第88話 メフィストフェレスの謎




 あれから戦線を離脱した“ツルギ・ムラマサ”を警戒し、駆けつけた他のAG隊は宙域で待機することになった。


 ヨハンの身体を乗っ取った“メフィストフェレス”が、他のFESMフェスムと同様に自らホワイトホールを発生させ逃げることが可能なのか、よくわからない未知の部分が多いからだ。



 俺と桜夢は傷ついた“プリンシパリティ”と共に、レクシー機の付き添いで主力戦艦“ミカエル”へと帰還した。


 ヘルメス社専用の格納庫ハンガーにて、俺達は機体から降りて戦いから解放される。ようやく生還を果たしたことを実感した。


「――二人共、ご苦労だったわ。まだヘルメットを脱いだら駄目よ。バイザーも下げたままでいてね」


 イリーナが出迎えてくれた。

 帰還した早々、なんか色々と注文してくる。


『ああ。とりあえず、イリーナには色々と手回ししてくれたことに感謝するよ……ところで、どうしてヘルメットを脱いだら駄目なんだ?』


「あいつらがいるからよ――」


 イリーナは顔を顰めながら、ある入り口側に赤い瞳の双眸を向ける。

 そこに三人の男女が立っていた。


 一人は、レクシーの妹であるチェルシー・ガルシア。


 彼女の後ろに元ヘルメスの開発研究者で、今はグノーシス社に身を置く博士、ジョージ・コバタケのおっさん。


 その隣にハヤタが立ち、俺に見せるよう親指を立てている。

 何でもモデラー仲間としてコバタケのおっさんに気に入られたらしい。

 イリーナの命令もあり、上手く向こう側に溶け込んでいるようだ。


「貴方達の勇猛果敢な戦いぶり、しかと拝見いたしましたわ、黒騎士さん」


 チェルシーは腰に両手を添えながら、一応は俺達を労っている、

 しかし中等部の後輩女子の癖にやたら上から目線だ。


 俺はバイザー越しで、イリーナに視線を向ける。

 彼女は頷き、「話してもいいわ」と許可を下した。


『これが俺達の仕事だ。おたくらこそ、大切なAGアークギアとテストパイロットが、ああなってしまって大変じゃないのか?』


 遠回しに、「こんな他人の庭でくつろいでいる場合か?」と言ってやる。


「……そうですわね。不慮のトラブルではありますが前例がなかったわけじゃありませんわ……その為に不本意ではありますが、スターリナ家と共同戦線を張ることにいたしましたの」


『共同戦線?』


「この件に関しては一時休戦することにしたって意味よ。事が事だからね……ここじゃなんだから別室に行くわよ。二人共、そのままの格好でついて来て」


 イリーナから指示を受け、俺と桜夢は彼女達の後をついて行くことにした。



 艦内の作戦会議室ミーティングルームにて。


 広々とした部屋の中に入ると、既に艦長のセシリアと何故かアストロスーツを着用したままのレクシーの二人が待機していた。

 他の連中はいないようだ。


 プシュッと扉が閉められ、俺達だけの密室となる。


『レク……いや、どうしてガルシア少尉がいる? 持ち場はいいのか?』


「レディオお兄様の指示ですわ、黒騎士さん。お姉様も放棄したとはいえ、ガルシア家の人間……聞く権利はありますわ。それに、スターリナ家もお姉様に用がおありになるんですわよね」


「ええ、最後の方で話すわ……まぁ、とりあえず座りましょう」


 イリーナに促され、俺達は空いている席に腰を降ろした。


 するとチェルシーが「コバタケ博士、準備を」と指示する。

 コバタケは「御意」と言いながら、手に持つタブレット端末を操作し始めた。


 束の間、天井から黄金色に輝く立体映像の青年が、その背に翼を広げながら舞い降りてくる。何故か真っ白な羽がふわふわと彼の周囲を躍らせてやたら神々しい。


 レクシーの兄である、レディオ・ガルシアだ。

 どうして金色で翼が生えているのか謎だけどな。


「ムカつく演出ね! 普通に出て来れないワケ!?」


 イリーナが烈火の如く激昂する。俺も同じようにイラっとした。


『ハハハッ。これもリモートならではの役得かなと思ってね。博士、もう普通に戻していいよ』


「御意、ポチっとな」


 コバタケはタブレットを操作すると、レディオは通常に戻り背後から翼が消える。 

 どうでもいいけど非常時だってのに、随分と緊張感のない連中だ。


『まずは黒騎士さんにお詫びするよ。我が社の“ツルギ・ムラマサ”が性能良すぎてごめんなさいっとね』


「いちいち嫌味な男ね! 謝罪するなら、ちゃんとしなさいよ!」


『落ち着け、社長。レディオさん、別におたくらが謝る必要はない……FESMフェスム絡みに関しては、やむを得ないトラブルだと割り切っている。それより、テストパイロットのヨハン中尉がどうなったのか、あのAGアークギアを止める手立てなど教えてほしい。それと人間を乗っ取れる“メフィストフェレス”についてもな』


 俺はムキになるイリーナを宥めながら、レディオに向けて率直に聞いてみる。


『“メフィスト”に関しては、よりイリーナ嬢の方が詳しいんじゃないかい?』


『メフィスト?』


『寄生FESMフェスム、“メフィストフェレス”の略称だよ。名前が長ったらしくてウザいだろ? だから「賢者会」の連中はそう呼んでいるらしいよ』


「彼にそこまで言わなくていいわ。出撃前に話したFESMフェスムが“メフィスト”よ。爵位FESMロイヤル級で『堕天使グレゴリル』として登録されており、確認されている範囲では100年以上前に地球に降りて来た1体と、エウロス艦隊が戦っている1体、そして今回ね」


 イリーナの口振りから非常に稀な敵だということが伺える。


『ヨハン中尉はどうなったんだ? その“メフィスト”に取り込まれると、“アダムFESMフェスム”になるって言っていたよな?』


「“メフィスト”に身体と人格を乗っ取られた人間の男性を“アダムFESMフェスム”と呼ばれているのよ。女性は“イヴFESMフェスム”。“サンダルフォン”6号機のテストパイロットは女性だったわよね、コバタケ?」


「はい、ティア・ローレライです。地球上がりの戦闘機乗りでしたが腕のいいパイロットでしたねぇ、ハイ」


 ローレライ? どこかで聞いた名前だぞ。


『……ソフィちゃん?』


 隣に立つ、桜夢が呟く。

 そうだ、転校してきた金髪のフランス人の子だ。

 同じ地球上がりの桜夢と意気投合し友達になっているんだよな。

 何か関係しているのだろうか?


「あのぅ、乗っ取られた人間はどうなるんです? 元に戻す方法とかあるんですか?」


 セシリアが挙手して質問している。

 そういやイリーナの奴、寄生したら「どっちに転ぶかわからない」って言っていたな。


「……FESMフェスムとして生きるか、人間として生きるかの二択よ。それは誰が決めるわけじゃない、当人次第よ。元々、FESMフェスムは高い知能が備わっているけど知性は無いわ。“メフィスト”は乗っ取った人間の人格に反映して知性を得るのよ……そして、アダムかイヴになってわけ。個人によって敵にも味方にもなるわ……」


『ヨハン中尉は「敵」になったってわけか? 俺達に襲い掛かってきたから……それで、どうやったら体内からFESMフェスムを追い出せる?』


「不可能よ。完全に同化され人間として生きることになるわ……その肉体の寿命が尽きるまでね。そうなったらFESMフェスムも死ぬわ」


『“シャックス”を斃した時、頭部から脳髄のような“メフィスト”が現れて、“ツルギ・ムラマサ”に侵入したが、奴は生物から生物へ寄生を繰り返せるんじゃないか?』


「あくまで仮説の範囲だけど、知性のない“メフィスト”の状態なら、それが可能かもしれないわね……けど、知性を得てアダムとイヴになったら完全に融合されてできなくなるわ」


 仮説という割に、はっきりと断言する、イリーナ。

 まるで身近で見ていたような言い方だ。


『随分と詳しいな、社長……先代社長(ヴィクトルさん)から聞いたのか?』


「……黒騎士には、無事に戻ったら教えてあげるわ。全てね」


 全てか……相変わらず意味深なことを言う。

 とりあえずイリーナの話では、ヨハンはもう違う存在になってしまったようだ。


 ――“アダムFESM”という、敵対する謎の存在へと。

 

(とてもいい副教官だったのに……チクショウ!)


 俺はヘルメット越しで悔恨の念にかられ、奥歯を強く噛み締めた。





───────────────────



《設定資料》


〇メフィストフェレス(略称:メフィスト)


 爵位FESMロイヤル級であり『堕天使グレゴリル』という以外、謎に包まれた存在。


 別のFESMフェスムに寄生しており、その姿は真っ白な脳髄に似た異様な寄生虫の姿をしている。

  非常に優れた軟体機能も備わっており、ほんの僅かな隙間でも潜り込むことができるようだ。また肉体の縮小や拡大も自由自在に姿を変えることできる。


 一説では、AGのシステムを乗っ取れる中型FESMサタネル級の進化系ではないかとも言われる。

 したがって生物から機械類に至るまで、あらゆる者に寄生し宿主の人格やシステム類を乗っ取り、そのモノに成り代わることができる。


 但し人間に乗っ取った場合、その者の人格を網羅して知性を得ることで固定化されて、“メフィストフェレス”としての能力は消失する。

 完全に人間と化した場合、男性なら“アダムFESMフェスム”、女性なら“イヴFESMフェスム”と呼び、敵か味方かのどちらかになると言われる。



《超極秘記録》

 “メフィストフェレス”が、人類側から最初に認識されたのは100年以上前(西暦2030年頃)の地球へ侵攻してきた時代である。

 その時は人類に鹵獲された、ある「巨人型のFESMフェスム」に寄生していたらしく、それ以降は西暦2147年まで確認されていない。

 またその「巨人型FESMフェスム」を介して、人間に寄生したという記録があるも、その記録自体はブラック・ボックスとして『賢者達』によって永久保管されている。


《補足事項》

 他のFESMフェスムとは異なり、ソロモン72柱に該当されていない。

 背景として上記の超極秘事項が理由だと思われる。

 また人間の人格を乗っ取ることから、「人間を惑わす悪魔」として“メフィストフェレス”と命名された背景がある。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る