第86話 怪電波VSデビュー曲
「やったね、カムイくん! 流石だよ!」
副操縦席の桜夢が褒め称えてくれる。
こうして直に賞賛されるのも複座型ならではだよな……やっぱりいいかもしれない。
などと戦闘中に惚気ている場合じゃないか。
「桜夢が《ナイトゴースト》で、“シャックス”追い込んでくれたからさ! それより、ヨハン副教官は!?」
「うん、残り1体のところに向かっているよ。ここからじゃ、少し距離があるわ……」
「さっきの戦いぶりから問題ないと思うけど、念のため向かった方がいいな!」
俺達は“プリンシパリティ”を突進させ目的地へと向かった。
が、
ギィオォォオォォオオォオオォォォォ――……!
「な、何ぃ、この音!?」
「怪電波だ! “シャックス”の鳴き声か!? 気を付けろ、桜夢! 視界と意識が乗っ取られるぞ!」
真空の宇宙では音を伝わることはない。
だが、“シャックス”は口から鳴き声を発することができる。
きっと外敵宇宙怪獣である
だが一説では“シャックス”の鳴き声は「音」ではなく、「電波」として人間の脳に直接送られるとされている。
したがって、前線で戦うAGパイロットを含む国連宇宙軍では「怪電波」として認識されていた。
ちなみに「怪電波」には射程距離があるらしく、一定の距離を保っていると効果が薄れるようだ。
「幸い、まだ“プリンシパリティ”と距離が置かれているから、鳴き声が聞こえても影響を受けることはないよ……」
「そうだな。さっきのように遠距離からの狙撃で斃すのが無難だろうけど……ヨハン副教官は?」
『――“ツルギ・ムラマサ”沈黙! “シャックス”が放った
ホタルが
「なんだって!? ヨハン副教官が取り込まれてしまったのか!? クソォッ!」
俺はサブモニターで拡大させ、前線の戦況を確認する。
まずいぞ……これは!
敵を前にして、“ツルギ・ムラマサ”は抜け殻のように動きを止めていた。
ホタルが知らせ通り、既に3体の
あのままじゃ、完全にシステムが乗っ取られてしまう。
ここから“シャックス”を狙撃したいが、“ツルギ・ムラマサ”が障壁になり大きく旋回しなければならない。
「……遠距離攻撃が可能な、《ナイトゴースト》は射程距離外か。もう少し近づきたいが、“シャックス”鳴き声にハマるとこちらも最悪なことになってしまう……どうする!?」
もう間もなくしてゼピュロス艦隊が駆けつけてくるだろうが、仮に合流してもその頃には“ツルギ・ムラマサ”が完全に取り込まれてしまっているだろう。
『――手はあるわ!』
いきなりイリーナが、メインモニターのウィンドウから真っ白な顔を覗かせた。
「うおっ、びっくりしたぁ! 心臓に悪いからやめろよ! ってか、手段があるって本当か!?」
『ええ、サクラなら「怪電波」の影響を受けない筈よ!』
「桜夢が? なんで……まさか、彼女の身体を勝手に改造……」
『な、わけないでしょ! 嫌いな相手以外、そういうことはしないわ! 新型のナノマシンよ!』
「ナノマシン? ああ、シズ先生が造ったやつね……五感を任意で調整して操れるんだよな――ああ、そうか!」
『そっ、“シャックス”の「鳴き声」には惑わされないってわけよ』
なるほど、“シャックス”の「怪電波」には聴覚や視覚を奪う作用がある。それが悪化すると思考能力が低下し、ヨハンのようになってしまうのだ。
桜夢が接種した新型のナノマシンなら、任意で五感を操作できるので「怪電波」の影響は受けない。そういうことだろう。
やっぱりシズ先生は凄いな……ただ単に俺の貞操を狙ってばかりの痴女Drじゃなかったんだ。
「クソッ……失敗した。こんなことなら俺も打っておけば良かったわ。仕方ない、俺は『怪電波』の影響受けてもいいように、メインの操縦を桜夢に切り替えるよ。発狂しないよう、アストロスーツを硬直させて身動きが取れないようにして……」
『駄目よ! このミッションは二人同時でなければ成功しないわ! その対策も予め施しているわよ、サクラ!』
「は、はい?」
『
「イリーナ、それはどういうことだよ?」
デビュー曲って、もろ宇宙アイドル活動のアレだろ?
どうして「怪電波」対策に繋がるんだ!?
俺が疑念を抱く中、イリーナは重々しく口を開く。
『……そろそろ説明してもいい頃ね。宇宙アイドルは、私の趣味や思い出作りだけじゃないわ! 真の活動目的は、出撃前に説明した特殊能力を持つ、
「特殊能力? 人間の身体と人格を乗っ取るタイプの
『そう! 奴らの特殊攻撃は、とある特殊な音の周波数を電気信号に変換し、搬送波に乗せ電波として発信することで打ち消せることが可能なのよ!』
なるほど、電波に変換させ発信か……それなら真空の宇宙でも適応できるか。
何気に趣味とか思い出作りっていうワードが引っかかるが……一応、ちゃんとした目的があっての活動だったということは理解した。
「それで、
『そうよ。変換作業は全てホタルがやってくれるわ。曲のサポートもね……でも本当はユニットで歌う曲だから、専用のマイクや人数が不足しているのは懸念するべきところだけど……まぁ、コックピット内でカムイ一人の対象なら問題ない筈よ』
一か八かなところもあるようだな。まぁ初試みだから仕方ない。
「だがやるしかない! ヨハン
『うん、わかったよ、カムイくん!』
桜夢はヘルメットのバイザーを下げて返答する。
『COPY――これよりサクラの音声を曲に乗せて変換します。マスターには、特殊周波数に搬送波させた電波として、聴覚から脳へ行き届くようセッティングいたしマス』
ホタルはそう告げた途端、コックピット内から戦闘中に似つかわしくない明るい音楽が流れ始める。
宇宙アイドルユニット、
――気づいてInsensitivity♪
J-POPに似た、とても可愛らしい曲だ。
作詞・作曲はイリーナらしいけど……ん?
待てよ……
あれ、なんだ? 不思議に俺がディスられているような気分になってきたぞ。
桜夢は曲に合わせて歌い出した。
ヘルメット越しに、彼女の綺麗な歌声が俺の耳から脳へと心地よく流れ始めていく。
不安と緊張で荒ぶっていた気持ちが解消されているのがわかる。
「こりゃいい……“シャックス”の『鳴き声』をかき消すだけじゃなく、気持ちもいい感じで高揚されていく。歌は芸術、人類が築き上げた文化の遺産……そういうことか、イリーナ!」
俺は操縦桿を握りしめ、強くアクセルを踏み込む。
“プリンシパリティ”は疾駆し、躊躇なく「怪音波」の射程内に入る。
――何も影響を受けない。
桜夢の歌声のおかげだ。
「こちらも射程距離に入った! 《ナイトゴースト》射出ッ!」
俺の指示により、桜夢は歌いながら背部ユニットから、6機の遠隔攻撃型端末兵器が放たれる。
何十回も練習しているだけあり器用な子だ。自分で指示しておきながら思ってしまう。
その影響もあってか、6機の《ナイトゴースト》はリズミカルな動きで飛び立ち、目標地点へと向かって行く。
“ツルギ・ムラマサ”に纏わりついている、3体の
各 《ナイトゴースト》から
単発では装甲が邪魔をして届かないも、2機の端末が連携して撃つことで
あっという間に、3体の
「あとは俺が――!」
“プリンシパリティ”をさらに加速させ、大型
すかさず
そして、“ツルギ・ムラマサ”と対峙する“シャックス”の背後を捉えた。
「もらった!」
俺は狙いを定め迷わず、トリガーを絞る。
“プリンシパリティ”が構える長銃身の
先程と同様、“シャックス”の肉体は飛沫の如く粉砕され崩壊を遂げる。
筈なのだが――
「な、なんだ、あれは……?」
俺はある異変に気づいた。
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