第85話 怪鳥のシャックス戦




FESMフェスムが現れるかもしれないだと!? 本当か、ホタル!?」


 突如の知らせに俺は激しく問い質した。


『イエス。今回は不本意ながら、このような待遇を受けてキャパに余裕もありましたので、近く宙域に駐留する監視船をハッキングしていたところ、これから向かうポイントに微弱ながら時空の歪みが発生し、今も膨張を続けておりマス!』


 何気に皮肉っぽい言い方をしているが、ホタルの精度は折り紙つきだ。

 ほぼ間違いないと見ていいだろう。


「桜夢、直ちにヨハン副教官と戦艦“ミカエル”に知らせてくれ! ホタルはイリーナだ!」


「わかったわ!」


『COPY。それとマスター』


「どうした、ホタル?」


『歪みの膨張は固定化され、間もなくホワイトホールが発生シマス。その範囲は極めて小さく、小部隊規模か野良の可能性が高いデス――只今、オーナーより返答がありマシタ。繋ぎマス』


 ホタルは俺に状況を報告しながら、同時作業でイリーナに連絡し応答を繋ぐといった離れ業を見せている。

 この素早く器用な部分は、万能なるAIならではだ。

 電子戦において、人間では彼女に勝つことはできないだろう。


『カムイ、ホタルから報告を受けたわ。今頃になって巡視船から“ミカエル”に報告されているそうよ。サクラの方が知らせるのが早くて笑えるわ』


「笑っている場合かよ……それよりどうする? この“プリンシパリティ”、一応は実弾も装備しているから戦えなくもないが……」


 言いながら、チラッと副操縦席に座る、桜夢を気に掛ける。


『その機体は、あくまで実験機だからね。無理して戦う必要はないわ。たった今、ゼピュロス艦隊が出撃したところだから、そこで待って合流しなさい』


「了解し……」


「カムイくん! ホワイトホールが発生して、FESMフェスムが出現したわ! 識別、爵位FESMロイヤル級、3体! いずれも“シャックス”だよ!」


 俺の言葉を遮る形で、桜夢が素早く索敵結果を報告してくる。


『やりますね、000-9トリプルゼロ・ナイン……マスターが贔屓ひいきにすることだけはありマス。現時点だと“ツルギ・ムラマサ”と交戦する確率、98%デス』


 何かとライバル心を燃やす、ホタル。

 だが今は気にしている場合じゃなさそうだ。


「つまりこのままだと、ヨハン副教官が一人で戦わなきゃいけないってわけか……その“シャックス”3体と?」


『イエス、如何いたしまショウ?』


「“シャックス”はやばいぞ……攻撃力自体は低いのもあって『堕天使グレゴリル』じゃないが、AGのシステムを乗っ取れる中型FESMサタネル級を体内から放出して操ることができる……しかも、奴自身もパイロットの思考を惑わせる怪電波を発するんだ」


「じゃあ……」


「俺、個人としては……ヨハン副教官を見捨てることはできない。1機より2機の方が時間も稼げるし、3体なら殲滅できるかもしれない」


「うん、わたしもそう思う。やっぱりカムイくんはエースだね」


「そ、そう? ごめんよ、サクラ……危険な目に遭わせるかもしれない」


「いいよ。わたしは覚悟を持って宇宙そらにいるから……それにカムイくんと一緒なら、少しも怖くない」


 やばい……やっぱり桜夢はいい子だ。

 それにパイロットとしての心構えなら、俺よりも上かもしれない。


 俺も桜夢に背中を預けよう――!


「よし! これより“プリンシパリティ”は“ツルギ・ムラマサ”と合流し、FESMフェスム殲滅に当たる――GO!」


 機体を操作する主操縦席メインに座る俺は、アクセルペダルを強く踏み込み戦線へと突進する。


 約一分ほどで、蒼白い閃光が交差する宙域へと入った。


「やはり始まっていたか! 桜夢、ヨハン副教官は無事か!?」


「はい! “ツルギ・ムラマサ”は健在! サブモニターで戦況を表示します!」


 桜夢の的確な操作で、サブモニターから交戦状況が映し出される。



 爵位FESMロイヤル級の外敵宇宙怪獣こと、“シャックス”。

 AGアークギアと一回りほど大きな巨体であり、見た目は灰色っぽいが金属光沢を発する異形な野鳩のような姿をしている。両翼部分だけが淡く真っ白に発光していた。

 

 その3体が“ツルギ・ムラマサ”を取り囲む形で、大きく旋回を繰り返している。

 1体の“シャックス”がくちばしと思われる口を裂けると言わんばかりに開放させた。

 すると、そこから「卵」を彷彿させる透明色の球体が三つほど吐き出された。


 球体は肥大化し、クラゲのような形をした中型FESMサタネル級へと変貌する。

 中心部には蒼白く光を宿した結晶核こと『星幽魂アストラル』が透けて見えた。


 あの中型FESMサタネル級の敵は、AGアークギアに纏わりつくことでシステムを乗っ取ることができるタイプだ。


 “ツルギ・ムラマサ”は停止した状態で、周囲を伺いながら飛行する“シャックス”3体を牽制しているかのように見えた。

 何か行動を起こさないと、囲まれてより窮地に陥るかと思われるが……。


 しかし杞憂だった。


 “ツルギ・ムラマサ”の鋭いデュアルアイが発光し、武器のセレクトが行われる。

 霊粒子小銃エーテルライフルから、腰元に装備されている実体刀剣リアル・ブレードを鞘から引き抜いた。

 見た目も「日本刀」に酷似した刀剣であり、刃には霊粒子エーテルが闘気の如く放出されている。

 

 瞬間、背部の推力噴射装置スラスターが激しく噴射され、蒼白い閃光の軌跡を残した。


 補助噴射装置バーニアを活かし、鋭角な蛇行で疾走する“ツルギ・ムラマサ”。



 ――斬ッ! 斬ッ! 斬ッ!



 襲い掛かってくる、3体の中型FESMサタネル級の中心部である『星幽魂アストラル』に向けて精密に斬撃を与えて瞬殺する。

 まるで彗星のような鮮やかさだった。


 なんでも、日本のキリシマ重工が手を加えたことでOS設定と駆動系の調整がミリ単位まで可能という話だ。

 したがって超精密かつ圧倒的な運動性のパフォーマンスが発揮されるらしい。


 さらに“ツルギ・ムラマサ”は加速し、“シャックス”の1体に接近して斬撃を与えた。



 ドウッ!



 あっさりと胴体から『星幽魂アストラル』を斬り裂き、“シャックス”を撃破した。


「……敵の出方を見極めての行動か。パイロットセンスとAGアークギアの性能が高くなければ難しい判断だ」


 そう呟きながら戦慄してしまう。

 グノーシス社製の“ツルギ・ムラマサ”も脅威だが、何よよりヨハンの操縦技術が高い。おまけに度胸も据わっている。

 社長のレディオが彼をテストパイロットとして選んだ理由がよくわかった。


「――カムイくん! こちらも敵を射程距離に入れたよ!」


「よし! 早速新兵器を使う――《ナイトゴースト》を射出ッ! コントロールは桜夢に任せる!」


「了解ッ!」


 俺達が駆る“プリンシパリティ”の背部ユニットから、6機の小型端末兵器が射出される。

 

 これが遠隔攻撃型端末兵器こと、《ナイトゴースト》だ。


 以前、戦ったFESMフェスム、デカラビアとアンドレアルフスのように複数の攻撃兵器を全方位から、あるいは各個を一斉に撃破させることを目的としている。


 無論、機体を操縦しながらでは不可能だ。

 本来なら俺のように、電脳AI型の知的機械体であるホタルのサポートが必要となるだろう。


 しかし、複座型のAGアークギア“プリンシパリティ”であれば、副操縦席のオペレーターが操作すればいいので問題なく使用できる兵器である。



 放たれた6機の《ナイトゴースト》は俊敏に飛び交いながら、“シャックス”の1体を包囲した。


「――撃てぇファイヤ!」


 桜夢がトリガーを引き、6機の《ナイトゴースト》が一斉に霊粒子エーテル弾を撃つ。



 ドォッ、ドォッ、ドォッ、ドォッ、ドォッ、ドッォォ――ッ!



 回避不能の同時射撃が命中した。巨体のFESMフェスムなら尚更だ。


 “シャックス”は《ナイトゴースト》の攻撃により両翼が破壊され、頭部や胴体や尻尾に至るまで激しく損傷している。

 その影響で自由に飛行する機能と制御が損なわれ、宙返りを繰り返しながら宇宙そらを漂う塊と成り果てた。


 しかし、FESMフェスムは『星幽魂アストラル』を完全に破壊しないと、すぐに蘇生してしまう。

 反面、《ナイトゴースト》が放つ攻撃は霊粒子エーテル弾なので、回復を送らせることができた。


「よし、とどめだ!」


 俺は照準機能で狙いを定める。

 “プリンシパリティ”は長身の霊粒子小銃エーテルライフルを構えて狙撃した。



 バシュ――!



 見事、胴体部を貫き『星幽魂アストラル』の破壊に成功する。

 2体目の“シャックス”は細胞ごと砕け散るかのように弾けて散開した。


「残り一体だ!」





───────────────────



《設定資料》


〇シャックス


 爵位FESMロイヤル級の外敵宇宙怪獣。

 金属光沢を発する異形な野鳩のような姿をしており、体内からAGアークギアのシステムを乗っ取る中型FESMサタネル級を射出して操作することが可能。

 攻撃力は低いが人間の聴覚や視覚の二感を奪う鳴き声を放ち、その威力は思考能力さえも奪う能力を有している。


 口から吐き出される中型FESMサタネルは、透明色で軟体性のあるクラゲのような姿であり、内部から『星幽魂アストラル』が剥き出しに晒されている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る