第90話 熾天使達の出撃




「“カマエルヴァイス”は以前の“サンダルフォン”と“デュナミスJBカスタム”の戦闘データを基に全てのオールパイロット用に造られた機体です」


 ヘルメス社に所属し“サンダルフォン”の担当整備班である「リム」という少女が説明してくれる。

 普段通りゴーグルにマスクと素顔がわからない。


「量産機用って意味か?」


 俺はヘルメットを脱いだ状態で、水分を補給しながら聞いた。


「いえ量産には向かない機体です。製造コスト面もそうですが……ヘルメス社独自の新システムも搭載していますので、表沙汰にはできない部分もあります。あくまで“サンダルフォン”の支援であり影として活動しなければなりません」


「独自の新システムとは?」


「特務大尉だから説明しますが、《KABRAカブラシステム》という特殊機能を搭載しています」


「カブラシステム?」


「簡潔に言えば、機体とパイロットの反応速度を向上させる連動システムです。まだ試験もしていないので実際にどの程度かはわかりません。ヘルメスウチ社はグノーシス社と違い、その辺は慎重なので……」


「パイロットまで向上するってなると、倫理的な部分かい?」


「まぁ、そんなところです。しかしながら厳重に封印ロックされているので、そう簡単には発動いたしませんよ。条件もイリーナ社長の認証とパイロットの音声によるセキュリティコード、それに最新型のナノマシンを注入しないとなりませんし……ただの『お守り』程度です」


 お守りか……FESMフェスムに勝つためとはいえ、ってところか。

 けど、「KABRAカブラ」ってどういう意味だ?


 “カマエルヴァイス”の胸部ことコックピット・ハッチが開かれる。

 中から別の整備員が降りて行き、搭乗者のレクシーが顔を覗かせた。


「レクシー先輩! 新しい機体はどうですか!?」


 俺は大声を出し、上から見上げる形で伺ってみる。


「ああ、凄いAGアークギアだぞ、カムイ! “デュナミス”とは別モノだな!」


 まるで新しい玩具を与えられたような満面の笑顔で答える、レクシー。

 たった今、整備員のリムから聞く限りでは、そんな穏やかそうな機体じゃなさそうだが。


 まぁ、今回はあくまで俺の支援目的だ。

 窮地に立たされない限り問題ないだろう。

 

 それに、どうしても人手が必要な任務だ……。


 俺は可能な限り、“ツルギ・ムラマサ”を捕獲する方向で考えている。

 たとえ機体は破壊しても、中のパイロットは可能な限り生かしたいと思う。


 あのAGアークギアを動かしている存在が、もうヨハン中尉じゃなくても……乗っ取った“アダムFESMフェスム”という「敵」だとしても、人の形を成している以上は殺めたくない。


 俺自身のモラルと後のストレスを考慮して、そう決めていた。


 無論、あくまで心構えだ。

 レディオじゃないが、他の人間が犠牲になるのであれば話が変わる。

 その時は容赦なく、パイロットを討たなければならない。

 

 俺は「無理しないでくださいね!」と声を掛け、別の機体に視線を向けた。


 AGアークギア搭載できるほどの巨大バイク――“ガルガリン”。

 以前は試作型だったが、今回は量産型に調整された完成系の機体らしい。


「前回の戦闘では、一発しか霊粒子破壊砲台エーテルブラスト・キャノンを撃てませんでしたが、戦況により3回~4回撃つことが可能となりました」


「おまけにあの高機動性か……短期間でよく仕上げたものだ」


「特務大尉の戦闘データがあればこそですよ。“サンダルフォン”といい……一般のテストパイロットなら、半年は掛かってしまうでしょう」


 リムは声を弾ませ、俺を褒め称えてくれた。

 素顔はわからないが、女子に褒められるとつい恥ずかしくなる。


 間もなくして、“ガルガリン”の側面ハッチが開かれた。

 ちなみに、その巨大な機体故に側面と底面の二か所あるらしい。


 俺とお揃いで漆黒のアストロスーツを纏った、桜夢が降りて来る。

 そう、今回の作戦で彼女が“ガルガリン”のパイロットとして任命されたのだ。

 

「桜夢、“ガルガリン”はどうだ?」


「……うん、戦闘機だと思えばなんとかなるかな。けど高機動の割には機体も凄く大きくて、しかも『狙撃』となると……わたし一人で動かせるかなぁ?」


 確かにな。俺も以前操作したと言ってもAGアークギアを跨らせたバイク感覚だったし、最後は特攻を仕掛けて乗り捨て放棄したくらいだ。


 通常のAGアークギアしか操作したことのない桜夢一人だと手を余す機体だろう。

 もう一人、支援役のパイロットがいればいいんだが……ハヤタはコバタケのおっさんに気に入られ、グノーシス社の連中と一緒にいるようだからな。


「及ばずながら、今回の作戦では私も星月准尉のサポーター役として“ガルガリン”の操縦を担当させて頂きます! イリーナ社長からも指示を受けておりますので!」

 

 リムがいきなり敬礼して言ってきた。


 俺は「え?」と瞳を細める。


「サポーター役って……リムさんは操縦できるのか?」


「ええ、問題ありません。戦闘機からAGアークギアまで一通りの知識と経験があります。勿論、訓練された方々には遠く及ばないかもしれませんが……」


 整備班ならではか……まぁ、格納庫ハンガー船渠ドックに入る最は、整備員が収納したりするからな。まるっきりの素人ではないと思うけど。

 人手の少ない緊急事態ならやむを得ないか。


 ちなみに“ガルガリン”はコックピット内が広く、単独でも操縦できるが任務によって、複座型としても使用することも可能であった。


「……まぁ、“ガルガリン”は移動砲台としての援護が目的だし、遠い位置で狙撃する桜夢のサポートだけなら問題ないんじゃないか。けど無茶だけはしないでくれよ、リムさん」


「ハッ! ありがとうございます、特務大尉ッ!」


 俺はリムの返答と敬礼に気を良くし頷いて見せた。

 そのまま流すように愛機の方へ視線を向ける。


 ――“サンダルフォンMk-Ⅱ”。


「……後は俺次第か」


 いつになく緊張してしまう。

 あまりにも勝手が違う相手だけに――。



 間もなくして、セシリア艦長から出撃要請が下される。


 やはり待機していた宙域に、“ツルギ・ムラマサ”が現れたそうだ。

 しかも武装の少ない『監視船』ばかりを襲っているらしい。


『おそらく燃料である霊粒子燃料エーテル・マターを奪うのが狙いじゃないかな? アダムFESMフェスムは奪った肉体と嘗ての人格から知性を得て人格が別れるんだ……個性ってやつかな? パイロットとしてのヨハン中尉の人格から、それ相応の知識を得た上での行動だよ』


 “サンダルフォンMk-Ⅱ”のコックピット内にて。

 射出機カタパルトまで移動される中、コンソールパネルのメインモニターから、レディオ・ガルシアがウィンドウを開き説明してきた。


 彼は確か、遥か遠くの宙域を巡航する「第三艦隊」方面から話している筈なのに、随分と音声と映りがいいと思った。きっとコバタケのおっさんが処理しているんだろう。

 ちなみにレディオ側には、俺の姿は見えないようホタルの配慮で処理してもらっている。


「つまりこちら側の事情も筒抜けってわけか……だとしたら尚更、ここで捕らえる必要がある」


『マスター、“サンダルフォンMk-Ⅱ”、カタパルトデッキに設置完了。出撃までカウント起こり15秒――』


 ホタルが唱えるカウントに合わせ、出撃ランプが点滅していく。

 俺はぐっと操縦桿を強く握り締めた。


「――“サンダルフォンMk-Ⅱ”、弐織カムイ、出る!」


 ゼロのカウントと共に、ランプが眩く点滅して機体は射出された。

 普段通りにGを感じるも、ナノマシンの影響で問題なくやり過ごしている。


 景色は一瞬で真空の宇宙そらへと変わり、“サンダルフォンMk-Ⅱ”は目標地点へ飛び立つ。


「前よりも機体は安定感している。イリーナの話では、まだ調整している部分があると聞くが……ホタル、なんなんだ?」


『《ヴァイロン・システム》デス。新しいヴァージョンに組み替えていますが、稼働実験では目標レベルに到達していないそうデス』


「あれ以上の何を強化しようとしているんだ、ヘルメス社は? いや、考案者はヴィクトルさんか……まぁ、そう使用する機能じゃないから問題ないだろう」


 そう呟いていると、機体の背後から“サンダルフォン”に良く似た真っ白なAGアークギア近づいてくる。

 レクシーが操縦する、“カマエルヴァイス”だ。

 さらに背後から、桜夢とリムが搭乗している“ガルガリン”が飛んでいた。


 2機とも高機動力を誇るだけあり、“Mk-Ⅱ”の速度に難なく追随している。


「レクシーと桜夢も問題なく、乗りこなせているようだ……ん?」


 俺は意識を切り替え、前方に集中した。


 彼方より、蒼白い閃光が数条に交差している。


「――既に戦闘は始まっているようだ。ヨハン中尉……」



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