第89話 白き天使カマエルヴァイス




 イリーナからの話を終え、今度はレディオ・ガルシアが口を開いてきた。


『皆さん、“メフィスト”と“アダムFESMフェスム”については、粗方理解したことでしょう。後は、どう“ツルギ・ムラマサ”の暴走を阻止するか……当社として、この際は破壊も辞さない意向です』


「兄上、それは“ツルギ・ムラマサ”ごと、ヨハン中尉を屠るという意味ですか!?」


『そうだよ、レクシー。この件は現在進行中のエウロス艦隊と同じ重要案件だと思っている。しかも、皮肉なことに我がグノーシス社が開発したAGアークギアによって……幸い、ヨハン中尉以外の犠牲者は出ていない。やるなら今しかないんだよ……そのために、イリーナ嬢と手を組むことにしたんだからね』


「レディオ・ガルシア! これでお相子だからね! エウロス艦隊の件は完全にチャラよ!」


『わかってますよ……イリーナ嬢、貴女もしつこいですね。そういうところもヴィクトル氏に良く似ている。言っときますけど、戦闘データは渡しませんからね!』


「フン! “プリンシパリティ”で得ているから問題ないわ! そもそも、我が社のAGアークギアをパクった“サトウ・ヒデヨシ”のデータなんて不要よ!」


『誰です、サトウ・ヒデヨシって!? もう完全に人の名前じゃないですか! “ツルギ・ムラマサ”ですからね!』


「兄上もイリーナもやめてください! 互いに共同戦線を組んだのではありませんか!?」


 揉め事が悪化するまえに、レクシーが咎める。

 レディオとイリーナは互いに咳払いをしながら、「……失礼」と落ち着きを見せて、気を取り直した。


『――話を戻します。逃走した“ツルギ・ムラマサ”は、間もなく宙域に現れる可能性が高いと思われます。その時に、対抗できるAGアークギアで確実に仕留めるのが望ましいでしょう』


「間もなく現れるって、どうして言えるんですか? 他のFESMフェスム同様に、ホワイトホールを発生させ、自分たちの居場所に帰還しているのではないでしょうか? 聞くところによると、エウロス艦隊が交戦している“サンダルフォン”6号機も自らホワイトホールを発生させ、神出鬼没に何度も現れているとか?」


 セシリアが艦長モードで問い質している。

 俺もその可能性が高いと思った。


 しかしレディオは首を横に振るって見せる。


『単純に燃料切れですよ。“サンダルフォン”6号機はAGアークギア導入前のテスト機故に規定以上の生体機能が組み込まれ、それが原因で暴走に至ったとされています。年数の経過と共に今では半分以上がFESMフェスムと化していますが、現代の“ツルギ・ムラマサ”にはそれがない。搭乗者はヨハン中尉の肉体を乗っ取った“アダムFESM”が操縦していますが、AGアークギア自体は依然として、通常のままなのですから……』


 つまり“ツルギ・ムラマサ”には逃走する手段がないということか……。


「先にも説明した通り、FESMフェスムは知能があっても知性がないわ。つまり仲間意識もないわけ。救援や回収はあり得ないわね。まぁ野良のFESMフェスムに便乗して、一緒にホワイトホールの中に逃げる方法はあるでしょうけど……確率としては低すぎるわ。その前に燃料切れを起こすでしょうね」


 既にヨハン中尉が“シャックス”と戦闘し、暴走した後も“プリンシパリティ”と一戦を交えた後だ。

 おまけに、あのハイパワーに高出力。それこそ“サンダルフォン”並みの燃費の悪さと考えてもいいだろう。


『ならば燃料切れを待つという作戦もありますが……あの獰猛ぶりから、必ずパイロットの誰かが犠牲になるのは必然ですね。放置して“セフィロト”に侵攻されたら目も当てられません』


 レディオの話に、俺は頷き「だろうな」と前置きをした。


『話は理解した。それで、レディオ社長が言う「対抗できるAGアークギア」とは?』


「――“サンダルフォンMk-Ⅱ”よ。さっきの戦闘を見ている限り、あの“ツルギ・ムラマサ”を斃せるのは、もうこの機体しかないわ」


 イリーナが代わりに答え断言する。初めて、ちゃんと“ツルギ・ムラマサ”と言えていた。

 まぁ、確かにそうかもしれないが……。


『社長、“Mk-Ⅱ”がこの艦に収納されているのか? さっき格納庫ハンガーでは見なかったが?』


「今、こちらへ輸送している最中よ。もうじき到着するわ……けど、まだ調整している部分もあるから、本当なら実戦には投入したくないけど……仕方ないわ」


『しかしやるしかないか……後は俺自身か』


 そこが一番の問題かもしれない。

 事実上、俺にヨハン中尉を討てと言っているようなものだからな。


 いくらFESMフェスムに乗っ取られ、二度と戻らないとはいえ、俺にできるだろうか?

 当然、これまで他人の命を奪ったことなんてないのに……。

 FESMフェスムと戦う覚悟とは違う、別の度胸が要求されそうだ。


そちら・ ・ ・の黒騎士さんは、その口調から人を殺めたことはなさそうだね? いや、敵が外敵宇宙怪獣で一貫している以上、当然なのかもしれない。我が社としても、“ツルギ・ムラマサ”を行動不能にして捕縛してもらいたいのが本音だ……その方が戦闘データも正確に得やすいし、エウロス艦隊で戦っている「ルドガー大尉」達にも貢献できるからね。しかし、今はあくまでも人命が優先だ。我が社のAGアークギアで被害が拡大するのなら、破壊してもらった方が余程いい……イメージダウンにもなるからね。そう合理的に結論づけた上でのお願いだよ』


『それなら可能な限り、捕縛する形で挑もう……最悪はという覚悟を持つように努力するよ』


「……ごめんね、また貴方に無茶なお願いをして……一応、保険をかけるようにしたからね」


『保険とはなんだ?』


 詫びながら意味深なことを言ってくる、イリーナに向けて俺は聞いてみる。


「支援機を用意したわ。“サンダルフォンMk-Ⅱ”のサポート用よ」


『前の試作型支援機“ガルガリン”か?』


「それもあるわ。けどもう1機、用意しているのよ。“サンダルフォン”の兄弟機といえるAGアークギアがね」


『なんだって!? マジか!?』


 あの“プリンシパリティ”以外にも、まだ造っていたのか、ヘルメス社は!?

 “ツルギ・ムラマサ”で散々ムカついていたくせに、十分にマウント取っているんじゃないか。


「―― “カマエルヴァイス”よ。その機体をレクシー少尉、貴女に貸してあげるわ」


『……私にですか?』


 イリーナに振られ、戸惑いを見せるレクシー。


「そうよ。貴女、奇態FESMフェスムの件では見事に黒騎士をフォローしてくれたじゃない。その腕を見込んだ上よ」


 確かにレクシーは教官をするだけありパイロットセンスは抜群だ。

 今でもエースを名乗ってもいいレベルだろう。


 しかし、“サンダルフォン”並みの機体となると話が変わる。

 あれは俺だからこそ乗りこなせる、チートAGアークギアだからだ。


「――わかりました。このレクシー・ガルシアにお任せください」


 レクシーは席から立ち上がり、力強く凛とした返答と共に綺麗な敬礼をして見せた。


「感謝するわ、少尉。私からの話は以上よ。古賀艦長、“ツルギ・ムラマサ”が現れたら知らせて頂戴。こちらの出撃タイミングは名将と謳われた、貴女に一任するわ」


「わかりました、イリーナ社長。私も微力ながら指揮を取らせて頂きます」


 セシリアも艦長らしい口調と共に同じように敬礼した。



 それから間もなくして、ヘルメス社製の輸送船が到着する。

 専用格納庫ハンガーに、2機のAGアークギアと支援機が並んだ。


 支援機の方は以前、俺が操作したことのあるAGアークギアの搭載可能な巨大バイクこと、“ガルガリン”である。


 AGアークギアの方は、俺の愛機である“サンダルフォンMk-Ⅱ”。


 そして隣に立つ新たな機体は――。


「あれが“カマエルヴァイス”か? なるほど、“サンダルフォンMk-Ⅱ”によく似ている……」


 それは純白に統一されたAGアークギアだった。

 “サンダルフォンMk-Ⅱ”と似たデザインだが、若干細身であり所々が異なっている。

 L型双角アンテナに吊り上がったデュアルアイやフェイスは、若干形状は異なるも兄弟機として統一されているようだ。

 但し背部のユニットが推力噴射装置スラスターを含む、両翼が4枚と簡略化が見られる。

 手持ち武装に関しては同じく、擲弾発射器グレネードを装置された霊粒子小銃エーテルライフルに、重装盾シールド杭打ち機パイルバンカーが一体化され装備されていた。


 一見して“サンダルフォンMk-Ⅱ”を一般パイロット向きに簡略化されたような機体だが、より流線型の優美なデザインはまるで純白の天使のように思えた。





───────────────────


《設定資料》



 〇カマエルヴァイス

 

 型式番号:HXP-S001


 平均全高:16,5m(頭部の双角、L型アンテナを除く)

 平均重量:本体重量11,5t

 全備重量:25t(増加燃料プロペラントタンクや強化装甲をパージした際、11,5t )



 “サンダルフォンMk-Ⅱ”を支援目的で造られたAGアークギア

 同様の『特殊強化軽装素材』を装甲に使用されており、他の機体以上の強度を誇る。

 霊粒子動力炉エーテルリアクター霊粒子推進機関エーテルエンジン推力噴射装置スラスターはほぼ同一もユニットを搭載しているが、《レギオンアタック》などAIホタルでなければ操作不能な機能と武装類はカットされている。

 反面、他のAGアークギアの武器や装備類など換装が可能であり、戦況に応じた多様な戦闘が期待できる。


 本来は「弐織カムイ」以外のエースパイロットが操縦するコンセプトの下で開発された経緯があり、機体にはパイロットの能力に合わせた制御系リミッターが施されている。

 また兄弟機だけあり、手持ち武装に関して“サンダルフォンMk-Ⅱ”と同様の高火力武器を使用できる利点があるが、高コストのため量産機には向かないようだ。



《極秘システム》※封印された強化機能


KABRAカブラシステム

 コックピットに搭載されたシステムと連動し、パイロットの体内に注入された「特殊ナノマシン」が作動して、一時的に「弐織カムイ」の脳波と同様の状態にさせる効果を得る。

 同時に制御された機体のリミッターが解除され、《ヴァイロン・システム》並みの機動力を得ることが可能とされる。


 無論パイロットに相当な負荷が強いられるシステムであり、倫理的にも反する非人道的な側面があるため、通常は厳重に封印ロックされているらしい(封印を解除するには音声式のセキュリティコードの登録が必要)。

 

 KABRA=KAMUI・BRAINの略称。



《補足》

 形式番号: HXP-S001


 H=ヘルメス社製

 X=未知(どこにも属されていない)

 P=プロトタイプ機

 S=サンダルフォン兄弟機

 001=1番目に製造


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