第84話 複座型と不機嫌な電子妖精




『随分と変わった形をしているね……複座型だからかな?』


「ええ、そうですよ」


 桜夢は新型AGアークギア、“プリンシパリティ”の感想を述べていると、ヘルメス社の整備班が近づき声を掛けてきた。


 作業用の帽子を深々と被る女性。ゴーグルにマスクを着用して素顔がわからないが、声に聞き覚えがある。

 確か彼女は“サンダルフォンMk-Ⅱ”の整備を担当している、整備班の『リム』だ。


「この“プリンシパリティ”は従来のOSとは別枠で最新世代のOSを組み込んでいますからね。単体のAG機と比較して、情報処理能力や演算処理能力が桁外れですよ。それにFESMフェスム主OSメイン機能を乗っ取られ、あるいはシステムダウンされても、補助OSで平常通りに動くことが可能です。まぁその分、コックピットの容積と共にボディの重量も増加され、あんな形になっちゃっていますけどね」


 リムは丁寧に説明しながら、桜夢にナノマシンが入ったスーツ・カードリッジを手渡した。

 先程、イリーナが言っていた「新型のナノマシン」が入っているモノだ。アストロスーツに装着することで投与することができる。



 それから間もなく、コックピットのハッチが開かれた。

 俺と桜夢は舷梯タラップから機体に乗り込む。


 内部は前後の二段式に仕切らえており、前方が主操縦席メインで後方が副操縦席サブ機械類操作オペレーター席となっている。

 俺は前方に着席し、桜夢は後方に腰を降ろした。


 ハッチが閉まると同時に機動スイッチを入れる。

 心地よい震動と共に各部の機器が淡く光始め、メインモニターに外の映像が映し出された。


「座ってみれば普通のAGと変わらないな……桜夢はいけそうか?」


 俺はヘルメットのバイザーを上げ、後方側に視線を送る。


「……うん、大丈夫。あとは、チュートリアル見れば大体わかるよ」


 桜夢も同じようにバイザーを上げて答えた。

 にしてもだ。


「わかるって……オペレーターしたことあるのか?」


「地球でね。宇宙そらに上がるために一通りの訓練は受けているよ」


 なるほど、その中でも特に好成績を収めないと宇宙そらに上がれないってわけか。

 厳しい世界だが、これが本当なんだよな。

 きっと彼女の頑張りは、こうして共に宇宙で戦えている、プライドからきているかもしれない。


 そう考えていると、モニターの隅側にウインドウが開かれ、イリーナの顔が表れた。


『貴方達……密室をいいことに、イチャコラしてないでしょうね?』


「この状況でどうやれってんだ? 逆にこっちがやり方を教えてほしいわ!」


 俺は皮肉たっぷりに言い返してやる。


『半分は冗談よ。それより、レディオ社長の注文で戦闘状況を可能な限り実戦に近づけるため、全て実弾を用いることにしているわ』


「な、なんだと、おい!? 実際に戦えってのか?」


『まさか……心配には及ばないわ、各兵器に模擬射撃のシムファイヤ・仮想訓練型赤外線装置シミュレーション・センサー・システムを搭載しているわ。だから実際に火器が捉えても、作動しないで全て合成映像によって命中と破損の評価がされるって仕組みよ』


「そ、そうか……ならいい」


『それと、カムイ。ヘルメス社も“プリンシパリティ”を正確に評価したいから、可能な限りホタルに頼ったら駄目だからね。支援系は全て副操縦席のサクラに委ねること、いい?』


「わかったよ。俺も本気を出そうとは思っているが、勝ち気で挑んでいいか?」


『当然よ! グノーシス社製の“カメハメハ”なんて、スクラップにして潰してしまいなさい!』


「……“ツルギ・ムラマサ”だよ。もう原形すらねーじゃん。それに模擬戦なんだし、ヨハン副教官はいい人なんだから、潰すしたりなんかしないぞ」


『好きにしなさい。けど油断しちゃ駄目よ』


 最後に一言告げ、イリーナはウインドウを閉じた。


『――それでは出撃態勢に入ります。各機は射出機カタパルトへ移動して下さい』


 別のアナウンスが流れ、同時に格納庫ハンガーの土台が動き始めて中央へと運ばれる。

 分厚いデッキのハッチが真ん中から外側へ開かれ、鉄の隙間から虚空の宇宙そらがゆっくりと広がった。


 この瞬間はいつも緊張する。嫌いじゃない光景なのに。

 なまじ過去のトラウマがあるだけに……ついな。


 けど今の俺は一人じゃない。

 後ろには桜夢がいてくれるんだ。


 俺は星の散らばった無限の世界に踏み出そうと、操縦桿を強く握る。


「――“プリンシパリティ”、弐織カムイと星月桜夢、出る!」


 信号ランプが順番に消え、ゼロカウントと共に全てのランプが光った瞬間、圧倒的なGが正面から襲ってきた。

 俺と桜夢はナノマシンの効力で難なく耐える。“プリンシパリティ”はカタパルトから離れ、宇宙へと放り出された。


 光の粒が幾万、幾億と輝いている。真空では瞬くことはなくても、幻想的な景色を見せる星々。


「ヨハン教官が搭乗する“ツルギ・ムラマサ”も“ミカエル”本艦から同時に射出されているんだよな?」


「うん、そうだね。模擬戦は戦艦から離れた距離で開始することになっているよ」


「なるほど、実戦さながらってか? まぁ互いに戦闘データさえ取れてばいいんだろうけど……あっ、ごめん」


「なぁに?」


「いや……戦闘中のホタルと会話しているノリで話していたからさ」


「フフフ、いいよ。寧ろ、わたしは嬉しいからね。いっぱい頼ってね、カムイくん」


「う、うん……ありがと」


 作戦中なのに、つい照れてしまう。

 なんか親近感があっていいなぁ……複座型って。


『ピッ、マスターの神経伝達物質セロトニンの分泌率、異常に増加中……ナノマシンにて制御され支障はありまセンが、浮かれずに緊張感を持つべきデショウ』


 不意にサブモニターから、仏頂面のホタルが表れて余計な忠告してきた。

 俺もついムッとする。


「今回のホタルさんは何事もない限り、黙っている筈でしょう」


『COPY……プン』


 ホタルはそっぽを向き、サブモニターに戻り姿を消した。


 別にAIの癖にとは思わないけど、最近益々嫉妬深くなっているような気がする。

 そのうち、本当に人間の女子になってしまうんじゃないかと思えるほど。


「くすっ、二人ともいいコンビだよね。あっ、カムイくん、ヨハン副教官から通信が来ているよ。繋いでいい?」


「うん、頼むよ。桜夢」


 俺がお願いすると、桜夢は手際よく専用のキーボードを打ち回線を繋いでくれる。

 地球で訓練を受けたことがあるとはいえ、初めてとは思えない手際の良さだ。

 実はオペレーターも行けるのか?


 ピッっという機械音と共に、メインモニターの隅側から小さなウインドウが開き、アストロスーツ姿でコックピットに座るヨハンの顔が映し出された。


「予め私達の顔と音声は、ヨハン副教官には認識されないよう加工しているから普通に話しても大丈夫だよ」


 桜夢はヘルメットのマイク越しで説明してくる。

 うん、ホタル並みの手際の良さじゃないか。


『黒騎士殿、私が先に目的ポイントに行って待ち構える形でよろしいでしょうか?』


 ヨハンは丁寧な口調で進言してきた。

 中尉の彼にとって、俺は特務大尉で上官扱いだからだろう。

 実際は年上の副教官で、俺達は教え子の立場だけどな。


 俺達が駆る“プリンシパリティ”の後方から、例の赤い武者のようなAGアークギアこと“ツルギ・ムラマサ”が近づいてきた。


「了解した。辿り着いたら知らせてくれ。それを模擬戦開始の合図とする」


『ハッ、了解しました……それと』


「なんだ?」


『……いえ、以前どこかでお会いしたことはないかと?』


 やばいな、これ。

 本物のパイロットは、こうして一緒に飛んでいるだけで何か違和感を覚えてしまうようだ。


「ないな。中尉、今は世間話はやめて頂きたい。あまりフレンドリーになってしまうと、収集するデータに支障が出てしまうかもしれん」


『ハッ、失礼しました。では――』


 ヨハンは敬礼をし、ウインドウを閉じる。

 同時に“ツルギ・ムラマサ”は推力噴射装置スラスターを吹かし、急加速して蒼白い閃光と共に消えて行った。


「なんちゅう高機動性だ……まさか“サンダルフォン”並みじゃないだろうな」


 ……ひょっとして、この機体じゃ危ないんじゃないか?

 まぁ、いい。あくまで模擬戦だ。俺は任務通り全力で挑もう。


「カムイくん、3分後に目標ポイントで接触するように座標をセットしておくけど、それでいい?」


「ああ、そうだな。この“プリンシパリティ”は遠距離攻撃が得意だから、早速活かしてみよう」


「うん、わかった」


 初めての機体だというのにやたら意気投合する、俺と桜夢。

 普段から気が合い信頼し合っているからか。

 うん、やっぱり複座式はいいかもしれない。


 そう思っていた時だ。



 ビーッ!



 緊急警報アラートが鳴り、コックピット内が赤く染まる。


『ALERT! マスター、FESMフェスムが現れる予兆を感知しマシタ! これより“ツルギ・ムラマサ”と模擬戦を行うポイント辺りデス!』


「なんだって!?」


 ホタルの報告で、俺は驚愕した。



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