操縦桿を俊敏に捌く。何度も“ツルギ・ムラマサ”と白兵戦を繰り広げた。



 ギィン!



 何度目か刃が噛みあった。鍔迫り合い膠着状態となる。

 だが“プリンシパリティ”の時とは違い、パワー負けすることは一切ない。


 それどころか。


「もらった!」


 “サンダルフォンMk-Ⅱ”は押し迫る実体刀剣リアル・ブレードの刃を器用に受け流し、素早く機体の背後へと回る。


 そのまま“ツルギ・ムラマサ”の背部ユニットこと推力噴射装置スラスターに向けて、思いっきり踏みつける形で蹴り飛ばした。


 決して機体の性能差ではない。パイロットの技量の差だ。

 “ツルギ・ムラマサ”は次世代のAGアークギアと称しても過言ではない高性能な機体だ。

 寧ろ近接戦闘においては、“サンダルフォンMk-Ⅱ”を凌ぐ可能性すらある。


 だがパイロットの技能は機体性能においつていない。

 アダムFESMフェスムとなったことで、取り込んだヨハンの知識を得たのか、AGアークギア操縦は問題なくできるようだ。


 しかし、彼が鍛え培った才能センスまでは継承できていないようで、戦い慣れしていないぎこちなさを感じた。

 きっと乗っ取るとしても、全てではなく何かしらの制約があるに違いない。

 おそらく、そこがアダムFESMフェスムの弱点だ。



 “ツルギ・ムラマサ”の背部ユニットを蹴り込んだことで、推力噴射装置スラスターの装甲は大きく凹み歪む。

 そのことが影響してか、思うように推進力が発揮できず、補助噴射装置バーニアを噴射させ辛うじて機体を制御している。


「どうやら勝負あったな。その状態ザマじゃ、最早この“Mk-Ⅱ”の敵じゃない」


 俺は霊粒子刀剣セイバーブレードを収納し、霊粒子小銃エーテルライフルに武装を切り替え、“ツルギ・ムラマサ”に銃口を向けて照準を合わせる。

 

 このまま機体の自由を奪い、捕縛を試みることにした。

 余裕もできたので、直撃を避けるよう慎重に狙いを定める。


 しかし不意に胸騒ぎが襲う。

 何か鋭利な刃を眼前に突き立てられた、そんな感覚に近い。



 ――XINキシン MODEモード



 気のせいか?

 そう誰かが呟いたように聞こえた。しかも機械音声のようだ。


『マスター! “ツルギ・ムラマサ”から霊粒子動力炉エーテルリアクターの著しく出力上昇が見られマス! これは……《ヴァイロン・システム》と同様の暴走状態オーバーロードデス!』


「なんだって!?」


 すると、“ツルギ・ムラマサ”のデュアルアイが不気味に赤く発光した。

 関節部分と軽装甲の溝部分からも、赤く光る霊粒子エーテルが閃光を放ち、烈火を纏うかの如く激しく滾らせる。



 “ツルギ・ムラマサ”は実体刀剣リアル・ブレードを振り翳し、残された推力噴射装置スラスターを激しく噴流させて突進してきた。


 しかも速い――巧みに補助噴射装置バーニアで体制を制御し、猛スピードで鋭利な刃を向けてくる。


「うおっ!」


 俺は回避行動が遅れ、やむを得ず重装盾シールドで防御を試みる。それ程の瞬息だった。

 さらに実体刀剣リアル・ブレードの攻撃力は凄まじく、重装盾シールドを貫通させ、“サンダルフォンMk-Ⅱ”の左肩の特殊装甲さえ貫いてしまう。


『レフト・ショルダー装甲破損ッ! 左腕部の稼働率、45%低下!』


「クソォッ!」


 俺は機体を後退させ、素早く刃を引き抜く。頭部のアンテナを変形させ、霊粒子エーテル機銃を撃ち牽制する。

 弾丸の何発かは、“ツルギ・ムラマサ”の頭部にヒットし、デュアルアイなど一部を破損させるが、敵は怯む様子がなく突撃してきた。


「《ミラージュ・エフェクト》!」


 “サンダルフォンMk-Ⅱ”の右前腕部のギミックが作動する。5機の模擬投影機体ダミー・プロジェクターを射出された。

 一瞬で幻影を作り出し、各々が独自の動きを見せながら“ツルギ・ムラマサ”を攪乱させようと飛び交う。


 しかし、思惑が外れた。


 “ツルギ・ムラマサ”は躊躇することなく素早く模擬投影機体ダミー・プロジェクターの1機に斬撃を与え、内蔵されている霊粒子エーテルごと破壊する。

攻撃を受けたことで誘爆した霊粒子エーテルは、他の模擬投影機体ダミー・プロジェクターにも及び、4機が連動する形で次々爆発を起こしていった。


「うぐぅ!?」


 眩い閃光が俺の視界を奪う。

 そんな中、敵影がこちらに迫ってくることを直感した。


 “ツルギ・ムラマサ”だ。


 全体の装甲は損傷と破損が酷いにもかかわらず、一切衰えを見せない疾駆の力。


「なんなんだ、こいつ!」


 俺は逆に後退するのは危険だと判断し、機体を加速させ突進する。

 辛うじて動く左腕を掲げ重装盾シールドの先端を、敵の左肩目掛けて突き立てた。



 ドォォォ――ン!



 白兵戦用の兵器パイルバンカーを繰り出し、同時にミサイル弾を浴びせる。


 “ツルギ・ムラマサ”は吹き飛び、その左腕は完全に破損した。

 だがすぐに体勢を整え、残されたデュアルアイが殺意を滾らせながら、こちらを凝視させている。


 見た目上、既にボロボロの状態だが、一向に衰えは見られない。

 それに一見して無策な特攻戦法のように見えて、密かに計算された動きを感じる。


「こ、こいつ……この戦い方は、さっきとは明らかに別人だ! ただ機体性能が底上げしただけじゃない! パイロットの人格その者が変わったみたいじゃないか、まるで――」


 ――“サンダルフォンMk-Ⅱ”、いや俺を殺すことを前提で戦っている!


 たとえ自機やパイロットがどうなろうとお構いなく、ただ「殺す」目的だけを達成させるための行動に思えて仕方ない。


 武士道とは死ぬことと見つけたり――。


 禍々しく、そう物語っているかのようだ。


『――それが“ツルギ・ムラマサ”に《キシン・システム》! XINキシン MODEモードですねぇ、ハイ!』


 突然、コックピット内に響く男の声。


「誰だ!?」


『ジョージ・コバタケ、デス。申し訳ありまセン……勝手にジャックされマシタ』


 ホタルが謝ってくる。


 コバタケのおっさんだと? まぁ、“サンダルフォン”の元開発者である奴なら、ホタルのプロテクトを搔い潜る技術くらいはありそうだ。


『久しぶりですねぇ、カムイ君』


「こ、こいつ俺の正体に気づいているのか!?」


『……当たり前じゃないですか。四年前、キミとは何度か顔を合わせている筈ですよ……7号機の開発段階でヴィクトル社長に同行している時にねぇ、ハイ』


 そ、そういやそうだった……こいつやばくね?


『どうか、ご安心ください。近くにはハヤタ君しかおりませんので……彼は貴方の事情に詳しいようなのでノーカンでしょ?』


 確かにそうだけど……つーか、なんでハヤタと二人っきりなんだ?


 などという俺の疑念は放置され、コバタケのおっさんは《キシン・システム》に関して一方的に解説してきた。





───────────────────


《設定資料》



〇キシン・システム(XIN SYSTEM)


 グノーシス社のAG、“ツルギ・ムラマサ”に搭載された特殊機能。

 霊粒子動力炉エーテルリアクターを臨界点まで高め、一定時間機体の性能を底上げして強化する。

 またOSシステムが登録したミッションを演算し、任務遂行への最適解を戦術マニュアルとしてパイロットの体内に打ち込まれたナノマシンを経由して授受を行う機能がある。

 たとえどのような未知なるミッションでも割り出してしまうことから、ある意味で超高性能な「未来予測装置」とも解釈できるだろう。

 反面、機械が故に道徳や倫理観を持たない側面があり、任務遂行のためならあらゆる犠牲を厭わず、場合によっては自爆や玉砕も一つの戦術マニュアルとして導き出すこともある。


 無論、実際にAGアークギアを動かすのはパイロット自身であり、操縦する人間がシステムのリミッターとなるわけだが、精神力が弱い人間ならシステムに取り込まれ暴走状態「狂戦士バーサーク」となり、任務を完遂しながら命を落とす場合も少なくない。



《余談》

 開発時は「ラプラスの悪魔」と酷似した機能から、《ラプラス・システム》と名付けられていたが、上記のように機体やパイロットの生命すら顧みない側面から「武士道とは死ぬことと見つけたり」という『葉隠聞書』の一節になぞらえ、日本の企業も共同していることから《鬼神キシン・システム》と命名さた経緯がある。


 ラプラスの悪魔……フランスの数学者ピエール・シモン・ラプラスによって提唱された超越的存在の概念。「ある時点において作用している全ての力学的・物理的な状態を完全に把握・解析する能力を持つがゆえに、未来を含む宇宙の全運動までも確定的に知りえる」と言う。



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